内受容感覚に基づく行動の制御

大平英樹 内受容感覚に基づく行動の制御 BRAIN and NERVE 2017;69(4):383-395

  • 痛み信号は脊髄を上向し、視床を経由して一次体性感覚野に到達し、二次性体性感覚野と島皮質に向かう
  • また視床から直接、帯状皮質扁桃体、そして島皮質に向かう経路もある
  • 前者は物理的な痛みの知覚、後者の経路は痛みに伴う不快な情動的知覚に関与し、いずれの経路でも島皮質は重要な役割を果たしている
  • ここで重要なのは、島皮質では、痛みの信号が単にボトムアップ的に伝えられて受動的に処理されるのではなく、予測(prediction)や推論(inference)などトップダウン的な処理の影響を受けて能動的に痛み知覚が形成されるということである
  • 例えば、中等度の痛み刺激を「痛くない」と予告して与えた場合と、「痛い」と予告して与えた場合を比較すると、前者ではfMRIで評価した前部島の活動がより低く、同時に主観的な痛みの評価も低かった
  • 眼窩前頭皮質は、良いー悪い、快ー不快などの価値の前提となる文脈や現在の状況を表象し、それを保持する機能があると考えられている
  • つまり、この結果は痛み知覚が、眼窩前頭皮質による文脈や状況に関する情報の影響を受けて前部島に実現される予測モデルに基づいて、トップダウン的な調整を受けていることを示唆している
  • 同様に、痛み刺激の予測では前部島が、痛みそのものの知覚では後部島の活動が不活化されたという報告もある
  • こうした研究は、痛みだけでなく、さまざまな知覚現象に拡張することができるだろう
  • つまり、前部島では身体感覚の予測が形成され、それが後部島に入力される実際の身体信号と照合され、それが後部島に入力される実際の身体信号と照合されて、経験される身体の知覚が生じるのだと考えられる
  • 予測符号化の原理
  • 近年の認知心理学では、脳は、単に感覚器官から入力される刺激に対して受動的に反応しているわけではなく、未来に到達する状態を予測する内的モデル(inner model)を構成し、そのモデルによる予測と実際に入力される感覚信号を比較し、そのずれ[予測誤差 prediction error]を計算することにより、知覚や行動を能動的に創発していると考えられている
  • こうした脳の原理を一般に予測符号化(predictive coding)と呼ぶ
  • この発想の起源は、19世紀にヘルムホルツが提唱した無意識の推論(unconscious inference)の概念に遡る
  • 予測符号化は、視覚や聴覚などの外受容感覚や運動の知覚などの固有感覚だけではなく、内受容感覚においても同様に行われていると考えられるようになった
  • 生体は恒常性(homeostasis)を保って生命を維持し、必要に応じで運動を可能にするため、身体状態を適切に制御する必要がある。そのために、身体の現在の状態あるいは望ましい目標状態を表象し、それを実現するための内的モデルを脳に構築している。そのモデルにより、状況に応じて血圧、血糖値、ホルモンの濃度、免疫機能に関わるサイトカインの濃度など保つべき適正範囲が定められ、それらのセットポイントが目標として維持される
  • そこに身体からの信号が入力されると、それが内的モデルによる予測と照合され、両者のずれが予測誤差として検出される。生体は、この予測誤差を最小化することで身体状態を制御しようと務める
  • 予測誤差の最小化のためには、内的モデルの更新と、行動による身体の変容の両方の手段が用いられる
  • 前部島の無顆粒皮質が内受容感覚の内的モデルを形成し、身体信号が入力される後部島の顆粒皮質において内受容感覚の予測誤差が計算されると考えられている。この考え方は、上述した、痛みの予測が前部島の、痛み刺激そのものが後部島の賦活をそれぞれ誘発したという研究知見と整合している

