清水由江、細井昌子、久保千春 慢性疼痛―身体医療と精神医療の境界疾患 精神科 2006;9:279-287

  • 急性疼痛 身体組織になんらかの障害が存在していることを示す警告信号
  • 慢性疼痛 Bonica 急性疾患の通常の経過あるいは外傷の治癒に相当する期間を一ヶ月以上超えて持続するか、継続する痛みの原因となる慢性の病理的プロセスと一体となっている疼痛、もしくは数ヶ月から数年の間隔で反復する疼痛
  • 痛みの治療には原因の除去のみならず多面的なアプローチが必要
  • IASP疼痛の定義 組織の実質的あるいは潜在的な障害にむすびつくか、このような障害を表す言葉をつかって述べられる不快な感覚・情動体験
  • 不快な情動体験であろうと末梢での侵害刺激の存在しない身体感覚であろうと、それを患者が痛みと感じ、「痛い」と表現すれば痛みと呼ばれることになる
  • 近代医学の身体的な痛みの治療のターゲットは、痛みの複雑な神経回路のごく一部である。
  • 精神科・心療内科における精神療法は、ヒトの脳回路に存在する痛み、認知、情動、自律神経、行動の密接なつながりを基盤としており、治療者が言語的あるいは非言語的な患者への刺激を通して、各症例における独特な既存の神経回路の混戦をいかに再構成していくかという観点で行われているわけである
  • 前部帯状回、島皮質が注目を浴びている
  • 前部帯状回 4つの領域
    • 情動領域、認知領域、記憶領域、空間認知領域
  • 島皮質 五感の機能に加え、痛覚、自律神経、感情、注意、言語、前庭機能などの機能に関与
  • 慢性疼痛患者に対する治療では、「痛み」を侵害刺激やそれに対する器質的変化の結果としてのみ捉えるのでは不十分であることが理解できるであろう
  • 患者の個人的体験に基づき神経回路が修飾された結果としての患者の個人的な「痛み体験」に注目し、脳科学的な知識を理解して上で、さらに患者の苦痛に対する医療者の共感力や想像力を駆使して、病態を考えていくことが重要である
  • 慢性疼痛の要素となる痛みの概念
    • 侵害受容性疼痛
    • 機能性疼痛
    • 神経因性疼痛
    • 学習性疼痛
      • オペラント学習型疼痛
        • 疼痛を維持増強する因子 重要な人物からの注目関心擁護的関わり(擁護反応)、家庭または社会生活の再適応の回避(現実回避)、怒り、不満、罪悪感といった心理的苦痛の抑圧(葛藤回避)、他の家族成員間の葛藤の回避(家族システムの維持)(小宮山)
      • 回避学習型疼痛
      • 精神医学的疼痛
        • 患者の疼痛行動がいかに非生産的で不適応的であっても、患者にとっては全人的な苦痛に対する患者なりの必死の解決努力であると理解することができる
  • 心療内科では心身医学的診断として7つの軸を念頭に情報収集を行い、多面的な病態評価をしている
    • 医学生物学的な器質的および機能的病態
    • 不安抑うつなどの情動の変化
    • 性格傾向、人格障害、あるいは発達障害レベルの病態
    • 痛みに対する認知と対処法
    • 行動医学的な疼痛行動の分析
    • 家族や社会システムとの関連
    • 日常生活や社会生活での役割機能の障害
  • 慢性疼痛症例の心理的特性
    • 医療不信
    • 失感情症
    • 依存欲求と怒り
  • 身体的治療が必要で、心理療法が必要でないと主張する症例では、1身体疾患でも心理社会的ストレスが過度になると交感神経系の関与から末梢の血流が悪化し自然治癒力の妨げとなり、身体疾患そのものが非常に悪化すること、2人体内には痛みの下行性痛覚抑制系があり、そのシステムを、たとえば「脊髄において痛みの増幅装置のボリュームコントロールを行っており、通常は痛みのボリュームを抑制できている」といった例えで説明し、「脊髄にある痛みの増幅の抑制装置は脳疲労で故障し、その脳疲労を癒す工夫を行う必要がある」といった説明を行うこと、などの2点を十分に説明することが患者の心理療法への動機付けに有効なことがある。
  • つまり、脳疲労の治療についての専門家が精神科医心療内科医であり、末梢の痛み病変に悪影響を起こす交感神経系の緊張を減らすための工夫を個々の日常生活上の対人ストレスから分析し、それに対処するために、個別のカウンセリングが有効であるという理解を促すことが必要である。
  • 慢性疼痛の治療目標は、痛みの完全な除去ではなく、1痛みに対する耐性を高め、2痛みのある生活を受容しその自己コントロール感を獲得し、3日常生活の活動範囲を広げ、4社会生活の適応を改善していくことである