痛みの不快感を緩和させる脳へのアプローチ

平林万紀彦 痛みの不快感を緩和させる脳へのアプローチ 脊髄外科 2016;30(3):293-295

  • 痛みは、知覚的、感情的、また認知的に脳で統合され、それらは相互に作用し、われわれは痛みを常に内的に体験する
  • 慢性痛に苦悩する患者は、痛み近くの増強だけでなく、痛みの不快感がストレスになりやすい
  • 本稿のポイント
    • 1 痛みに苦悩する患者は、「痛みが強い」だけでなく「痛みが不快で仕方ない」ので苦しむ
    • 2 「知覚」「意識」「感情」「思考」の問題が、”痛みの不快感”を強め、痛みが耐え難いものになる
    • 3 “痛みの不快感”の緩和が、「耐え難い痛み」を「平気な痛み」に転換する上で鍵となる
  • 痛みの不快感を強める徴候
  • 痛み診療では、神経や筋骨格系の評価が重視されるのと同様に、痛みの不快感を知るには精神状態を司る脳機能について意識、感情、思考などの徴候に基づき所見を得ることが欠かせない
    • 1意識の障害 抑制が効かず訴えが強まる
    • 2 感情の障害 痛みに過敏になる
    • 3 思考の障害 痛みと奮闘して疲労する
  • 慢性痛患者に併存しやすい精神疾患
    • うつ病 痛みと共通した脳機能障害
    • 2 身体症状症 痛みは神経質を強化する
    • 3 不眠障害 痛みは良質な睡眠を懇求させる
  • 痛みの不快感を緩和するには
  • 痛みの訴えが強いと多剤併用になりがちだが、過鎮静が痛みの不快感をさらに強めるおそれがあることを知っておきたいところで、薬物療法も痛み知覚強度だけでなく、痛みの不快感に着目して薬剤選択を行うかどうかがADL改善にも寄与している
  • 慢性疼痛患者への関わり方
  • 医療者としては、失望しながらもこれまで痛みとよく奮闘してきたことを称えた上で、提供できる医療を謙虚に提案していくことが、治療を継続するうえでも役に立つ
  • 要点としては、まずは患者に自分の痛みをよく観察してもらう

そうすると、痛みは気ままに変化していくことに気づくが、この思うようにならない痛みを今すくコントロールしようと頑張りすぎて、かえって苦しさが増している事実を明確にしていく

  • 次に、この苦しい悪循環から抜け出すために、つい目が向かいがちな痛みはそのままにしておいて、本来目を向けるべき身近な生活にゆっくり手をつけて行くように方向転換を促す
  • さらに、社会復帰に向けた取り組みとして、実現の可能性のある目的に向かって、痛みがあっても今できることを患者から引き出してあげて、そこに神経質という患者の強みを発揮するように促すと、患者も前に進む力が湧いてくる
  • その結果、痛みがあっても耐え難いものから、さほど困るものでないという印象に変わっていく

身体症状症および関連症候群の認知行動療法

村松公美子 身体症状症および関連症候群の認知行動療法 心身医 2019;59(6):544−553

  • DSM-5における身体症状症
    • 身体症状の原因を強調することは抑え、症状の結果を重視する
    • 身体医学的に説明ができないことが、過度に強調されると、おそらく、患者自身の身体症状が“本物”でないことを意味しているととらえ、患者も医療者もそのような身体症状を持つことを屈辱的なもので有る考えてしまう可能性がある
  • DSM-5で次のことが強調されている
    • 1 身体症状症および関連症状群における身体症状の多くが、決定的な病因は不確かであることを認識する必要がある
    • 2 苦痛と障害が新たに強調され、身体症状は、過剰な苦痛(健康の悪く、嫌悪的で、侵入的であり不快なもの)を引き起こしている
    • 3 身体症状は、役割や身体的機能を過剰に損なわせ、過大な障害を引き起こしている
    • 4 したがって患者の対処、耐性、反応に焦点を当てる
    • 5 身体化は、病気に関連した思考や感情、行動に現れる
  • 機能性身体症状・心気症状の認知・知覚モデルでは以下の1−5の一連の連鎖の悪循環が、「心気症(機能性身体症状、心気症状)サイクルの病態を形成しているとする
    • 1 自分自身の生活を脅かす出来事が起こると、自分が病気になってしまったという疑念を患者の中に生じさせる
    • 2 もともと患者の中に存在していた良性の身体感覚に選択的に注意を向けさせる
    • 3 患者は、この疑念の確証になる健康情報に選択的に注意を払い、確証にならない情報は無視する
    • 4 良性の身体感覚は、ますます増幅しつづける。この現象を「身体感覚増幅 somatosensory amplification)」という
    • 5 患者は、自分自身の疑念を実証する「仮想の病気」を増長させる

