MRスペクトロスコピーを用いた慢性疼痛患者の評価の試み

福井弥己郎、岩下成人 MRスペクトロスコピーを用いた慢性疼痛患者の評価の試み 慢性疼痛 2006;25(1):61-65

  • MRSとは、MRIの装置を用いて、脳内代謝物質を非侵襲的に測定する方法で、なかでもプロトンMRSで得られるNAA(Nアスパラギン酸)は神経細胞内にしかないため、その値が非侵襲的な局所脳神経機能の指標としてAlzheimer病や精神疾患などで臨床応用されている。
  • NAA濃度の低下が前頭前野または前帯状回で認められた8人の患者は心療内科的アプローチを必要とし、視床でのみ低下がみとめられた患者、すべてが正常であった7人の患者では神経ブロックと投薬のアプローチで対処可能であった。
  • 症例1 Colles骨折後のCRPS type 1 痛みのレベルは軽度であったがVAS 35mm、痛みのとらわれが強く認められた。1H-MRSでは、前帯状回前頭前野のNAA濃度の著名な低下が認められた。脳レベルでの治療の必要であることを説明。心療内科的治療で、痛みのレベルは変化ないが、気持ちが楽になり、前向きに痛みと付き合えるようになり、日常生活のQOLが向上したと訴えた。治療後はペインクリニックでの医師患者関係も良好となり、コミュニケーションが取りやすくなった。
  • 帯状回は痛みに対する情動面、予知に関与すると考えられている。前頭前野は痛みの認知面に関与すると考えられている。
  • 視床に関する1H-MRSを用いた臨床研究は脊髄損傷患者での報告がある。痛みがある患者とない患者を比較し、疼痛のある患者では有意に視床のNAA濃度が減少しており、NAA濃度の減少の程度と痛みの強さが相関していると報告されている。
  • 視床の神経機能が低下するメカニズムは、1持続的で慢性的な痛みの抑制系を活性化し、視床の機能を抑制すること、2慢性的な視床からの入力が大脳皮質感覚野の易興奮性を引き起こし、視床の神経活動が軽度でも痛みを引き起こすこと、3病的な痛みが、脊髄視床路以外の伝導路を介して伝達されている、などの可能性などが考えられる。
  • 慢性疼痛患者の治療において、治療のターゲットを疼痛行動や苦悩の部分において、認知行動療法アプローチなどの心療内科的治療に持っていく場合、最近まではその移行がスムーズに行かないことが多かった。MRSを用いた具体的な定量評価を慢性疼痛患者に説明することにより、患者の客観的データがあると納得しやすくなった。いままで敬遠しがちであった心療内科にも積極的に行くようになり、チーム医療への移行が大変すすめやすくなった。
  • 1H-MRSによる視床、前帯状回前頭前野のNAA濃度の測定は外来のインタビュー、心理テストなどでは把握しきれない患者の局所脳神経機能がモニターでき、認知行動療法などの心療内科的アプローチへの治療方針の変換、治療状況の把握にも役立つと考えられた。