牛田享宏、池本竜則、下和弘、新井健一、西原真理  神経障害性疼痛の痛覚認知機構 臨床脳波 2010;52(10):556-563

  • 痛みには苦痛を伴うが、痛みは基本的には末梢からの刺激によって引き起こされることから、患者も治療者も痛みを訴える部分である組織に注目されがちである。しかし、痛みは主観的な感情情動体験である”頭(=脳)”で経験するものである。実際、痛みの強さは患者のおかれた状況や環境の要因によってしばしばその強度が変化する
  • 神経解剖学からみた脳内の痛みの伝達系
    • 外側脊髄視床路 終末 腹側基底核群(大脳皮質に投射する中継点) 識別性
    • 内側脊髄視床路 終末 髄板内核群(大脳辺縁系に投射) 痛みに関与する情動に関与
  • 患者群においてはVASにおいて健常者群に侵害刺激を加えた際よりも強い痛みが観察されたにもかかわらず、末梢からの痛みの主な中枢である視床の活動性は検出されなかった。一方、S1,S2,帯状回および運動野、補足運動野の活動が認められることが多かった。他方、健常者に機械的侵害刺激を加えると、視床、S1,S2,帯状回、小脳における活動性の亢進が検出された
  • 視床 感覚の中枢
    • 急性痛において視床の活動性が引き起こされる。一方、慢性痛においては対側の視床の活動性はむしろ低下
  • 視床の機能変化のメカニズム(仮設)
    • 持続的な慢性的な痛みが抑制系を活性化し、視床の機能を抑制している
    • 皮質感覚野が慢性的な視床からの入力によって持続的に易興奮性の状態に陥っており、わずかな視床からの痛みの信号の入力に対しても痛みを認識する状態になっている
    • 視床におけるシナプス伝達が非常に効率化されたために血流亢進を要さない
    • 神経の興奮性と無関係に慢性の病的な頭蓋内血流動態自体の変化が引き起こされたことで神経活動性と血流量の平衡関係が破綻した状態が引き起こされている
  • 動画を用いた痛みの仮想体験に対する脳活動
    • 帯状回と内側前頭前野(記憶の形成に重要な役割、うつ病に関連)の活動性が亢進
    • 記憶という点を介して痛みの慢性化形成とその維持に関係していることが推察
  • 慢性痛を有する患者では痛みを脳が記憶し、再現し、繰り返して経験するような状態になっているのではないか
  • 実際、神経障害性疼痛に限らず慢性的に痛みを有する患者においては、痛みに対する破局化傾向を示すことが多いことが最近強調されてきている
  • いつも痛みのことを心配していたり、自分の痛みは悪くなると思ったり、治らないと思ったりなどの傾向が高い場合それ自体が患者を煩わせる要素になるということもある
  • 脳内における認知機能の中で、不快な情動体験としての痛みの方が、識別的な感覚体験としての痛みよりも苦痛に関与し、患者の苦しみという側面からはより重要な問題であることが考えられる
  • 今後の慢性痛の治療においては、痛みによる不快な記憶は止めようがないけれども、これらのネガティブな経験の繰り返しをさせない、あるいは問題にならないようにさせるような工夫によって、患者の人間としてのアメニティを向上させることが最も重要になるものと考えられる