身体表現性障害における洞察 ー疾患モデルからの解釈

稲村圭亮 身体表現性障害における洞察 ー疾患モデルからの解釈 臨床精神医学 2017;46(12):1533-1538

  • 転換症状(ヒステリー)
    • 不定愁訴の背景には、さまざまな心理機制が働くとされており、たとえば、疾病利得的な色彩が強く、失立・失歩などの随意運動障害を呈したり、他者への訴えが顕著なものは、転換症状と呼ばれた
    • 身体化 多彩な身体症状を呈するもの
    • 心気症状 自己の身体への関心の集中により疾病恐怖的な訴えが前景にあるもの

不定愁訴の背景には、これらの代表的な4つの概念が存在する

  • 心気神経症
    • 4つの本質的因子 1 心身のささいな不調 2 病的なとらわれ 3 疾病恐怖 4 他者への訴え
  • DSM-IIIの登場に伴い、神経症が心気症状という呼称は用いられなくなり、不定愁訴を訴える患者群は身体表現性障害としてくくられ、DSM-IV-TRでは、「一般身体疾患を示唆する身体症状で、それが身体疾患、物質の直接的な作用、または他の精神疾患(例 パニック障害)によって完全には説明されないものとして定義された
  • 従来の心気症状は、心気症と称されることとなり、身体表現性障害の下位項目に位置づけられ、「身体症状に対するその人の誤った解釈に基づく、自分が重篤な病気にかかる恐怖、または病気にかかっているという観念へのとらわれ_と明記された
  • DSM-5 身体表現性障害→身体症状症および関連症候群
  • DSM診断基準は比較的症候論を重視したものであり、その背景にある病因は問わない傾向にあった
  • 従来の身体表現性障害の概念であった「医学的に説明できない」という文言が、患者に対する大きな負担・苦痛となることから除外された
  • 心気症も病気不安症として呼称が変更
  • 身体症状が医学的に説明できないかということを不問とし、身体症状および、それにより生じる障害の程度を診断基準の基礎とすることとなった
  • 結果として身体症状症は身体表現性障害よりも、より広義の浸炭基準となり、従来の不定愁訴や心気症状という概念を含む身体表現性障害は、より狭義の概念として扱われることとなった
  • 病識を得るための工夫
    • 身体表現性障害の患者に対する治療の前提として、医師ー患者関係の構築が必須となる。初回の診療場面において、身体愁訴については否定せず傾聴する。そのうえで、とらわれの機制を説明し患者の心気症状に対する洞察を確認する
    • 不定愁訴が著しい一方、心気症状に対する洞察が乏しい患者の場合、防衛機制として「身体化」に至っていることも多く、無理に洞察を得ようとすることはかえって患者のストレスとなり得るかもしれない
  • 特に高齢者の場合、精神科に対するスティグマのみならず、実際の身体疾患の罹患などもあり、不安を身体的な問題として解釈する傾向にあるとされる
  • そのような場合、無理に洞察を促すよりも、近親者などから社会・心理背景を聴取することが有用である場合もある
  • 不定愁訴のフィルターもdる
  • 身体の知覚
    • 知覚を増幅させる因子 過覚醒、ストレス、慢性的な視床下部ー下垂体の刺激、慢性的な身体疾患、過敏さ
  • フィルターシステム
  • 知覚に対する認識