マインドフルネスと内受容感覚

山本和美 マインドフルネスと内受容感覚 身の医療 2017;3:18-24

  • マインドフルネス瞑想の練習を積み重ねていくにつれ、自己の内外の事象の関係性において生じるストレス反応などの身体感覚や思考、感情への気付きが高まり、それまで”自動操縦状態”で反応して習慣的・条件反射的に繰り返されてきたパターンに気づくともに新たに適応的な対応への選択肢が生まれる。また自己へ気づきは他者への気付きにもつながらり、対人関係に肯定的な影響を及ぼす
  • 心身症患者の特徴的病態であるところの自己の感情への気付きに乏しいアレキシサイミアおよび身体への気付きにとぼしいアレキシソミアという心身状態への築きの低下である
  • アレキシサイミア傾向の心身症患者の特徴の一つとして身体症状を過剰に感じてしまう身体感覚増幅傾向もみられる
  • 内受容感覚の神経基盤 島皮質と帯状回
  • Sethらが提唱した予測符号化モデル(predictive coding model)によると、視覚、聴覚、触覚などの外受容感覚(exteroception)や、内受容感覚は、脳内で過去の経験に基づいて期待・推測された内的モデルによるトップダウン的な能動的推論(active inference)と外界や身体から脳に入力されるボトムアップの感覚を反映する知覚的推論(perceptual inference)との間で常に照合され処理が行われている
  • 両者間で予測誤差が生じた場合それを縮小しようとして、能動的推論に基づいて予測された感覚に合うように何らかの行為を行って身体の状態を変化させたり、あるいは知覚的推論によって、実際の感覚を変えずに予測値の認知を変えたりすると仮定されている
  • 能動的推論を重視して感覚を変化させる方法は、感覚の正確性を低下させる可能性があるため内受容感覚の障害に繋がりやすく、身体感覚の増幅や自己調整力に影響して様々な身体疾患へのリスクを高めると考えられている
  • マインドフル瞑想は、感覚そのものを調節して変えようとせず、ありのままの感覚を受容し観察するという感覚に対する態度を変えることで、条件付けられた不適応な行動を適応的なものへと方向づける
  • マインドフルネス効果の構成要素と内受容感覚
  • Holzelらは神経生理学の観点からマインドフルネス効果の構成要素を、1 注意制御 (attention regulation) 2 身体感覚の感受 (body awareness) 3 情動調整 (emotion regulation) 4 自己感の変化 (change in perspective on the self)の4つの分類し、これらの構成要素の密な相互作用が自己制御力を高めると考えた
  • 1 注意制御
    • マインドフルネス瞑想の効果の中核
    • 注意集中の練習において脳内では、1 注意散漫 2 注意散漫への気付き 3 注意の転換 4 注意の維持という4つのサイクルが繰り返されている
    • 注意散漫状態は、内省状態にかかわる内側前頭前野・後部帯状回、楔前部などの領域が活動するデフォールトモードネットワーク (default mode network ; DNM)と呼ばれ、安静状態で活動が活性化し認知課題の遂行中は活動が低下する
    • DMNの活動が抑制できないと注意欠陥や課題遂行が困難になったり、また過活動はうつ病、不安障害、注意欠陥などに関連すると考えられている
    • 注意散漫への気付きは顕著性ネットワーク(salience network)の領域で起こり、主に身体感覚や感情の観察に関わる島皮質と前部帯状回が活性化する
    • 前部帯状回はマスターコントロールの機能を果たし、注意散漫に気づいて注意を転換するが、その働きは瞑想初心者において活性化し、熟練者になると注意集中が安定するため働きは低下する
    • 注意の転換は、認知的なコントロールに関わる背外側前頭前野が強く活動し、注意の維持においても引き続き背外側前頭前野が活性化する
    • マインドフルネス瞑想を始めたばかりの慢性疼痛患者にとっては、痛みへの注意の固着から注意の転換や柔軟性を得ることは感情的苦痛の減弱に繋がる
    • また対象への注意の向け方として、「価値判断にとらわれない」ことが重要であり、快・不快、好き・嫌いなど評価を介さずに対象に注意集中してありのままを観察する態度を養う。このことにより内受容感覚への安定した気づきが促され、正確性の高まりや不適応な条件反射的習慣の見直しに繋がると考えられる
  • 2 身体感覚の感受
    • MBSRでは食べる瞑想として一粒のレーズンを五感のすべてを用いて味わう体験をする
    • 身体感覚を重視するマインドフルネス瞑想は、それまでの症状に対する認知的評価や増幅された感覚から実際の身体感覚に注意を向けモニタリングすることを可能にする。練習を続けていくことで身体感覚への観察力が高まり、内受容感覚の正確性が増す。日常生活における様々な状況において知覚的推論による内受容意識は、それまでの不適切な条件反射的習慣に気づきをもたらし、適応的な対応へと導いて自己効力感も高めることが示唆される
  • 3 情動調節
    • 情動とは、感情とそれに伴う生理反応のことを言う
    • 対象が不快や嫌悪と感じているものに対してhあ、初めは勇気が必要であるが、練習を重ねていくうちに深いん感情や思考に対して一定の心的距離をおいて客観的に眺める脱中心化が可能になる
    • 痛みのような深いと感じる身体感覚に対しても、落ち着いた心的態度で痛みの性状を観察できるようになると、痛みそれ自体の感覚と痛みの感覚への破局的思考による情動的苦痛とを識別できるようになってくる。そうすると痛みの知覚自体に変化がなくても、痛みとの関係性の変化が感情的干渉を減弱し、苦痛な情動軽減が軽減する
    • MBSR終了後の参加者たちの脳活動を調べたかんきゅうでは、腹外側前頭前野の活動が亢進し情動調整力の高まりが認められた
  • 4 自己感の変化
    • マインドフル瞑想は、今この瞬間の自他の状態に注意を向け、評価にとらわれずに受容する心的モードを養うことで自分自身はもちろん他者への慈しみの気持ちを育むことが示唆される