10.F4:身体表現性障害の評価法

是枝明宏、中川敦夫 10.F4:身体表現性障害の評価法 臨床精神医学 2015;44増刊号;436-444

  • DSM-5 身体症状症の診断に際し、身体症状に対する過剰な考えや感情・行動があることを診断基準とした。一方で症状を身体医学的な説明ができるかどうかは問われず、むしろ身体症状が併存することも許されるようになった
  • 病気不安症はもとの心気症だが、実際に身体症状を本人が訴える場合にはDSM-5では身体症状症にまとめられることになった。つまり病気不安症は、自分が病気なのではという不安はあるものの、身体症状自体はないか極軽度な場合のみの診断となっている
  • 転換障害も以前は心理学的要因が基準に含まれていたが、DSM-5からなくなり、心理的要因の評価は重要とはされながらも診断に必須とはされなくなった。さらに症状を意図的に算出しているかどうかすら診断基準として問わなくなった
  • 様々な評価法
  • 身体症状症 
    • PHQ-15 (大うつ性障害はPHQ-9)、SSS-8(somatic symptom scale-8),
    • 構造化面接法 MINI, SCID
    • ICD-10に準拠したSDS,SDSC,SSD
  • 身体表現性障害
    • 重症度 CGI-SD,SOMS-7, SSS
  • 心気症
    • HAI
  • 転換性障害
    • 患者の注意の向け方によって症状が変動しやすい特徴あり
    • 自分自身の精神科的な問題への自覚が少ない
    • 患者はしばしば症状が重篤であるにもかかわらず本人自身は関心があまりなくケロットしている(美しき無関心 la belle indifference)ー転換性障害には特異的でない
    • 二次疾病利得も評価が難しい上に特異的とはいえず、診断根拠とすべきでない
    • MMPIはL尺度やF尺度