身体表現性障害(身体症状症)におけるこだわり

松永寿人 身体表現性障害(身体症状症)におけるこだわり 臨床精神医学 2017;46(8):1001-1007

  • DSMーIVまでの身体表現性障害カテゴリーは、身体に関する症状が主訴となるものを漠然とまとめたものとなっており、この妥当性を疑問視する意見も少なくなかった
  • DSM-V 身体症状症および関連症群
    • 身体症状の医学的に説明不能といった特性や内容を問われなくなった 医学的疾患との併存が許容
    • 身体症状自体というより、これにより引き起こされる苦痛や支障に加え、反応(異常な思考、感情、行動など)が診断上より重視されるようになっている
    • 平易な名称や簡潔な診断基準としたことで、悪性腫瘍など身体疾患患者が示す心理的反応への適応が今後拡大する可能性が考えられる
    • 身体疾患に罹患した患者の多くが精神疾患を有するという、誤った過剰な診断を招くリスクが高まるものと推測され、内科疾患の見落としを生みかねない可能性など、その是非が議論されている
  • 身体症状症
  • 中核臨床像は、「一つあるいはそれ以上の、苦痛を伴う、または日常生活上の有意な混乱を引き起こす身体症状の存在」
  • それが医学的に説明可能かどうかを問わない
  • この身体症状はいかなる部位にでも起こりうるもので、疼痛や消化器症状(悪心、嘔吐、嚥下困難など)、以上な皮膚感覚(掻痒感や灼熱感、うずき、しびれなど)、性や月経に関するものなど、その内容は多彩である
  • このような身体症状の数は、不安やうつ、一般身体疾患などと有意に関連し、健康状態やうつあるいは身体疾患の予後に悪影響を及ぼずとされている
  • これらの症状は、1 自分の症状の深刻さに不釣り合いかつ持続する思考、2 健康または症状についての持続する強い不安、 3 これらの症状または健康への懸念に費やされる過度の時間と労力、などの少なくとも1つを伴い顕在化
  • これが重度で持続性であれば、健康への懸念が生活の中心事となり、人間関係などにも深刻な影響を及ぼすことになる
  • またSSDに関連してみられる行動上の特徴、たとえば異常がないかどうか繰り返し身体を確認する、医学的な支援や保証を繰り返し求める、身体活動を避けるなどが、重度であるほど顕著となりやすい
  • この疾患の患者は、病気に関する極めて高い心配傾向が特徴的であり、身体症状をひどく恐ろしく有害なものと捉え、しばしば健康状態について最悪のことを想定する。このため通常は、精神科でなく一般診療科を受診する
  • Francesの指摘のように、精神的苦痛を伴う身体疾患患者においてSSDの過剰診断が危惧され、その診断基準の信頼性や妥当性が疑問視されている
  • 病気不安症
    • 従来の心気症では、身体症状関する誤った解釈に基づき、自分が重篤な病気に罹る恐怖、または病気に罹っているという観念へのとらわれが中核症状だった
    • 病気不安症では、身体症状が存在しないにも関わらず、あるいは頭痛や耳鳴、腹部不快感などの軽微な身体的特徴や症状について、自分が何か重篤な病気に罹患している、あるいはそのような病気に罹りつつあるという不安にとらわれる。
    • DSM-5 基準C 「健康に対する強い不安」、かつ「健康状態について容易に恐怖を感じる」ことが必須であり、患者は過度の健康関連行動(病気の兆候が出ていないか繰り返し身体を調べる、頻回に受診する、インターネットで調べる、家族や医師から繰り返し保証を求めるなど)、あるいは不適切な回避を示す(基準D)
    • 頻繁に「医療を求める型:か、強い不安から医療を滅多に受けずに回避している「医療を避ける病型」かと特定する必要がある
    • 小児期の被虐待体験、重篤な病気の既往、家族が病気になるという過去の経験が、この発症に関連する可能性がある。さらには加齢や死の恐怖を認めることが多い
  • 従来心気症の診断を受けてきた人の75%は身体症状症に組み込まれ、残りの25%の多くは身体症状を伴わず、全般不安症やパニック症など他の不安症にも該当せずに強い健康不安を呈しており、病気不安症の診断基準に合致するという

