寺澤悠里 「いま」を作り出す身体反応の受容・制御と感情 ー島皮質の機能からの考察ー 神経心理学 2018;34(4):289-298
- 身体状態が恒常状態から離れると前部帯状回、両側島皮質、視床、脳幹といった内受容感覚に関わる部位の活動がみられる
- 島皮質 内受容感覚の処理に欠かすことができない領域
- 右島皮質が、主観的な感覚としての感情を生成し調整することに関わっている、との推論を可能にするであろう
- 右島皮質の機能が失われたことによって、表情観察時に主体において生じる身体反応の検出能力が低下した
- 怒り、嫌悪、悲しみの違いは、覚醒度の違いで説明される
- 島皮質が身体内部反応の受容を介して感情の強さ(覚醒度)を調整する基盤、そして身体由来情報と文脈的情報を感情として統合的に意識するための基盤であることを意味するのではないだろうか
- 島皮質の係る機能と対応する領域のまとめ Uddin
- 前部背側領域 認知コントロール機能 注意・セイリエンス・発語
- 前部腹側領域 社会感情機能 感情経験・共感・社会的認知・リスクを伴う意思決定
- 中部から後部 感覚運動機能 内臓感覚・自律神経機能の制御・内受容感覚・体性感覚・痛み、・聴覚・味覚・嗅覚・前提機能
- Uddin 脳内のデフォールトモードネットワークと中央実行系ネットワークの切り替えに、前部島皮質および前部帯状会を中心とした生理セイリエンスネットワークが重要であるという仮説
- 脳損傷後に、喫煙行動の中断に成功した患者に共通する損傷部位を調査
- 右島皮質前部の損傷をもつ症例で、高い確率で喫煙の中断が見られた
- 右前島皮質が、内受容感覚を脳内で表象し主観的感情として意識するのに重要であるがために、この部位の損傷は、喫煙の中断によって生じる不安や緊張を患者に感じさせにくくなり喫煙行動の中断を招いたと考察されている
- 喫煙行動の中断や、非合理的なギャンブル行動の減少は、いずれも身体反応を介した感情経験が島皮質の損傷によって減弱することで、意思決定への方向づけが変化した例として扱うことができるであろう
- 島皮質は、頭頂葉・辺縁系との連結によって身体に生じている変化を、そして前頭葉・側頭葉との連結によって現在直面している状況に関する知識の入力を受け、この両者の情報を照合し、統合的な解釈や判断の方向づけを行っているために、両者のマッチングとアップデート過程を前提とする様々な認知機能への関与が見いだされる、と考えることができる。感情はその最たるものであるが故に、島皮質との強い関わりがみられるのかもしれない
- Singer 不確実状況下における予測とその予測誤差の符号化のために、島皮質が外受容情報、内受容情報、そして状況に対する文脈情報を統合し、身体の状態の調整を通じて生体の行動の方向づけを行っている、という仮説を提示した
- Seth,Barrett 島皮質における内受容予測とその符号化 (interoceptive prediction, interoceptive coding)
- 無顆粒皮質である島皮質前部や前部帯状回などが内受容情報に関する予測シグナルを生成、それを亜顆粒皮質あるいは顆粒皮質である中部から後部にかけての島皮質に送る。中部、および後部島皮質は、同時に脳幹や視床を介して身体からの内受容情報の入力を受けているので、予測シグナルと実際の情報を比較し、予測が正しいものであったのか、あるいは誤ったものであったのか、という情報を符号化することができる
- 誤差がなかった場合は、そのまま内受容状態は意識に上ることなく、この脳と身体のループが滞りなく動いていくが、誤差があった場合には、予想情報のアップデートや身体状態の調整が必要になる
- これによって、心拍や呼吸といった自律神経活動が変化し、身体内部状態の変化が内受容感覚として意識に上るというのだ
- 島皮質における虚血性脳卒中は、その後心臓血管系の問題によって突然死を引き起こすリスクを上昇させることを示すデータがある
- 上述のモデルを援用して考えれば、島皮質を介した内受容状態の予測と実際の入力のずれのモニタリング機能が低下し、状況に応じた心臓血管系へのコントロールに長期的な不調が生じたため、という見方もあるのではないだろうか
- こうして見えてくるのは島皮質が身体の内外の情報を統合することで、人間にとっての「いま」が生み出され、それに応じた自身の意識的・無意識的な調整が可能となっていることであり、この調整が感情の重要な側面であることだ