ALSおよびsplit handについて

  • ALSおよびsplit handについて
  • #1より
  • 上肢発症型 4割 橈側優位の指の筋力低下
    • 短母指外転筋(正中神経傷害でもある)の感覚障害を伴わない傷害に第ー背側骨間筋(示指の外転)傷害をともなう場合はALSの可能性疑う
    • 第一背側骨間筋、小指外転筋 C8,尺骨神経支配の症状の解離
    • 母指球の萎縮に比して、小指球の萎縮が軽度
  • #2より
  • split hand
  • 母指側の手内筋(母指球筋および第一背側骨間筋)が萎縮するのに対し、小指側の筋(小指球筋)が比較的保たれる所見
  • 萎縮する母指球筋およびFDIと、保持される小指球筋は共通の末梢神経支配、髄節支配があると考えられている
  • #3より
  • 早期から三角筋、第一背側骨間筋、短母指外転筋が侵されやすく、一方、上腕二頭筋上腕三頭筋、小指外転筋は比較的保たれる
  • 手内筋では、橈側の母指球筋や第一背側骨間筋の萎縮が目立つのに比して、尺側の小指球筋がたもたれる split hand
  • 髄節で考えると、C5の三角筋、C8-Th1の第一背側骨間筋、Th1の短母指外転筋が侵されるのに対し、C5-6の上腕二頭筋、C7の上腕三頭筋は侵されない。つまりは病変が脊髄レベルでスキップしている
  • C8支配筋の第一背側骨間筋と小指外転筋とのあいだで解離がある
  • 手指の脱力を訴えた場合は、短母指外転筋や第一背側骨間筋と小指外転筋の解離、三角筋の挙上筋の筋力低下がALSを示唆する
  • 頚部屈筋の筋力低下もALSを示唆
  • #4 より
  • 頚椎症性筋萎縮症(Keagan型)では、三角筋上腕二頭筋が弱くなっても、短母指外転筋(APB)が弱くなることはないが、ALSでは三角筋とAPBの筋力低下が同時に存在しうる
  • APBと第一背側骨間筋(FDI)における筋萎縮・筋力低下にくらべて小指外転筋(ADM)が比較的保たれる 解離性小手筋萎縮
  • #5 より
  • 小手筋 
    • 手関節より遠位に起始と終止をもつ筋の総称
    • 母指球筋、小指球筋、虫様筋、背側および掌側骨間筋を含む
    • 髄節支配はすべてC8-Th1  正中神経か尺骨神経
    • 小手筋の萎縮が認められるかのという手の症候学は臨床的に非常に重要である
  • 萎縮を観察するのに臨床でよく用いられる小手筋は、短母指外転筋(APB),第一背側骨間筋(FDI)、小指外転筋(ADM)の3筋 すべてC8-Th1髄節支配 APBは正中神経支配、FDIとADMは尺骨神経支配
  • ALSではAPB,FDIの萎縮が目立ち、ADMが比較的保たれている split hand
  • #6より
  • APB,FDI,ADMはC8-Th1支配 とくにFDIとADMは末梢においても同じ尺骨神経支配。FDIとADMが解離して傷害されることは解剖学的には考えにくく、実際に通常は見られない
  • ALS患者ではAPB,FDIの萎縮が目立ち、ADMが比較的保たれるという、手内筋での筋萎縮の程度の解離が見られる。split hand
  • #7より
  • 母指球筋ー短母指外転筋、母指対立筋、短母指屈筋、母指内転筋の4筋からなる
    • 短母指外転筋、母指対立筋は正中神経支配
    • 短母指屈筋の浅層 正中神経支配 
    • 深層  尺骨神経支配
    • 母指内転筋 尺骨神経支配
  • 手内筋の髄節支配はC8-Th1とされており、末梢神経支配として橈骨神経支配は存在しないため、正中神経か尺骨神経のいずれかの支配である
  • 尺骨神経麻痺、平山病、C8根障害の筋萎縮の分布は酷似するが、後二者では、EDI,ADMの萎縮が高度であるのに対してAPBは相対的に保たれる。この説明としてAPBの髄節支配がTh1主体であるという説とC6-7を含むという説がある
  • ALS患者ではAPB,FDIの萎縮が目立ち、ADMが比較的保たれるという手内筋での筋萎縮の程度の解離が認められる。この現象は歴史的にsplit hadと称されてきた
  • これらの3筋はすべてC8-Th1支配であり、特にFDIとADMは同じ尺骨神経支配であるため、解剖学的にこの2筋が解離して萎縮することは説明できない
  • #8
  • split hand 母指球筋やFDIが萎縮するのに対し、小指球筋が比較的保たれる所見をさす
  • このような筋萎縮の差異が生じる理由を、解剖学観点から説明することは難しい。特にFDIとADMは、同じC8,Th1髄説支配、尺骨神経支配であるため、筋萎縮の際は通常生じにくい
  • この症候がALSに疾患特異性が高いことが、多数の研究により示されている
  • 疫学
  • #10より
  • 発症率 1-2.5人/10万人
  • 50歳代未満の発症は少なく、50歳代から発症率が上昇し、60-70歳代で最も発症率が高く、80歳代は減少傾向となる
  • 有病率は7-11人/10万 発症率は2.2人 男性の発症率は女性の1.5倍程度
  • 家族歴があるもの5%
  • 発症リスク因子 喫煙、頭部外傷
  • 2015年の多施設研究 孤発例の発症から死亡または侵襲的陽圧換気導入までの期間は、中央値で48ヶ月
  • #9より ALS 人口10万人あたり7人程度
  • #4より 40歳以降が多く、50-60歳代に発症のピーク より高齢での発症もある
  • 病態
  • #1より
  • 病態 
    • 核タンパク質であるTDP-43の異常が病態の本質 運動神経系もしくは前頭側頭葉中心に広がる
    • 後頭葉、小脳、眼球運動を司る神経や、排尿排便を司る神経系には広がりにくい
  • #3より 核蛋白質であるTAR DNA binding protein-43(TDP-43)が異常となり、細胞内に蓄積し、ある細胞を起点として神経間を広がっていくと推定される
  • #10より TDP-43が、孤発例ALSと一部の前頭側頭葉変性症(FTLD)の中枢神経系に異常に蓄積する蛋白であると同定されて以降、ALSとFTLDは、TDP-43 proteinopathy(蛋白異常症)として同一スペクトラム上にある疾患ととらえられており、TDP-43の広がりや、細胞内のふるまいによる病状進展の理解も進んできている
  • 症候
  • #10より
  • 下位運動ニューロン徴候 構音障害、筋力低下、筋萎縮
  • 上位運動ニューロン徴候 腱反射亢進、病的反射の出現
  • 舌萎縮
  • 上下肢筋萎縮の有無 体重減少の有無 split hand
  • 線維束性筋収縮の有無 手背、前腕、大腿を安静にして30秒程度観察
  • 深部腱反射の亢進、病的反射
  • #9より
  • 四肢型(上肢または下肢の麻痺)2/3
  • 球麻痺型(構音障害、嚥下麻痺) 1/3
  • 筋萎縮のパターンとして母指球筋や第一背側骨間筋が萎縮するのに対し、小指球筋が比較的保たれる split hand がALSに疾患特異性が高い所見である
  • 線維束性収縮はALSを疑う重要な所見であるが、甲状腺機能や電解質の異常によって誘発される場合や、健常者でも自覚されることがある
  • 体重減少 嚥下障害とは無関係に生じ、予後に関係するとされる
  • 球麻痺 構音障害、嚥下障害  
    • 真性球麻痺 舌の萎縮、線維束性収縮 
    • 偽性球麻痺 舌の萎縮や線維束性収縮は認めないが、発語が緩徐となり固形物より水分の嚥下障害が目立つ
  • 呼吸筋麻痺
  • 頚椎症では運動障害に加えて感覚障害も認める場合が多い
  • ALSでは前頭側頭葉型認知症を合併する事があり、人格変化、行動異常などをきたす
  • #8より C9orf72 遺伝子 ALSと前頭側頭葉型認知症の原因遺伝子の一つとして知られている
  • #4より
  • 頚部屈筋は上位頸髄レベルの筋であり、頚椎症性筋萎縮症で傷害されることは稀なため、頚部筋群(特に頚部屈筋)の筋力低下を認める場合には頚椎症ではなくALSが疑れる
  • 線維束性筋萎縮
  • #1より
  • 四肢から始まるものと球麻痺から始まるものがある
  • 上肢の遠位部もしくは近位部(肩が上がらない)から始まる 上腕二頭筋の筋力低下は初期には目立たない
  • 舌の筋萎縮、筋線維束攣縮、頚部前屈筋力低下
  • その他
  • #1より 頚椎症の手術例では、術後に悪化速度が増悪 手術は避けるべき
  • #4より 不要な手術を行うと、術後に進行が早くなる
  • #10より ALSの告知
  • 日本神経学会作成の「筋萎縮性側索硬化症診療ガイドライン2013」には原則的なことが詳しく記載されているが、「どのような選択に対しても、全力でサポートするので、ともに考えて工夫していきましょう」という姿勢が大切である

