がんの痛みと麻薬性鎮痛剤

鈴木勉 がんの痛みと麻薬性鎮痛剤 科学 2006;76:723-727

  • モルヒネの精神依存は、中脳辺縁ドパミン神経系の起始核である腹側被蓋野に分布するμ受容体に結合すると、抑制性の介在ニューロンであるγアミ酪酸(GABA)神経系を抑制して、中脳辺縁ドパミン神経系の活性化を引き起こす。この活性化は投射先の側坐核においてドパミンを著しく遊離させ、報酬効果(その薬剤を求める効果、精神依存)を発言する
  • 一方κ受容体は側坐核に高密度に分布し、κ受容体の活性化は側坐核におけるドパミン遊離を抑制するため嫌悪効果(その薬剤を避ける)効果を引き起こす
  • 著者らは、痛みがない状態(非疼痛下)ではモルヒネが強度の精神依存を形成するのに対し、炎症性疼痛下ではモルヒネの精神依存がほとんど形成されないことを初めて証明した。側坐核におけるドパミン遊離量を測定したところ、非疼痛下ではモルヒネによって遊離量が著明に上昇したが、炎症性疼痛下では有意な増加は認められなかった
  • さらに、この炎症性疼痛下のモルヒネ誘発報酬効果の抑制はκ受容体拮抗薬の前処置によって消失した。つまりκ受容体を抑制しておくと、報酬効果が復活した。また内因性κ受容体作動薬であるダイノルフィンAの特異的抗体を側坐核へ前処置すると、炎症性疼痛下でもモルヒネドパミン遊離量を著明に増加した
  • このことから、炎症性疼痛下では、中脳辺縁ドパミン神経系の投射先である側坐核において、ダイノルフィンA含有神経系の機能更新が引き起こされ、モルヒネによる側坐核でのドパミン遊離量は減少すること、そのため結果としてモルヒネの精神依存形成は抑制されることを示した。
  • 神経障害性疼痛モデル動物においても、モルヒネによる精神依存はほとんど形成されないことを明らかにした。このモルヒネの精神依存形成にはκ受容体神経系の関与が少ないことがわかった。腹側被蓋野において、μ受容体のリン酸化レベルが上昇し、受容体の機能低下が引き起こされていることを明らかにした。これが神経障害性疼痛下におけるモルヒネの精神依存形成抑制の原因と考えられる。