痛みと睡眠問題

井上雄一 痛みと睡眠問題 最新精神医学 2017;22(2):109-115

  • 睡眠と睡眠障害両者の併存は病態を双方向に悪化させる悪循環を形成する可能性がある
  • FM患者のQOL改善のためには睡眠障害の理解と対応が必須事項であると考えられている
  • FMでの自覚的な睡眠障害 45-90%
  • FM患者の不眠症状は自覚症状に比べて他覚的な障害度は低く、両者が乖離しやすい傾向(睡眠状態誤認)が存在する可能性があると考えられる
  • FMの不眠症状は、総じてベンゾジアゼピン類もしくはBZP受容体作動性への治療の反応性は不要
  • FMでの自覚的な不眠症状と疼痛症状両者に対して有効性が確認されているのは、GABAトランスポータ作用を有しGABA神経促進性に働くα2δリガンドpregabalinであろう
  • 本剤には不眠症状の強い患者の深睡眠を増やす作用が存在することが推測されるので、この特性がFMでの不眠に対して効果的に働く可能性があるだろう
  • 全体的な印象としては、FMでの睡眠障害の症状は、身体表現性障害での不眠がより重症かつ治療抵抗性になったものとの印象を強くうける

痛みと情動の生物学的基盤

加藤総夫 痛みと情動の生物学的基盤 最新精神医学 2017;22(2):93-102

  • 痛みのマトリクス 1-4の総体が、我々の痛み体験を形成すると認識されるに到った
    • 1 あらゆる痛みに共通の単一の「痛み中枢」は存在しない
    • 2 むしろ、侵害受容入力は、きわめて多くの広範な脳領域を分散的に活性化する
    • 3 予想に反して、図1にあるような「古典的痛みの経路」の活性化PTTは相対的に低い
    • 4 さまざまな痛みの状況(たとえば誘発痛と自発痛)や、異なる種類の痛み(たとえば慢性痛と急性痛)ごとに、活性化する領域は異なっている
  • 痛みで活性化する脳領域
    • 1 意識の流れやワーキングメモリとしての中心的役割を担う前頭前皮質
    • 2 有害情報によって成立する恐怖学習などの中枢である扁桃体
    • 3 報酬予測・意思決定・共感や情動といった認知機能に(特にヒトにおいて)広く関与する前帯状回皮質
    • 4 痛みの認知的体験や喜怒哀楽・不快・恐怖などの感情体験に関与する島皮質
    • 5 報酬や快感に関与する側坐核
    • これらの部位は痛みだけに限らず、いわゆる「意識」「情動」「報酬」などの機能、あるいは、広い意味でのヒトの情動に関与する代表的部位が含まれている
  • 扁桃体は、侵害受容によって誘発される情動学習である「条件恐怖反応」の獲得における中心的脳部位であることが確立している
  • ヒト扁桃体は、恐怖・不安・抑うつ・嫌悪などの「陰性情動」に関与すうるとともに抗うつ薬の重要な標的である
  • ヒトの先天性両側扁桃体障害は恐怖情動の認知の低下や、対人距離に対する評価異常などをもたらす
  • 心的外傷ストレス障害(PTSD)患者の扁桃体は機能的・形態的異常を示す
  • 対人関係に障害を持つ広汎性発達障害にも扁桃体の関与が示唆されている
  • 「直接」神経連絡はBernardらのグループによって同定され「脊髄ー腕傍核ー扁桃体路」と呼ばれている
  • 扁桃体中心核外包部は侵害受容性扁桃体と呼ばれている
  • 脊髄ー腕傍核ー扁桃体路が、視床や皮質などの一般体性感覚と同様の分析過程をバイパスして、直接的に「有害性警告」情報を脳に誘発させる機構である可能性を示している
  • 外側上行路(外側視床核ー体性感覚皮質) 痛みの感覚・弁別的要素
  • 内側上行路(内側視床核ー前帯状回皮質) 痛みの情動的要素
  • 第3の経路 脊髄ー腕傍核ー扁桃体路 侵害受容情報の生物学的本質である「有害性を生体に警告する」という機能に直接関与する古い系であると考えられる
  • 痛みは非常に強力な脳内可塑性誘発性因子であるといってよい
  • 情動の中枢とされている扁桃体の活動が、末梢の侵害受容閾値を調整している可能性を示唆