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  • #1 小野寺理 整形外科領域に紛れる聡 筋萎縮性側索硬化症を見逃さないために 臨整外 2019;54(4):381-386
  • #2 澁谷和幹 Split Hand 筋萎縮性側索硬化症で認める解離性小手筋萎縮 BRAIN and NERVE 2016;68(5):501-507
  • #3 大津裕、小野寺理 ALSの早期診断は可能か Pharma Medica 2019;37(11)63-65
  • #4 東原真奈、國生雅弘 整形外科疾患と鑑別すべき神経疾患 LOCO CURE 2018;4(1):38-43
  • #5 桑原聡 筋萎縮性側索硬化症の診断と治療 脳21 2012;15(1):47-50
  • #6 桑原聡 上肢の筋萎縮性疾患へのアプローチ:解離性小手筋萎縮に注目して 末梢神経
  • #7 桑原聡 筋萎縮性側索硬化症における解離性小手筋萎縮 : Split hand 臨床脳波 2010:52(2):69-72
  • #8 澁谷和幹 特異な手内筋萎縮 Split Hand BRAIN and NERVE 2019;71(3):257-263
  • #9 和泉唯信、福島功二、沖良祐 筋萎縮性側索硬化症(ALS)を疑う神経症候とその特徴 medicina 2020;57(13):2354-2357
  • #10 林健太郎 筋萎縮性側索硬化症 Hospitalist 2021;5(1):135-142

