福島宏器 身体を通して感情を知る 内受容感覚からの感情・臨床心理学 心理学評論 2018;61(3):301-317
- 内受容感覚
- 一般には内臓感覚と呼ぶ
- 身体の内部世界の状況(生理状態)をモニターするもの
- 無意識な処理
- この感覚の脳内処理が、身体からの極めて多様かつ大量入力に関する情報統合(感覚統合)を伴う
- 質問紙または行動実験的計測(心臓の活動の知覚力の測定)
- 神経基盤 島皮質の全部 感情の主観的体験においても中心的な関与あり
- 狭義の内受容感覚 心拍の活動、胃腸の緊張状態、発汗、体温
- 広義の内受容感覚 疲労感、空腹感、体調、病識
- 感情価と覚醒度 二次元モデル
- 覚醒度の高い人は、怒り(高覚醒度)と悲しみ(低覚醒度)の違いや、動揺(高覚醒度)と抑うつ状態(低覚醒度)の違いなどを弁別できる。
- しかし、覚醒度フォーカスが低いと、こうした感情がをほとんど同じように扱う傾向がある
- 抑うつ、拒食症、身体表現性障害、そしてアレキシサイミア(感情失認)などでは、内受容感覚課題の成績が低下している
- 高不安という感情的な不健康な状態が、なぜ内受容感覚の強さと相関するのか
- 1 感度が不適切(強すぎる/弱すぎる)
- 2 認知の問題 身体情報をどう解釈するかという認知の要素が極めて大きい
- 3 不正確な知覚 内受容感覚に敏感というよりも、内受容感覚の知覚や推測が実は不正確あるいは曖昧
- アレキシサイミア
- 経験している感情を同定したり識別することができなかったり、これを表現できないということがその本質
- 感情の認知面に焦点をあて、感情失認(affective agnosia)として捉えることも提唱されている
- 内受容感覚の低下 感情は身体に根ざすという考え方からすると、感情がわからないということは、身体感覚がわからないということをいみするはアレキシサイミアでは島皮質の活動が低下しているという報告が複数ある
- アレキシソミア 失体感症
- 感情だけでなく身体感覚にも乏しい
- 個々の器官の内受容感覚を統合した、上位の「意味づけ」の水準における認識困難を指す概念
- 慢性疼痛の患者は、痛みに過敏になっているが、同時にアレキシサイミアを併発することがおおい
- アレキシサイミアをはじめとして、高不安や抑うつ、身体表現性障害などで頻発する重要な現象として、身体的な感覚を異常に有害で嫌悪的なものとして、強く感じる傾向がある。この現象は身体感覚の増幅(somatosensory amplification)と呼ばれる
- 混乱した身体感覚の謎
- アレキシサイミアでは心拍知覚課題などの個別の内臓感覚が鈍麻し、自分の体調の認識が困難である一方で、身体感覚の(嫌悪的な)増幅もみられるという。このことは、一見すると矛盾であり、アレキシサイミアの身体感覚には、「鈍麻」と「過敏」が混在しているようである
- 解釈1 ネガティブな認知バイアス 身体感覚の増幅の大部分は、心拍知覚課題などで測られる身体情報のボトムアップな知覚処理ではなく、トップダウンの認知的な処理の変調を表していると考えられる
- 解釈2 認識不全による不調
- 個々の情報が適切に認識されないということは、状況によって、何が重要な情報か、何が重要でないかということがわからないということにつながる
- 身体感覚が適切に処理・認識されることがないままに、無秩序に意識に上って来る様子だと解釈することができる
- 解釈3 情報統合の必要性
- 自閉症では、全体的に統合された知覚がしづらく、局所的情報が重視されがち
- 個別の臓器やシステムの統合がされづらいため、その結果として身体全体の体調や具合がわからないという体調失認が生じる。その一方で、統合されていない(すなわち意味づけされていない)個別の器官の情報は、調節されず過敏に知覚されたり、逆に感じられなかったりする
- 内受容感覚を介して心身の健康が促進されるには、感覚の敏感さよりも、感覚の「適切さ」がより重要であるといえるだろう
- 感覚の適切さ 感覚が正確、身体感覚に関する歪んだバイアスや信念を伴わない、身体感覚と認知処理のあいだのバランスが取れている、個別の内受容感覚が統合され、意味づけられたものであるもの
- 瞑想的な技法を中心としてなんらかの、「内受容感覚のトレーニング」には、健全な心身の関わりのために、ある程度効果がありそうだ