内受容感覚の概要と研究

庄子雅保 内受容感覚の概要と研究 身の医療 2017;3:13-17

  • 身体反応や身体感覚、特に身体内部の感覚は内受容感覚と呼ばれる
  • 内受容感覚はイギリスのシェリントンによって生み出された言葉 3つの感覚
    • 外受容感覚 触覚、聴覚、視覚などを介して外部環境を捉える
    • 内受容感覚 呼吸、痛み、体温、心拍、胃腸の動きなどの生理的な状態に関する感覚や内臓感覚
    • 固有感覚 
  • 内受容感覚の測定方法
    • 1 interoceptive accuracy
      • 内蔵など身体内部の客観的状況を、感覚を通して、どの程度正確に把握できているか
      • 心拍検出課題、胃の中で風船を膨らませることによる内受容感覚測定、呼吸負荷による内受容感覚測定、下行結腸内にバルーンを挿入し、バルーンの圧力を変化させることによる内受容感覚測定、飲水負荷課題
    • 2 interoceptive sensibility
      • 身体内部に意識を向けたときにどのように理解するか 主に質問紙
        • Somatosensory amplification scale (Barsky), The multidimensional assessment of interoceptive awareness (MAIA)
    • 3 interoceptive awareness
      • 内受容感覚の正確さの認識に関するメタ認知を測定
  • 内受容感覚の研究
    • 心身医学分野では、失感情症が心身症に共通した性格特性として知られているが、池見はさらに一歩踏み込んで心身症患者の感情への気付きだけでなく、身体への気づきも乏しいという臨床知見から失体感症の概念を提唱している
    • 失感情症特性の高い者は、自分自身の感情を感じにくいことはもちろんのこと、身体感覚を感じ取りにくいことが示唆さた
    • AN(anorexia nervosa)患者では空腹感や満腹感がよくわからないことが考えられ、身体感覚全般の気付きが鈍いことが考えられ、内受容感覚の低下が起きていることが想定された
    • AN患者はコントロール群と比較して内受容感覚が低下していたが、標準的認知行動療法を行った後では内受容感覚が回復したと報告している