DSM-5からみる身体症状症

和田良久 DSM-5からみる身体症状症 精神科臨床 Legato 2017;3(3):146-149

  • 身体症状症 
  • 従来の身体化障害、鑑別不能の身体表現性障害、疼痛性障害、心気症の一部を含んだ診断
  • 身体症状の存在、身体症状に伴う過度な思考・感情・行動、6ヶ月以上の持続
  • 診断においてDSM-IVでは医学的に説明できな身体症状という点が強調されていたが、DSM-5では診断基準から外れ、むしろ身体症状の存在と身体症状に対する反応としての過剰な思考、感情、行動の問題が存在するという陽性の症状と徴候が強調され、徳に後者が重視されている
  • 身体症状が存在することも除外基準になっていない
  • 病因論にも触れておらず、病因論を排除したDSMの原則に沿った形になっている
  • 病気不安症
  • 従来の心気症に該当
  • 変換症
  • DSM-IVでは心理的要因の存在を挙げていたが、DSM-5では削除されている。これは心因の存在の確認は実際困難であり、また心因の判断も担当医によって異なる場合もあるため客観的な判断が困難であるからである
  • 症状が意図的算出や捏造されたものではないとされていたが、これも削除されている
  • これも捏造か否かの判断は現実的に困難であり、転換性障害が他の精神疾患と比較して虚偽が多いという根拠がないことからである
  • DSM-5の身体症状症 ーDSM-IVの身体化障害、鑑別不能の身体表現性障害、疼痛性障害
  • DSM-5の病気不安症 ー DSM-IVの心気症
  • DSM-5の変換症/転換性障害  ー 転換性障害

身体表現性障害(身体症状症)

仙波純一 身体表現性障害(身体症状症) 薬局 2018;69(9):2849-2853

  • 身体表現性障害とは、身体のさまざまな不調を訴え、医療者が異常はないと説明しても納得せず症状を訴え続ける人たちをいう
  • 身体表現性障害おn治療では、身体と精神の両面からアプローチが必要である
  • 身体表現性障害は大きくは身体化障害(身体症状症DSM-5)と心気症(病気不安症DSM-5)にわけられる
  • 前者はさまざまな身体愁訴を訴え、医療者からの身体疾患はないという説明に納得せず執拗に治療を求める場合をいう
  • 後者は些細な身体的変調をがんなどの重大な病気にかかっていると確信して、何度も検査を求める場合などをいう
  • 治療では、身体症状の完全な消失を目指すのではなく、むしろ健康不安や症状に関連する不適切な行動を減らして、患者の生活機能を回復させることを目標とする
  • ベンゾジアゼピン系の抗不安薬はまったく推奨されていないことには留意すべきである
  • 医師の側は治療者としての無力感から、苦手意識や怒りなどの陰性感情をもちやすくなる。その結果、医師でしかできないこと、つまりひたすら薬物の処方に躍起となってしまう。薬物が次々と増量されたり、新しい薬物が上乗せされたりしてします
  • 薬物療法の開始時には、治療の目標と投与期間をあらかじめ話し合っておき、完全な症状消失などの非現実的な目標をたてないことが大切である
  • 身体表現性障害の治療では、薬物のみによる解決は難しく、精神科医と他科の医師の間で協同した診療を行うのが理想である

高齢者の身体症状症

木村宏之 高齢者の身体症状症 日本臨床 2018;76(suppl 7):89-93

  • 診断
  • A 中心的な概念
  • 1つまたはそれ以上の、苦痛を伴う、または日常生活に意味のある混乱を引き起こす身体症状
  • B 疾患の特徴
  • 身体症状、またはそれに伴う健康への懸念に関連した過度な思考、感情、または行動で、以下のうち少なくとも1つによって顕在化する
  • 1) 自分の症状の深刻さについての不釣り合いかつ持続する思考
  • 2)健康または症状についての持続する強い不安
  • 3)これらの症状または健康への懸念に費やされる過度の時間と労力
  • Bは重症度の基準となり、軽度は基準Bの一つを満たす、中等度は2つを満たす、重度は2つ以上を満たし、かつ複数の身体愁訴
  • C 持続期間
  • 身体症状はどれ一つとして持続的に存在していないかもしれないが、症状のある状態は持続している(典型的には6ヶ月)
  • DSM-IVまでは、器質的疾患の除外が診断基準にあった
  • DSM-5の身体症状性は、「医学的に説明できない」ことよりも「苦痛を伴う身体症状と、それに対する異常な思考・感情・行動」に主眼が置かれた。その理由として、1)医学的説明ができないという決定の信頼性に限界があること、2)医学的説明ができないことを基礎とした診断は、心身二元論のみを強化する可能性があること、3)医学的疾患の存在は、診断を除外するものではないこと、4)医学的説明ができないことが強調されることにより、患者がその診断を屈辱的にとらえやすいこと、などが考えられている
  • 高齢者の身体症状に対する精神療法的接近の具体的ポイント
  • 1) 患者の訴えが執拗であっっても支持的に受け止める
  • 2) 短期間の症状軽快を目標とせず、症状とゆっくり付き合って生活することを目標とする
  • 3) 身体疾患の可能性に留意し、必要に応じて簡単な身体診察や検査を行う
  • 4) 症状を強化する心理社会的ストレスに目を向けるように促す
  • 医療者の基本姿勢は、「高齢者のペースに合わせながら気長に付き合うこと」が肝要と思うが、言うは易く行うは難しかもしれない

