河田浩、細井昌子 慢性疼痛と心のケア Bone Joint Nerve 2012;2(2):309-315

  • 医学的な観点の痛み、文学的・言語的観点での痛み
  • 遷延化した慢性疼痛症例の診療にあたり、患者が体の痛みを通じて訴えている内容について時間をかけて詳細に分析していくと、病院において時間をかけて詳細に分析していくと、病院において患者と呼ばれている人々が「言葉を通じて」伝えたい内容は、広辞苑に記載されているような身体的痛みを伴う「苦しみ、なやみ、悲しみ」の苦悩体験であることが理解されてきた
  • 慢性疼痛の状態は、侵害刺激による痛みだけでも情動・自律神経系へ情報を送ることで深い情動を惹起し、悲観的・破局的な認知を惹き起こす
  • social painとは、社会的疎外感、死別、理不尽で不公平な待遇、嫉妬、罪悪感などで活性される脳領域が、痛みの情動成分に関与する脳部位と共通しているために、実際に侵害刺激が加わらない状態でも社会的ストレスに対して人が感じうる「心の痛み」体験である
  • 「心の痛み」と文学的に表現されてきた侵害刺激を伴わない社会的刺激に伴う不快体験は、脳の活性においては侵害刺激を伴ういわゆる「体の痛み」と同様あるいは類似の状態を引き起こすことが脳科学的にも実証されてきていいると表現できる
  • 慢性疼痛で、心療内科に紹介され、当科で生育暦から詳細に聴取すると、現在進行形のストレスが一見なくても、養育過程での愛着形成の問題、身体的・心理的性的虐待やネグレクトといった虐待の問題、幼少期の家庭内暴力の見聞、学童期から少年期のいじめの問題といった心的外傷の存在に遭遇し、それに伴う自己肯定感の低さや自尊感情の障害などが現在の病態にも影響を与えていることが理解されることが珍しくない。
  • そこまで複雑な生育暦をもたない慢性疼痛患者でも、家族や友人など身近な人の援助がなく、支援が得られない独居や高齢の患者、いわゆる社会的疎外感が強い症例や、過去に近親者と死別したもの、喪の作業が終わっていない患者、公平感を感じない訴訟の絡んだ交通事故などの外傷や侵襲的な医療処置後に疼痛が増悪する症例などで、多かれ少なかれ同様の問題がおきている可能性がある。上記の社会的ストレスに対する問題可決能力の低さが、独自の苦悩を形成していることもあり、社会的ストレスの個々への症例へのインパクトの評価には、個人の能力を加味する必要がある
  • 慢性疼痛を悪化させる二つの行動パターン 恐怖回避と過活動
    • 患者のこれらの行動は理論的に不適切なものであるが、患者は過去の体験から得た真理的な防衛や、人生のよりどころ、信念に従って行動しているため、ただ単純にこれらの行動を戒めても簡単には受け入れないことが多い。患者の病態に寄り添いつつも、それらに配慮しながらも不適切な行動を減らしていけるような認知的な変容を目的にすることが肝葉である
  • 重篤な場合は不快で苦痛な記憶がフラッシュバックや夢の形で繰り返しよみがえることで、気持ちの動揺や、動悸、発汗などの身体反応が出現することがある
  • つらい体験に関して考えたり話したり感情が沸き起こってきたりするのを極力避けようとする。思い出される場所やものを避けようとする。また一部の記憶がぽっかり思い出せないという場合もある。逆に、以前は楽しめていた趣味や可愛がっていたものに関心が向かなくなる、愛情や幸福を感じなくなるといった心の変化が生じることがある
  • 過覚醒状態といって、睡眠障害やいらいらして怒りっぽくなる、集中できないといったことや、何事にも必要以上に軽快し、ちょっとした物音などの刺激でひどく驚いてしまうなど精神的な緊張が高まった状態を認めることがある
  • 慢性疼痛治療における心のケアとは、そのような幼少期のイベントや、交通事故や外傷など危機的な出来事に遭遇した後に、心身に発生した問題に対して、回復を補助する活動であるともいえる