身体を通して感情を知る 内受容感覚からの感情・臨床心理学

福島宏器 身体を通して感情を知る 内受容感覚からの感情・臨床心理学 心理学評論 2018;61(3):301-317

  • 内受容感覚
    • 一般には内臓感覚と呼ぶ
    • 身体の内部世界の状況(生理状態)をモニターするもの
    • 無意識な処理
    • この感覚の脳内処理が、身体からの極めて多様かつ大量入力に関する情報統合(感覚統合)を伴う
    • 質問紙または行動実験的計測(心臓の活動の知覚力の測定)
    • 神経基盤 島皮質の全部 感情の主観的体験においても中心的な関与あり
    • 狭義の内受容感覚 心拍の活動、胃腸の緊張状態、発汗、体温
    • 広義の内受容感覚 疲労感、空腹感、体調、病識
    • 感情価と覚醒度 二次元モデル
    • 覚醒度の高い人は、怒り(高覚醒度)と悲しみ(低覚醒度)の違いや、動揺(高覚醒度)と抑うつ状態(低覚醒度)の違いなどを弁別できる。
    • しかし、覚醒度フォーカスが低いと、こうした感情がをほとんど同じように扱う傾向がある
    • 抑うつ、拒食症、身体表現性障害、そしてアレキシサイミア(感情失認)などでは、内受容感覚課題の成績が低下している
  • 高不安という感情的な不健康な状態が、なぜ内受容感覚の強さと相関するのか
    • 1 感度が不適切(強すぎる/弱すぎる)
    • 2 認知の問題 身体情報をどう解釈するかという認知の要素が極めて大きい
    • 3 不正確な知覚 内受容感覚に敏感というよりも、内受容感覚の知覚や推測が実は不正確あるいは曖昧
  • アレキシサイミア
    • 経験している感情を同定したり識別することができなかったり、これを表現できないということがその本質
    • 感情の認知面に焦点をあて、感情失認(affective agnosia)として捉えることも提唱されている
    • 内受容感覚の低下 感情は身体に根ざすという考え方からすると、感情がわからないということは、身体感覚がわからないということをいみするはアレキシサイミアでは島皮質の活動が低下しているという報告が複数ある
  • アレキシソミア 失体感症
    • 感情だけでなく身体感覚にも乏しい
    • 個々の器官の内受容感覚を統合した、上位の「意味づけ」の水準における認識困難を指す概念
  • 慢性疼痛の患者は、痛みに過敏になっているが、同時にアレキシサイミアを併発することがおおい
  • アレキシサイミアをはじめとして、高不安や抑うつ、身体表現性障害などで頻発する重要な現象として、身体的な感覚を異常に有害で嫌悪的なものとして、強く感じる傾向がある。この現象は身体感覚の増幅(somatosensory amplification)と呼ばれる
  • 混乱した身体感覚の謎
    • アレキシサイミアでは心拍知覚課題などの個別の内臓感覚が鈍麻し、自分の体調の認識が困難である一方で、身体感覚の(嫌悪的な)増幅もみられるという。このことは、一見すると矛盾であり、アレキシサイミアの身体感覚には、「鈍麻」と「過敏」が混在しているようである
    • 解釈1 ネガティブな認知バイアス 身体感覚の増幅の大部分は、心拍知覚課題などで測られる身体情報のボトムアップな知覚処理ではなく、トップダウンの認知的な処理の変調を表していると考えられる
    • 解釈2 認識不全による不調
      • 個々の情報が適切に認識されないということは、状況によって、何が重要な情報か、何が重要でないかということがわからないということにつながる
      • 身体感覚が適切に処理・認識されることがないままに、無秩序に意識に上って来る様子だと解釈することができる
    • 解釈3 情報統合の必要性
      • 自閉症では、全体的に統合された知覚がしづらく、局所的情報が重視されがち
      • 個別の臓器やシステムの統合がされづらいため、その結果として身体全体の体調や具合がわからないという体調失認が生じる。その一方で、統合されていない(すなわち意味づけされていない)個別の器官の情報は、調節されず過敏に知覚されたり、逆に感じられなかったりする
  • 内受容感覚を介して心身の健康が促進されるには、感覚の敏感さよりも、感覚の「適切さ」がより重要であるといえるだろう
  • 感覚の適切さ 感覚が正確、身体感覚に関する歪んだバイアスや信念を伴わない、身体感覚と認知処理のあいだのバランスが取れている、個別の内受容感覚が統合され、意味づけられたものであるもの
  • 瞑想的な技法を中心としてなんらかの、「内受容感覚のトレーニング」には、健全な心身の関わりのために、ある程度効果がありそうだ

