内受容感覚と感情をつなぐ心理・神経メカニズム

寺澤悠里、梅田聡 内受容感覚と感情をつなぐ心理・神経メカニズム 心理学評論 2014;57(1):49-66

  • James (1884)
    • 感情とは”身体的変化から興奮している事実を感じ取ること”であると定義し、”速い心拍、深い呼吸、唇のふるえ、l鳥肌、内臓の動きといった身体的変化がなければ感情の損ざし得ない”
    • 環境からの刺激が大脳皮質の感覚野や運動野を経由して起こした身体変化(内蔵変化・姿勢や表情)が、再び大脳皮質にフィードバックされ、これを知覚することによって感情の主観的経験が生じる
  • Charles Sherrington 英 生理学者
    • 外受容感覚(exteroception)、固有感覚(proprioception)、内受容感覚(interoception)という言葉を用いて感覚の機能的な区別を行った 1906
    • 内受容感覚とは
      • 身体全体のホメオスタシスの状態を意識するためのもの
      • 心房、頚動脈、大動脈の伸張受容器、頸動脈洞の化学受容器、門脈循環における脂質受容体、骨格筋の代謝受容体によって生じる感覚で、内臓や血管の知覚に関わっている
      • 心拍や血圧、呼吸などの変化の受容にはこの感覚が主に関わっており、感情の生起に伴って観察される感情反応と呼ばれる身体反応の多くは、内受容感覚器が検出できる変化をもたらす
    • 外受容感覚 
      • 目の視細胞、蝸牛の有毛細胞、皮膚の触覚受容器(機械的受容器)のように身体外部の情報の関与に関するもの
    • 固有感覚 
      • 骨格筋の紡錘細胞、ゴルジ腱器官、耳石器などから生じ、空間におこえる身体の動きの速度、向き、骨格筋の緊張、平衡感覚などの総称。身体各部の運動、静止、位置、平衡を感知して運動の調節、体位の維持に寄与する感覚
  • 内受容感覚に関わる帯状回前部、島皮質、視床の核などの中枢神経基盤は同時に痛みを感じる神経ネットワークとしても知られている部位である
  • このネットワークは、身体に起きている恒常状態からの逸脱を中枢神経、そして意識に上らせる役目を担っていると考えられるだろう
  • 身体状態が恒常状態から離れると前部帯状回、両側島皮質、視床、脳幹といった内受容感覚に関わる部位の活動がみられている
  • 島皮質、前部帯状回視床などが内受容感覚の中心的な神経基盤であり、とくに島皮質は内受容感覚との関わりが強い
  • 興味深いことに、主観的感情を経験している際に活動が報告されている複数の脳領域は、内受容感覚の神経基盤として特定された領域と大部分が重複している
  • 内受容感覚を意識するための神経基盤は、同時にこの感覚を主観的感情として感じるための基盤として機能していることを示唆。この事実は身体の状態を参照する、という過程が感情を経験するメカニズムの一部であることを支持していると考えられる
  • 楔前部の活動が島皮質・腹内側前頭皮質の活動と相互作用関係にあり、内受容感覚と感情経験を結びつける役割を担っていることが示唆された。先行研究の結果と併せると、内受容感覚と現在置かれている文脈や環境情報の統合が、主観的な感情経験の基盤となっており、感情を意識する過程には、潜在的に自己の身体内部状態を参照する過程が包含されている、という仮説の妥当性が支持されるだろう
  • 脊髄損傷例を対象とした研究で、患者は怒るべき場面では大声をあげ、ののしるという行動を示したり、テストの前には不安だ、とつぶやいたりした。しかし、それは、ある状況ではどのように振る舞うべきか、という知識に基づくものであって、実際に生々しい感情は生じていなかったと報告している
  • 内受容感覚の敏感さは個人によって大きく異なり、敏感なグループに属する実験参加者では敏感でないグループの実験参加者よりも状態不安、および情緒不安定傾向が高いことがわかった
  • うつ傾向の高い人や、人格障害者は、健常者よりも心拍知覚の敏感さが低い。また、明白な身体疾患がないにもかかわらず様々な身体症状を訴える身体表現性障害でも身体化障害の程度の重い患者では、心拍知覚課題の成績低下が認められている
  • 内受容感覚の鋭敏さは、自分自身の感情を意識する過程に一定の影響を及ぼしており、情緒に関する障害例ではその傾向がより強く観察されている可能性がみえてくる
  • 内受容感覚の鋭敏さは、視覚刺激の感情価評定よりも覚醒度評定に関連しており、感情覚醒度の認知と深く関連するという立場を支持する結果を得ている
  • 身体内部で生じていることを正確に感じ取れることと、特定の刺激によって喚起された感情を、より覚醒度の高いものとして認識できることの間に密接な関係性がある
  • 心拍検出課題の成績が良い人の方が、他者のごくわずかな喜びや悲しみの表情を認識できることを示した
  • 不安感受性の高い患者や、パニック障害の患者などでは日常的に過剰なまでに身体感覚に対して注意を向けていることがわかり、ノイズに過ぎないような微細な身体状態の変化も検知している可能性が示唆される
  • 一時的な身体状態の知覚そのものよりも、いかに内受容情報に注意をむけるか、という過程こそが主観的な不安感の実現には重要な意味をもっていることをしさするであろう
  • 不安傾向が高い人が身体の内部状態に注意が向きやすいのであれば、その注意を内的状態から外敵環境に再定位しなおすことによって、不安が低減されるという予測を支持するであろう