心の問題に関連する痛みの対処法

山崎知克 心の問題に関連する痛みの対処法 チャイルドヘルス 2015;18(8):594-597

  • 総論的になりますが、身体症状症による痛みの対応方法としては症状の背景につらさや悩みがあること、つまり心身相関の存在を念頭におきます。そして可能であれば子どもの気持ちを言語化させ、言葉による表出が難しい幼児期など低年齢児であれば遊戯・絵画療法などにより感情表出をさせて、治療者と気持ちの共有を図ることが必要です
  • 痛みの表出は悩み解決の入場券のようなものなので、子供の生活状況の全体で把握しながら、症状のみに固執せず具体的な不適応感や困難感を理解することが需要です。子どものつらさを親御さんと共有した上で、具体的な問題の解決を目指していきます
  • うつに伴う痛み
  • トラウマに伴う痛み
  • 学習性疼痛
    • 子どもの問題行動における行動動機 4つ
      • 自己刺激(それをすると気持ちがよく心地いいので行おうとする)
      • 逃避欲求(その行動によりその場から逃れようとする)
      • 物的欲求(その行動をすることで物を得ようとする)
      • 注目欲求(その行動のより注目を集めようとする:子どもにとって注目されることは良い結果になります。)

高齢期のいわゆる心因性疾患とその対応;各課での対応 精神科医の立場から

新里和弘 高齢期のいわゆる心因性疾患とその対応;各課での対応 精神科医の立場から 老年精神医学雑誌 2016;27(10):1092-1097

  • 人は晩年になると「自らの道の果てに死を見る」(ボーヴォワール)。野心や情念は薄れるが、経済的自立がなされ健康が維持されていれば、老衰に先立つ数年は「人生で最も幸福な時期である」とこの先人は言う。ただ、この「健康が維持されて」という条件は容易いものではない
  • 壮年期、中年期を通じて病気とまったく無縁で過ごせたとしても、加齢現象と無関係でいられる人はおらず、歳をとればだれでも身体を意識せざるを得ない、その点から高齢期は心因性の身体症状がでやすい時期ともいえる
  • 著しい症状へとかたちを変えるためには精神的・肉体的にエネルギーが必要であり、高齢期にはそこまでの余力が乏しくなっているといったほうが妥当なのかもしれない。身体化障害はもともと若い人の病気で、とくに若い女性に典型的にみられた病気であった
  • そういった観点から、高齢期の心因性身体症状との関わり方は、症状と対峙しそれを消し去るというスタンスはあまり得策ではない。むしろ症状とうまく付き合い、自己コントロールできる範囲に収めることが重要ではないかと思われる。そのためには代替となる方策を見つけていく努力が必要となる
  • 認知機能が低下することはマイナスの側面だけではない。たとえば、がん性疼痛なども認知症では生理的な痛みの要素だけが残り、認知症のないがん患者よりも痛みを感じることが少ないことは知られている
  • 認知機能が低下すると比例して、身体に対する強いこだわりも薄らいでいくことは臨床上しばしば経験される。高齢者であること、認知機能が低下しつつあることを生かしたアプローチが重要であると考える

身体表現性障害(身体症状症および関連症候群)

