老年期の身体症状症および関連症候群の臨床

稲村圭亮 老年期の身体症状症および関連症候群の臨床 老年精神医学雑誌 2019;30(4):386-392

  • 神経症という言葉は、操作的診断基準であるDSM-IIIの登場に伴い削除され、これらの疾患群は身体表現性障害として分類されるようになった
  • DSM-5(2013)nおいては、その傾向がより顕著となり、病院論を徹底して排除する方針となっており、従来の身体表現性障害における身体化障害・鑑別不能型身体表現性障害・疼痛障害は身体症状としてまとめられ、心気症は病気不安症と呼称変更され、身体症状症および関連症群の下位項目に位置づけられることとなった
  • 疾病利得的な色彩が強く、失立・失歩など随意運動機能障害などを呈したり、他者への訴えが顕著なものは「転換障害(ヒステリー)と呼ばれ、また、その中でも多彩な身体症状を呈するものは「身体化」という概念で説明されてきた。一方で、自己の身体への関心の集中により疾病恐怖的な訴えが前景にあるものは「心気症状」と呼ばれてきた。不定愁訴の背景には、これらの代表的な3つの概念が存在する
  • 高齢者の不定愁訴の背景には疾病恐怖を基盤とした「心気症状」が存在することが多いことは十分に予想できる
  • 実際の疫学調査においても、加齢に伴い「心気症状」を基盤とする心気症の有病率は高まる
  • DSM-IVにおける心気症の診断基準は「身体症状に対するその人の誤った解釈に基づく、自分が重篤な病気にかかる恐怖、または病気にかかっているという観念へのとらわれ」と明記されている
  • 実臨床の場面において、DSM-5診断基準を高齢者に適応する際には、身体症状症と病気不安症の区別は困難である、もしくは、オーバラップすることが多いと考えて良いであろう
  • 身体症状症 背景因子を考慮した疾患の理解が必要である
  • 身体症状症における「心気症状」は、「精神交互作用」と呼ばれるとらわれの悪循環から説明できる。「精神交互作用」とは、森田療法における基本的概念である
  • Barsky circle of somatosensory amplification
  • Rief filter model
    • 身体は常に内外からの刺激を受け、知覚として認識hしているが、健常人ではそれらの知覚を適切なフィルターで選別し、必要な情報のみを認識できるとしている。一方で、さまざまな要因で、このフィルターの活性が低下したり、知覚の認識が増することで、「医学的に説明できない」身体症状として出現することとなる
    • フィルター活性の低下には抑うつ気分などさまざまな因子が存在するが、着目すべき点は、そのなかに心気的不安がふくまれていることであろう
  • 不定愁訴が著しい一方、「心気症状」に対する洞察や治療意欲に乏しい患者の場合、防衛機制として「身体化」に至っていることも多く、無理に洞察や治療意欲を得ようとすることはかえって患者のストレスとなりうるかもしれない。そのような場合、無理に洞察や治療意欲を促すよりも、近親者などから、社会・心理的背景を聴取し、生活環境を含む詳細を把握することが望ましい場合もある
  • 老年期の身体症状症患者においては、健常高齢者と比較して、注意および実行機能のドメインにおける認知機能障害が存在することが明らかになった。身体症状症の患者は、注意機能の低下を停止、また、重症度は実行機能障害と相関している。つまり実行機能が低いほど重症度が高いことも明らかとなった
  • 実行機能の低下は、不快な感情や知覚に対するセルフモニタリングおよび修正能力の欠如を意味しており、老年期身体症状症の患者においては、これらの能力低下により、身体の知覚を正しく認知および修正する能力が欠如し、結果として症状の重症化に至っていると考察した。
  • DSM-5への改訂に伴い、身体症状症として病因を問わずまとめられることとなったが、老年期心性における「心気症状」ないし病気不安は一概に切り離せる概念ではなく、身体症状のみでなく、その背景因子を十分に考慮する必要がある