心身症とアレキシサイミア ー情動認知と身体性の関連から

守口善也 心身症とアレキシサイミア ー情動認知と身体性の関連から 心理学評論 2014;57(1):77-92

  • 感情の元となる動物的・原始的心身の状態と、実際出来上がる「感情」という反応物は厳密には異なるのである
  • 感情の元となる動物的・原始的な心と体の状態を「情動 affect 」と呼んで「感情 emotion」と区別することがある
  • アレキシサイミアは、感情の元ととなる”火種”のようなものはあるが、それを「認識」して改めて人間の「感情」として作り上げることの障害である
  • たとえば「私は怒っているんだ」と改めて”気づかせる”ような、より高次のプロセスの問題であり、単純に「感情を失った」といった内容では語れないものを含んだ概念である
  • アレキシソミア より低次の情動・あるいは身体状態への気付きの障害
  • 外的な刺激の知覚以外に、生体は、内蔵や自律神経系、液性因子などの身体内部状態に関する情報を脳で知覚しており(内受容感覚 introception)、この内受容感覚への気付き(introceptive awareness)は自己の情動状態および感情(や意識)の生成の基礎を構築しているとされる
  • この内受容感覚への気付きに関しては、脳科学的に島皮質の役割がクローズアップされている
  • この内受容感覚の障害・アレキシソミアは、ありのままの情動・感情体験を阻害し、アレキシサイミアに繋がると同時に、心身症の背景因子の一つとして考えられている
  • また、もう一つの機序は、身体内部状態の気づきが悪いことで、たとえば身体状態の変化を危険信号として捉えられず、適切な対処(例:休息をとったり医療機関を受診したり)を行わないことで疾病の発症・増悪を招くといったプロセスも考えられる
  • 共感
  • 共感には、文字通り他人と気持ちを分かち合う、”ホット”な「情動的共感」と、ある程度冷めた”クール”な「認知的共感」がある
  • 特に情動的共感については、より動物的で原始的なシステムで、非意識的・自動的な自他マッチングシステムと考えられている
  • ミラーニューロンシステムは、原始的・動物的で、自動的な、自分と他者の運動のマッチングシステムであると考えられる
  • 誰かの手や足が、針で刺されたり、ドアに挟まれたりするような「痛い画像」を見た際の脳活動をfMRIで撮像すると、その画像を見た人自身は、実際には全く痛みを負っていないのに、体の感覚の関連の領域(感覚野)や、「痛み」のネットワークが活動する。これは「感覚」に関する自他の自動マッチングシステムで、shared representationと称することもある
  • 感覚運動レベルのマッチングと認知的共感
    • 理論説 vs シミュレーション説
  • 理論説 「人間の心とはこんなものだ」といった法則を他人に当てはめることによって、その行動を説明予測するもの 3人称の立場
  • シミュレーション説 他人の状況に自分の身を置いた場合、自分の脳内でその他人の感覚運動状態をシミュレートして得た結果、他人の心的状態がわかる 一人称の立場
  • 「痛み画像」を観察している際にfMRIによる脳血流を(自分は全く痛みを受けずに)測定し、アレキシサイミアと、コントロールと比較
  • コントロール 体性感覚野、視床・前帯状回、島皮質、背外側前頭前野などの、体の感覚の痛みに書かある脳領域の活動が観察された
  • アレキシサイミア 認知的・制御的な領域と考えられている背外側前頭前野(DLPFC)や背側前帯状回(dACC)では脳血流が低下していたのに対し、痛みの中でも情動的なプロセスを担当している部位と考えられる前部・中部島皮質(AI/MI),腹側前帯状回(vACC)などでは、逆に反応が亢進していた
  • アレキシサイミアの関する脳機能画像研究にレビューのまとめ
    • 1 外的な情動刺激(視覚)、および想像性に関わる課題に対する辺縁系・傍辺縁系扁桃体、島皮質、前帯状回、後帯状回)の反応性は低下していた。アレキシサイミアでにおいては、外的な刺激に対する覚醒反応が減弱している可能性がある
    • 2 身体的な感覚運動レベルの課題・刺激に関しては、島皮質や感覚運動領域をはじめとして、むしろ亢進している。この「身体感覚処理への依存」は症状の増幅などに関わっている可能性がある
    • 3 社会性にまつわる課題(特に他者理解)に対しては、内側前頭前野・島皮質などにおいて活動低下があり、アレキシサイミアと自閉症スペクトラムなどとのオーバーラップを示唆する
  • アレキシサイミアは外的な情動刺激の鈍麻と、一方でより内的なダイレクトな「身体」の感覚・運動処理への以前をあわせたもの、という捉え方ができる
  • こうしたアレキシサイミアの脳機能の特性は、アレキシサイミア傾向の高い者のうち、一部がより身体症状を強調した形で訴えを起こすことにつながっていると思われる
  • 感情への気づきの構成モデル
  • Core affectの形成には、身体内部の感覚に由来した内受容感覚 introceptionが大きな影響を果たす
  • 私達の心の状態を形成するのに必要なリソースは、1) core affect/身体内部からの情報、2)記憶(あと脳に蓄えられている過去の情報)、3) 外界からの(感覚)入力情報の3つしかない
  • そして、この3つの情報は、脳内で「カテゴリ化」と呼ばれる処理を受け、初めてある「考え」や「気持ち」「感情」などの心的状態が生成される
  • 「カテゴリ化」は、情報に名前をつけるといういみであり、こうして初めて心的状態として意識的に「体験」される
  • カテゴリ化は極めて認知的な処理ではあるが、カテゴリ化そのもののプロセス自体は、本人に意識されるとは限らない
  • より低いレベルの感情の気づき(core affect)の障害 アレキシソミア
  • より高いレベル(3種の 身体内外の情報を統合し、「体験される」心的状態を構成するプロセス)(カテゴリ化の障害) アレキシサイミア (自分の感情状態を怒りや喜びなどに分類表現できない)
  • Craigは、「内受容感覚」への気づき(interoceptive awareness)が情動・意識を生み出すもとであり、それには前島皮質が関与しているというエビデンスを詳細にレビューし、従来不明な部分が多かった島皮質の機能を明るみにしたものとして注目されている
  • アレキシサイミアの高い人々は、情動の体験場面において、特に身体情報のプロセスへ過度に依存し、自他の分離がうまくいかず、カテゴリ化やメタ認知などのより認知的なプロセスに移行していない様子が明らかになりつつある
  • こうした障害が、情動制御の不全、そして心身相関をもたらず全身システムを通じて、身体症状をもたらす機序が考えられる
  • 今後は、身体→脳、脳→身体という双方向のダイナミズムが脳研究の対象となっていき、心身症の病態解明に進むことが期待される