身体症状症患者を理解する

鋪野紀好、生坂政臣 第3回身体症状症患者を理解する レジデントノート 2018;19(18):3236-3244

  • 患者は、”病者”としての社会的責務から免除されますが、その条件となる病院への通院を続けた結果として医師への依存性が強まり、自ら治ろうとする努力を破棄してしまうようになります。このようなsick roleが強化された患者の症状は難治化する傾向があります。
  • 身体症状症患者への効果的な対処法
  • 定期的な診察を組む

患者が定期の受診までの間に電話をかけてきた場合には、緊急性がないことの確認だけに留めておきます

  • 問題点を絞って話をする
  • BATHE techniqueを用いる

B;background(背景), A;affect(気持ち), T;trouble(困っていること), H;handle(対処), E;empathy(共感)

  • 疼痛閾値と神経化学的な説明
  • 不要な検査や紹介を避ける
  • 患者の努力を支持し、できることを増やす

高齢者の身体症状症とその鑑別

新里和弘 高齢者の身体症状症とその鑑別 Geriat Med 2019;57(3):223-226

  • 身体に不調が生じた際に、「もう年だから(仕方ない)」と受け入れることができる高齢者と、頑なに不調を訴え続ける高齢者がある。後者は度が過ぎると精神科の病名がつくことになる。従来身体表現性障害とよばれていたその病名は、DSM-Vとなり身体症状症と呼び名を変えた
  • 注意を要することとして、同様な身体不調を訴える患者の中に、精神病性の疾患(仮面うつ、統合失調症の心気妄想)が紛れることが挙げられる
  • DSM-IVでの身体表現性障害の診断基準ではMUS(medically unexplained symptoms)を認めることが必須とされていたが、身体症状症ではそれが外された。このことは、患者の訴える身体不調の器質的原因がたとえはっきりしなくとも、その訴えが不釣り合いに過度で長く続き、生活に支障を来すものであるならば、身体症状症と診断ができるようになったということである
  • つまり、患者の側に立った改訂といえるが、どこからを過度とするかの線引が難しく、患者側、診断をする側からも恣意性の入り込む余地を残した変更とも言える
  • 従来心気症と診断されたもののうち約75%が身体症状症に、残りの約25%が病気不安症に含まれると予想されている
  • 小精神療法の要点を列挙すると、1)器質的原因が特定できないため診断が下せないという謙虚な姿勢を意思側も示すことが重要で、単に気持ちのせいであると決めつけないこと、2)症状の消退を目指すより症状への対処法に焦点をあてること、病気と上手く付き合うこ方策を探ること、3)診察と検査は適度を心がけることなどが示されている
  • エイジングパラドックス 超高齢となりADLは低下しても、逆に生活における幸福度は高くなっていく現象
  • この現象は、ありがたさの認識や社会的自己からの脱却、肯定感、利他性、無為自然などの特徴をもつが、このような境地の獲得を目指すことは、超高齢社会では一つの目標となり得るのではないだろうか
  • 身体症状症の患者を前にして感じることは、安寧なよい生を得たいという内的な切望である
  • 自らの老化に伴う変化を受け止めて、満足感と諦観に支えられた領域に一歩でも近づけるようにサポートすることが、高齢者の身体症状症の最終的な治療目標になるのではなかろうか