慢性疼痛の臨床に必要な心理社会的評価尺度 MPI

笠原諭、松平浩、荒瀬洋子、村上安壽子、高橋直人、矢吹省司 慢性疼痛の臨床に必要な心理社会的評価尺度 MPI 最新精神医学 2017;22(2):103-108

  • MPI;Multidimentional Pain Inventory
  • 認知行動療法を慢性疼痛患者に適応する際に、直接的にターゲットになるのは、痛みの性状そのものでなく、そうした症状に影響を及ぼしている行動、認知、感情、環境などの媒介要因であり、こうした変数に変化を生じさせる方法を導入し、間接的に痛みの症状を改善させることが目的となる
  • そのため認知行動療法の効果を高める際には、どのような媒介要因をターゲットとするかを明確にし、ターゲットに適合する治療技法を選択することが重要となる。
  • また認知行動療法の効果は治療を行う対象やその時の状況において影響を受ける可能性があり、そうした治療効果の調整要因を明らかにすることによって、認知行動療法の効果を高めることや認知行動療法の効果がみられない患者の同定が期待される
  • 媒介要因
    • 生活障害の改善を導く変数 恐怖ー回避に関する信念、破局思考、痛みに対するコントロール
  • 調整要因
    • MPIの3分類 Dysfunctional/Interpersonally Distressed/Adaptive Cooper
    • Adaptive Cooper 痛みや情緒的な苦痛が低く、高い生活管理能力を有しているために適切なアドバイスのみででも行動変容を起こしやすい
    • Dysfunctional 家族などの重要他者が患者の痛み行動に対して気遣いや義務の肩代わりなどの過保護な反応を示すことが多く、これを減じる介入(オペラント行動療法)が必要
    • Interpersonally Distressed 重要他者から責められるような生活状況にあり、痛みで自分を罰することで批判を免れようとする傾向があるため、自己主張訓練のような対人技能の獲得が必要
  • MPI
    • 全61項目 3つのセクション
    • セクション1 28項目 痛みの影響を評価
    • セクション2 14項目 重要他者からの痛みに対する反応を評価
    • セクション3 19項目 患者の活動を評価
    • MPIの徳に優れている点としては、重要他者である家族や良かれと思い行っている支援が、図らずも患者の痛み行動を強化してしまっているかどうかを、セクション2で評価できること

痛み診療における森田療法の役割

平林万紀彦 痛み診療における森田療法の役割 最新精神医学 2017;22(2):131-137

‐身体因の有無を問わず痛みがこじれるときは「痛みを嫌うと痛みに注意が向いて」「痛みに過敏になり」「痛みを恐れてますます注意を向きやすくなり」「さらに過敏になり苦痛が強まる」というように心身は一体化して不快感が強まっていくので、身体因と心因を厳密に区別するのは臨床的に役に立たず心身双方のケアが必要になる

