痛みの脳科学

佐藤公道 痛みの脳科学 科学 2006;76:728-733

  • IASP 痛みの定義 1979 委員長 H.Merskey
    • 組織の実質的あるいは潜在的な損傷に結びつくか、このような障害を表す言葉を使って述べられる不快な感覚、情動体験
  • 原因となるような身体的(器質的)な変化が見当たらなくても、患者が真剣に訴える不快な感覚、情動体験を痛みと認め、患者の苦しみに理解を示すべきであるとの考え方が基本になっている
  • 痛みには2つの側面、1)身体のどの部分がどの程度痛いかという感覚の側面、2)痛みのともなう不快感、不安、苦しみ、恐怖といった情動の側面がある
  • 多くの場合、感覚的側面が先行し、それにともなって負の情動反応が生じる
  • 今までの痛みの研究は感覚的側面に関するもので、それも末梢組織から中枢神経系の入り口である脊髄あたりまでの部分に集中してきた。一方、脊髄より上位の脳内のおいて痛み情報が感覚として認知されるまでの詳細なメカニズムは未解明であり、さらに、痛みのもう一つの大切な側面である情動発現に関しては、まだ研究が始まったばかりである
  • 痛みを感じるメカニズム
    • 末梢神経における侵害受容
    • 痛覚求心路の概略
    • 脊髄後角における痛みの伝達
    • 神経因性疼痛のメカニズム
      • 1)正常時には触覚を伝える有髄線維に脱髄がおこり、異常発芽(sprouting)やC線維などと線維間の物理的接触(エファプス)が誘発される 2)リゾフォスファチジン酸が脱髄などに重要な働きをする 3)正常時にはC線維細胞に限局して発現しているTRPV1やCa2+チャンネルサブユニットCavα-1δが有髄線維細胞に新たに発現する 4)正常時C線維細胞に発現しているμオピオイド受容体が消退し、脊髄内終末からの侵害受容体情報伝達因子放出に対する制御機能が減弱する 5)正常ににはみられない脊髄後角でのミクログリア細胞の活性化がおこり、そこに細胞外ATPの受容体の一種P2X4が高密度に発現するなど
    • 痛みを抑える内因性機構
      • 脊髄後角に対する吻側延髄腹内側部(傍巨大細胞網様核、巨大細胞網様核、大縫線核)からの下行性抑制系
      • この下行性抑制系の起始ニューロンは、痛覚求心路の側枝を介して活性化されるほか、中脳水道周囲灰白質(PAG)ニューロンによって賦活化される
      • 下行性抑制系のメディエータはノルアドレナリン
    • 痛みに関連する情動反応のメカニズム
      • 扁桃体 中心核、基底外側核、皮質内側核
      • 基底外側核は体性痛刺激により、中心核は内蔵痛刺激によりそれぞれ選択的に興奮性が高まる
      • 扁桃体基底外側核と中心核とでは、体性痛刺激と内臓痛刺激による負の情動発現において関与の仕方が異なる
      • 扁桃体が侵害性(痛み)刺激による負の情動発現に関与していること、扁桃体内亜核によって関与の仕方がことなること、モルヒネなどオピオイド受容体に作用する薬物の鎮痛効果と負の情動反応抑制作用(報酬効果)は別個のメカニズムで独立して起こること、などが示唆され、痛みの情動的側面の研究の重要性が明確になった