器質的異常の伴わない神経疾患様の症状への対応

安田貴昭、畠田順一、吉益春夫 器質的異常の伴わない神経疾患様の症状への対応 BRAIN and NERVE 2018;70(9):971-979

  • 身体的に説明できない症状を訴える患者そ診断し、治療とマネジメントを行うための診断カテゴリ
    • 古典的 ヒステリー、ヒポコンドリー
    • DSM 身体表現性障害、身体症状症、転換性障害、変換症、心気症、病気不安症
    • ICD-10 解離性(転換性)障害(解離性健忘、解離性運動障害、解離性けいれん、解離性知覚麻痺および感覚脱失)、身体表現性障害(身体化障害、心気障害、身体表現性自律神経機能不全)
  • 変換症の診断
    • 変換症 conversion disorderの訳
    • DSM-3から採用 2002 年に改訂されたDSM-IV-TRおよび2013年に改訂された第5版のDSM-5でも採用されている
    • DSM-5から変換症となった 診断に心因の要素が必須でなくなった
  • 変換症の概念の歴史的変遷
    • conversion(転換・変換)という語は精神分析学の理論に由来しており、適切に処理されなかった強い心理的なエネルギーが身体的な症状として置き換えられて現れてくるという心理的カニズムを意味している
    • 同様の概念にはsomatization(身体化)やsomatoform(身体表現性)があり、これらも心理的カニズムを介して心の問題が身体症状に変化し、表出されてくることを示している
  • 変換症の起源 紀元前のヒステリーの概念にまでさかのぼる
    • 精神分析学 解離ヒステリーと転換ヒステリー
    • ICD-10 解離性(転換性)障害
    • DSM-IIIの転換障害にはヒステリー性神経症、転換型
  • 精神分析理論によりば、解決が困難な問題に直面し、心理的な葛藤が生じた際、その心理的な苦痛を和らげるための無意識的な心理過程が防衛機制であり、その一つが変換(転換)や解離ということになる。これは一時疾病利得とよばれ、患者は変換や解離によって症状に苦しむことになる一方で、葛藤による心理的苦痛から逃れることができる。しかし、これはあくまでも無意識なものであって、患者が意図的に症状を作り出しているわけではない
  • 病者の役割を得ることで金銭的、社会的な実利が得られるような場合は2次疾病利得と呼ばれる。そのような損得勘定のうえで症状を演じている場合は詐病であり、無意識的な過程である防衛機制と意識的に行われる詐病が異なるものであることには注意が必要である
  • 心因というとらえどころのない概念はEBMの考え方に馴染まず、診断基準から心因要素が排除される傾向があると思われるが、精神科医が患者因アプローチする際に、心因を考慮することはいまだ重要な意味をもつものと考える
  • 変換症の診療の実際
    • 何よりもまず患者の解釈モデルを意識しながら、丁寧に現状を説明することが重要である
    • 支持的精神療法として重要であるのは支持と保証
    • 医師はこれまでの精査や評価の結果を踏まえ、「すぐに患部がみつかり、それを治療すればすべてが解決する」といった急性疾患モデルでの介入から、「複合的な問題があり、治療だけでは必ずしも解決に至らない」という慢性疾患モデルへと切り替えなければならない。
    • 患者の「症状を消し去ってほしい」というニーズを決して無視するわけではないが、それはとりあえず棚上げにし、現時点で介入可能なことや、さしあたり生活を破綻させないために優先して考えるべきことにリソースを振り向けていく。そういった長い時間軸での根気強い関わりの中で、患者の心理的な変容がおこり、心因性に症状が引き起こされていたのであれば、いずれそれが解決していくことを期待する。そのように患者を信じて待つ姿勢も治療のうちである