  • 森田療法の適応 特に内向性、過敏、心配性、完全主義、理想主義など神経質性格とよばれる性格者に有効- 森田療法は、痛みとともに生き、生活を豊かにしていくことで、”あっても平気な痛み”に転換させる援助となる- ほかの精神療法と同様に意識障害を是正したうえで本格的に取り組みたい
  • 痛み治療の目的は、我慢しがたい痛みによる障害からの回復を目指す必要がある- 痛みの強さはさほぞ変化はなくても患者の生活に張り合いが出てくると痛みはさほど気にならなくなり、治療を今以上には求めなくなるものだ
  • 医療者としては、失望しながらもこれまでの痛みをよく奮闘してきたことを称えたうえで、提供できる医療を謙虚に提案していくことが治療を継続する上でも役立つ
  • 森田療法の効能
  • 精神交互作用 痛みがあることを案じ、痛みにひどく怯えることで痛みに注意が向き過敏になり、さらに痛みが辛いものとなるため益々痛みに注意が向きやすくなる
  • 思想の矛盾 痛みは有害で厄介なものだからなんとかしてコントロールしすぎて、そこに不可能を可能にしようとする葛藤が生じことで益々痛みが苦しいものになる- この二つ 慢性痛患者に生じやすい心理的な悪循環を”とらわれの機制”とよぶ- その裏には健康に生きようとする人間本来の欲望が存在 生の欲望
  • こうしたとらわれから脱却するためには痛みを排除しようとするはからいをやめ、そのままにしておく態度を養い、同時に、生の欲望を活かし建設的な行動につなげていけるかどうかが鍵になる
  • 森田療法の痛み診療手順
  • 観察する
  • 1. 痛みが嫌なのは自分が健全だからこそ [生の欲望を発見する ]
  • 2. 痛みのコントロールは難しい [感覚の自覚を促す]
  • 3. 怠けではなく頑張りすぎて苦しくなる [悪循環を明確化する]
    • とらわれの機制(精神交互作用、思想の矛盾)に着目する
  • 選択する
  • 4.本当に肝心なところに注力する [目的を見出す]
    • 痛みのためにこれまで諦めてきたことにも焦点をあてる
  • 5. やり過ぎないで、ほどほどのペースを作る [行動や生活のパターンを見直す]
  • 活かす
  • 6. 痛みと闘わず自分が今できることに没頭する [今に焦点をあてる]
    • この瞬間に何が重要かを考え、今ここに集中してその場と一体化する状態をつくる
  • 7.小さな一歩を積み重ねる [危機への直面化を支持する]
    • ここで大事なのは何でもいっぺんにやろうとせず、小さな成功を積み重ねることである
  • 8. あるがままに行動する姿勢を身につける [建設的な行動を継続するよう促す]
    • 危機にあって転ぶのは自然の摂理であり、転ばないことに力を入れるのではなく転んだ後にどう立ち上がるかに注力することで粘り強さが培われる
    • その際、自分は痛みも苦痛も感じる弱い人間であることをあるがままに受け入れると、痛みよりも大事な生活上の課題に手を出しやすくなる
  • 9. 治療は一進一退しながら前進していく[ 患者い寄り添い続ける]
    • 実際、治療の過程はらせん階段を昇るようなもので、同じ風景が繰り返し現れて堂々巡りをしているようにもみえる。しかし、避けてきたことに恐る恐る、とりあえず手を出し、足を出し続ければ確実に治療の階段を昇り、あるところで突然視界がひらけるような実感が得られる。つまり痛みがあっても過ごしやすくなることで生活はうまく回るようになり結果的に楽になるのっだ
  • 痛み診療においては、「痛みの原因探し」や「痛みの除去」にとらわれ過ぎることによってかえって見えなくなる事柄が思いのほか多い。痛みという曖昧なものは曖昧なものとして扱い、治療の焦点を"痛みの除去"から”ありのままの患者本人の強みを活かす”関わりに転換することが、時として、行き詰った治療を打破する契機となる

慢性疼痛と幼少期の体験

慢性疼痛と幼少期の体験 ペインクリニック 2017;38(8):1025-1026

  • 幼少期の体験が成年後に与える情動行動面への影響について、近年、医学領域でも注目されてきている
  • 知的障害については、その後の英国のあたたかいケアを受けるなかで改善したが、6ヶ月以上の長期間、劣悪な環境で生育された群では、自閉症傾向、脱抑制、注意障害と多動については各観察時点で有意に高いスコアとなっていた。さらに興味深いことに、観察の3群で15歳時までは情緒障害の差は目立たなかったが、22-25歳のヤングアダルトの時期になると、幼少期に6ヶ月以上の劣悪な環境にいた群で、情緒障害のスコアが急激に上昇していた
  • 言い換えると、「幼少期に温かみのある養育をうけていないとIQはその後のケアで改善できるが、EQにおいては成年後に問題が生じる」ともいえるであろう。(IQ: 知能指数 EQ:Emotional Intelligence Quotient こころの知能指数)
  • 慢性疼痛の難治症例は知的には優れていることも多いが、情緒的な苦しみが成年後に発症し、睡眠障害や情緒的な問題が持続していく経過中に痛みが発症していることも多い
  • 人生の様々なステージで適応努力を続けるうちは意識的な活動で紛れている過去の苦悩が、20歳、40歳、60歳といった人生のステージが変化した後の平穏な時期に、器質的・機能的な身体の痛みに加えて、過去のトラウマ体験にまつわる脳活動が安静時の脳活動に混線し、より不快な心身の痛み体験となる可能性があると筆者は考えている

