大平英樹 内受容感覚に基づく行動の制御 BRAIN and NERVE 2017;69(4):383-395
- 痛み信号は脊髄を上向し、視床を経由して一次体性感覚野に到達し、二次性体性感覚野と島皮質に向かう
- また視床から直接、帯状皮質、扁桃体、そして島皮質に向かう経路もある
- 前者は物理的な痛みの知覚、後者の経路は痛みに伴う不快な情動的知覚に関与し、いずれの経路でも島皮質は重要な役割を果たしている
- ここで重要なのは、島皮質では、痛みの信号が単にボトムアップ的に伝えられて受動的に処理されるのではなく、予測(prediction)や推論(inference)などトップダウン的な処理の影響を受けて能動的に痛み知覚が形成されるということである
- 例えば、中等度の痛み刺激を「痛くない」と予告して与えた場合と、「痛い」と予告して与えた場合を比較すると、前者ではfMRIで評価した前部島の活動がより低く、同時に主観的な痛みの評価も低かった
- 眼窩前頭皮質は、良いー悪い、快ー不快などの価値の前提となる文脈や現在の状況を表象し、それを保持する機能があると考えられている
- つまり、この結果は痛み知覚が、眼窩前頭皮質による文脈や状況に関する情報の影響を受けて前部島に実現される予測モデルに基づいて、トップダウン的な調整を受けていることを示唆している
- 同様に、痛み刺激の予測では前部島が、痛みそのものの知覚では後部島の活動が不活化されたという報告もある
- こうした研究は、痛みだけでなく、さまざまな知覚現象に拡張することができるだろう
- つまり、前部島では身体感覚の予測が形成され、それが後部島に入力される実際の身体信号と照合され、それが後部島に入力される実際の身体信号と照合されて、経験される身体の知覚が生じるのだと考えられる
- 予測符号化の原理
- 近年の認知心理学では、脳は、単に感覚器官から入力される刺激に対して受動的に反応しているわけではなく、未来に到達する状態を予測する内的モデル(inner model)を構成し、そのモデルによる予測と実際に入力される感覚信号を比較し、そのずれ[予測誤差 prediction error]を計算することにより、知覚や行動を能動的に創発していると考えられている
- こうした脳の原理を一般に予測符号化(predictive coding)と呼ぶ
- この発想の起源は、19世紀にヘルムホルツが提唱した無意識の推論(unconscious inference)の概念に遡る
- 予測符号化は、視覚や聴覚などの外受容感覚や運動の知覚などの固有感覚だけではなく、内受容感覚においても同様に行われていると考えられるようになった
- 生体は恒常性(homeostasis)を保って生命を維持し、必要に応じで運動を可能にするため、身体状態を適切に制御する必要がある。そのために、身体の現在の状態あるいは望ましい目標状態を表象し、それを実現するための内的モデルを脳に構築している。そのモデルにより、状況に応じて血圧、血糖値、ホルモンの濃度、免疫機能に関わるサイトカインの濃度など保つべき適正範囲が定められ、それらのセットポイントが目標として維持される
- そこに身体からの信号が入力されると、それが内的モデルによる予測と照合され、両者のずれが予測誤差として検出される。生体は、この予測誤差を最小化することで身体状態を制御しようと務める
- 予測誤差の最小化のためには、内的モデルの更新と、行動による身体の変容の両方の手段が用いられる
- 前部島の無顆粒皮質が内受容感覚の内的モデルを形成し、身体信号が入力される後部島の顆粒皮質において内受容感覚の予測誤差が計算されると考えられている。この考え方は、上述した、痛みの予測が前部島の、痛み刺激そのものが後部島の賦活をそれぞれ誘発したという研究知見と整合している