身体症状症および関連症候群 ー身体症状症を中心に

大江美佐里 身体症状症および関連症候群 ー身体症状症を中心に 臨床精神医学 2014;43(増刊号) 134-138

  • 身体症状症の登場にあたって、American Psychiatric Associationのfact sheet
  • メンタルヘルスと身体的健康との間の複雑な接点をよりよく反映する分類となったと変更の意義が強調されている
  • 身体症状症という疾患を新設した2つの重要ポイント
    • 以前の身体化障害で特に目立った、「4つの疼痛症状、2つの胃腸症状」といった症状数のカウントが不要となった
    • 主訴(身体的愁訴)のありようがほかの医学的状況と関連があるのかないのか、という点を問わないことである。医学的診断がついていようがいまいが、診断基準を満たせば身体症状ということになる
  • DSM-5による変更は、精神科を専門領域としない、たとえばプライマリケアの領域で役荷立つことを期待しておこなわれたという。要は、これまでこの領域の診断名はあまりに専門的で、理解しづらい用語が使用されていたとの主張である
  • DSM-IVでは医学的説明がつかない、ということを中心に捉えていたが、DSM-5では身体症状に関する患者の思考・感情・行動の不適切さ、過剰さの程度が主題である、と論じている
  • 悪性腫瘍や心疾患など、実際の身体疾患と身体症状症の併存診断が推奨されていると解釈できる文章もあり、現在のうつ病のように身体症状性も身体疾患と同様に取り扱われ、治療されるべきだという考えがうかがえる
  • 病気不安症は、DSM-IVにおける心気症のうち、身体症状の訴えが全く無いか、あっても極軽度のものが該当する。逆に言えば、もし心気的な訴えがあっても、身体症状の程度がある一定以上になっていれば、もはや病気不安症とはせず、身体症状症としなければならない
  • 「身体症状症」登場への批判
  • DSM-IVの作成委員であったFrancesは、「身体症状症により、多くの身体症状を持つ患者が精神疾患という誤った診断を受ける」と主張している
  • 前述のworkgroupが行った調査では、悪性腫瘍や心臓疾患の患者の15%,過敏性腸症候群の26%が身体症状症と診断されることを取り上げ、この割合は高いと指摘した
  • また、身体症状症には、ほかの精神疾患による除外がないことも問題があるとした。
  • 一般人口中の健常人サブグループでも7%が偽陽性となりうる診断名に対して、「何百万人もの人間に対して誤ったラベリングがなされる可能性があり」「臨床家は新カテゴリを無視することが望ましい」と挑発的な文言も付け加えつつ、医学的問題んに対する精神科診断をつけるのであれば、適応障害がより望ましいとの見解を表明している
  • 精神疾患の診断の水門を開き、内科疾患の見落としを生みかねないと指摘している
  • B基準に記載されている、「過剰な excessie」「不釣り合い disproportionate」「強い high level」
  • PHQ-SSSなる質問票による (論文化されていない)
  • プライマリ・ケア医に「身体症状症」を広めるべきか?
  • Francesのいうように、「身体愁訴が主治医にとって過剰で、考えすぎに思えたら、それは精神科の病気ですよ」と教え、安易なレッテル貼りを助けるということになるおそれがある
  • 精神科医の役割としては、逆説的ともいえようが、身体症状症として他科から紹介された患者に対して、抑うつ症状はないか、不安症状はないか、不眠はないかなど、身体愁訴にとどまらないあ精神症状のアセスメントを行うということになろう

身体症状症

吉原一文、須藤信行 身体症状症 日本内科学会雑誌 2018;107(8):1558-1565

  • 身体症状症とは、「身体症状に関連した過度な思考、感情または行動に関連があり、その苦痛を伴う身体症状が長期に持続する疾患」である
  • 身体症状性は、身体症状に対する反応としての過度な思考、感情または行動に基づいて診断され、DSM-4のように、身体症状に対して医学的に説明できるかどうかは問われなくなった
  • そのため、気管支喘息アトピー性皮膚炎等の身体疾患による身体症状であっても、症状に対する不安や極端な思考が持続する場合には、身体症状症と診断されるようになった
  • 病因・病態
    • 患者の気質(感情や行動に表れる特有の傾向)
      • 否定的感情(神経症的特質)のパーソナリティ
    • 環境要因
      • 教育歴、社会経済的地位が低い、ストレスフルな生活上の出来事を経験、幼少時に虐待
    • 経過の修飾因子
    • 患者の認知的要因
      • 疼痛の感受性、身体感覚への過剰な注目、および身体症状を正常な現象または心理的ストレスと認識せずに、可能性のある医学的疾患に結びつけること
  • 心理社会的背景の聴取
    • 幼少期の虐待・ネグレクトやいじめ以外にも親の過干渉が症状に関連していることも少なくないため、幼少期の生育歴の聴取は重要
    • パーソナリティ特性に関しては、神経症的特質以外にも、自分の感情にを表すことが難しい「失感情症」や「完璧主義」「過活動」と関連していることがある
    • 発症を誘発させる要因(誘発因子)としては、発症前の生活上の重要な出来事(ライフイベント)が関連していることがある
    • 持続因子 退職や休職で収入が現象、家族や友人関係が悪化 過度の不安や孤独感、怒り、罪悪感など
  • 活動量の増加により症状が持続・増悪している場合
    • 活動レベルの管理(ペーシング)をおこなう
    • 活動量には、身体活動量だけでなく、精神活動(脳活動)量が増加し、翌日以降に症状が増悪する可能性が高い。そのため、翌日以降に症状が増悪しない程度に身体活動量と精神活動(脳活動)量をコントロールすることが重要である