身体表現性障害の森田療法

塩路理恵子 身体表現性障害の森田療法 心身医 2014;54(4):326-331

  • 森田はその成り立ちを「とらわれ」から理解し、注意と感覚の悪循環が働くことを指摘した
  • 身体の不調に対する不安、疾病に対する恐怖の裏に「仕事をやり遂げるために体調を万全にしておきたい」「健康でありたい」という「生の欲望」をみることも森田療法の重要な視点である。
  • 森田療法では身体的な不調や心気的な不安にとらわれ、悪循環によって増悪していくあり方を扱い、とらわれを離れ本来の望みである生活を豊かにしていくことを目指す
  • 身体的な不調や違和感、不快な感覚に対し、不安な注意を向けることでますます感覚も鋭敏となり、不調が強くなるように、注意と感覚に悪循環が起こることを指摘した
  • さらに悪循環を駆動するものとして「思想の矛盾」を置いたが、これは、「仕事、勉強を円滑に進めるためには体調はすっきり整っているべきだ」などの「こうあるべきだ」という観念で自然な心身の状態をコントロールしようとするあり方のことである
  • 森田療法の治療で目指すものには、1症状や不安をやりくりしようとせず、そのままにしておく姿勢(悪循環を変えていく)と同時に、2本来持つ「生の欲望」を行動・生活の中で活かしていく、という2つの意味がある
  • 体調を万全に整え、状況を整えてから勉強するのではなく、まずは机に向かい集中できなくても書物を手に取る、といったやり方をアドバイスする
  • 「患者が苦痛としている身体症状はあるものとして想定し、認める」という理解が、治療関係を築く上でも重要と成る
  • 面接を重ねるうちに、高齢の義父と障害を持つ娘を介護し孤軍奮闘していたことが語られるようになった。治療者が「だからこそ健康でありたい」という思いが強いのですね、としみじみとつたえるとBも肯定し、「自分が元気でなくては」という使命感のようなものがあることが語られていった。

総合病院心療内科での森田療法の実践

太田大介 総合病院心療内科での森田療法の実践 心身医 2015;55(4):346-351

  • 不定愁訴患者のとらわれを森田のいう思想の矛盾に照らして理解すれば、かくありたいという自分像と現状のかくある自分との間を埋めているのが各種身体症状といえる。
  • 患者の身体症状そのものではなく、症状の背後にあるとらわれの病理を治療対象とする森田療法の視点は心身症一般、特に多彩な症状を示す不定愁訴患者の治療において有効である
  • 治療経過
  • 治療者は、患者のこれまでの主婦としての働きをねぎらった。
  • 患者の中の、こうありたい自分、森田療法でいう、かくあるべき自分と、活動性の低下した現在の自己像、すなわちかくある自分とのギャップに悩んでいるという理解を共有していった
  • 森田療法における、症状はあるがままに受け止めて日々の生活を本来の彼女らしく暮らしていくという方向で、症状は残っているけれども散歩に出かけ、可能な範囲で友人との会食にも参加し、座ることなく立ったままでもカラオケを楽しむよう指導していった
  • 考察
  • 森田療法では、小乗そのものではなく、その症状の背後にあるとらわれを治療対象としている
  • 症状ではなくとらわれの機制に焦点を当てる森田療法のアプローチは不定愁訴患者の治療の本質をとらえている
  • 精神相互作用は、人がある病態、不安、恐怖、観念などに注意を集中し、また起こるのではないかと予期、恐怖すると、ますますそれに注意が集中し、その病態、身体感覚が強く感じられ、その結果さらにそれに注意が集中するというものである
  • とらわれの背景を、森田療法では、患者の健康への執着など、強い生の欲望がマイナスに働いた結果ととらえている
  • 不定愁訴患者は一般に生の欲望が強い傾向にあり、身体症状という形で死の恐怖が現れているものとかんがえられる
  • 筆者はこのような患者に対して、不定愁訴患者を広く生活習慣病としてとらえて指導している
  • 身体症状は生活習慣を見直しなさいという身体からのメッセージであるという理解である