左貫一成、山本晴義 身体表現性障害(身体症状症および関連症候群) 臨床と研究  2016;93(5):626-632

  • DSM-III 身体表現性障害 somatofrom disorder
  • DSM-V 身体症状症および関連症候群 somatic symptom disorder and related disorders
    • 身体症状性は、従来のDSM-IVの身体化障害、鑑別不能型身体表現性障害、疼痛性障害、一部の心気症を統合したもの
    • この統合は、身体症状の種類や個数によって診断名を細分化しても、結局のところ治療の基本方針が同じであれば、一つにまとめた方が実用的であるという考え方による
  • 身体症状症
    • 臨床像
      • 身体症状を繰り返し訴えて、症状を取り除くことを要求する
      • 症状を説明できるような医学的初見(診察、検査)に乏しく、その結果を説明しても患者はなかなか納得しない
      • 身体症状にとらわれていて、日常生活や社会生活に支障をきたしている
      • 心理社会的問題を認めたがらないことが多い
      • 経過は慢性かつ変動的
    • 診断
    • 「苦痛を与えている身体症状」と「身体症状に対する過度の思考、感情、行動」が主な特徴であるが、特に後者の「症状に対する過度の反応」が重視されている
      • その一方で、診断基準の中では、身体疾患の有無や病因論には触れられていない。これは、現代医学では検出不可能な身体的異常が将来的に検出可能になる可能性があることや、身体化(心理社会的問題が身体症状に影響する)のメカニズムが未解明であること、を踏まえたものと思われる
  • その他の身体症状症関連症群
  • 病気不安症
    • 従来の心気症にほぼ相当するが、1重篤な病気にかかっているという強いとらわれがあり、2身体症状はないが、あっても軽度で、3健康に関する過度の不安や行動がみられることが特徴である
    • 身体症状の訴えよりも、「重篤な病気にかかっているかもしれない」という強い囚われが主体である点で、身体症状症と区別される。そのため、身体症状を取り除くことよりも、重篤な病気に対する検査を強く要求する
  • 変換症
    • 従来の転換性障害という訳語が変更になったものである。運動障害(麻痺など)や感覚障害(視力障害など)が特徴で、症状の発症に心理的ストレス因が特定されることが多い
  • 身体症状症の治療
  • 身体症状症の意味
    • 身体症状における身体症状の本体は心理社会的問題と考えるが、その心理社会的問題と考えるが、その心理社会的問題はすぐには解決しがたいものが多く、向き合うことすら困難なものが多い。そこで、身体症状にとらわれることで、その問題と直面化することを回避できる
    • このように身体症状へのとらわれには、心理的防衛機制としての役割があるため、症状をすぐには手放せないのである
    • こう考えると、治療に難渋することも、薬物療法が根本的な解決策にはならないことも納得がいく
    • それでは、いつになれば、症状を手放せるのか。それは、患者自身が成長して、回避していた問題に向き合って対処できるようになったときである。ここでいう成長とは、精神面での成長であり、具体的には、ストレス対処能力や人間関係のスキルなどの向上のことである
    • これらの成長は一朝一夕に成せるものではないので、ある程度の長い期間が必要である。こう考えると、身体症状症の患者の身体症状へのとらわれが根強く、なかなか改善しなくても、我々医療者は焦らず患者の成長をサポートしながら見守れるのではないかと思う
    • 通常臨床医は、「健康上の問題点や症状を医師が解決する」という医療モデルに基づいて診療に臨むと思われるが、精神疾患においては、薬物療法は医療モデルに基づくが、薬物療法以外の治療は「問題点や症状を患者自身が解決できるように成長することを医療者がサポートする」という成長モデルに基づいている
  • 治療方針・方針の共有
    • 共感とねぎらい、発症因子、増悪因子、改善因子、対処方法など
    • 生育歴、生活歴、家族関係、友人関係
    • 治療の目標や方法
    • 「これまで他の病院でいろいろな治療をしていて、それでも症状が依然続いていることから、ここでの治療もすぐに効果が出ないかもしれにせん。しかし、これまでの検査結果から、癌などのような怖い病気ではないことはわかっているので、いきなり症状をなくすことを目指すのではなく、まずその手前の段階として、症状とつきあうことを目標にしましょう。いろんな対処法で付き合っていきながら、徐々に症状が軽くなっていくことを待つのです。症状と付き合う方法を一緒に練習していきましょう」
    • 「症状があっても、やり過ごせるようになる」ことを当面の目標にする
    • つまりは「症状があっても、症状と付き合いながら、その時にできることをする」という森田療法的アプローチである
  • その他注意点
    • 陰性感情への対処である。医師も人間である以上、時には患者に対して陰性感情を抱くこともある。しかし、陰性感情を抱いたまま患者に接することは治療の妨げになることもある。しかし、陰性感情を抱いたまま患者に接することは治療の妨げになる。私の場合は、強い陰性感情を抱いた場合は、同僚の医師、臨床心理士、看護師に相談するようにしている。言葉にすることで陰性感情が和らぐこともあるし、別の視点からのアドバイスをもらえることもあり、相談することは有用である