慢性疼痛における精神科的併存症の治療

村上伸治 慢性疼痛における精神科的併存症の治療 臨床精神医学 2013;42(6):765-769

  • 身体化障害とは、若い頃に始まり、疼痛をはじめとした多彩な身体的症状が、身体的原因がわからないまま長期間継続するものをいう。典型的な例をイメージするなら、若い頃から体のあちこちの痛みと下痢や便秘の胃腸症状などのさまざまな身体症状が軽くなったりしつつも長年続いており、今までいろいろと検査を受けたが問題とされても納得せず、各科の受診を繰り返している患者で女性の多い
  • 身体化障害の治療については、特にこれが有効、とされているものはない
  • 患者は長年、多数の身体科をさんざん「回されて」受診することが多いため、痛みなどの身体症状を「精神的な疾患」とみなされることに腹を立てていたり、失意や投げやりな気持ちであることが少なくない。
  • そのため精神療法的な話の流れに乗りにくいし、拒否的であったりし易いからである
  • それでも精神療法(ないし精神療法的アプローチ)は重要である
  • 「身体の症状を早くとってほしい」と患者は切望するが、その訴えを受け止めつつも、徐々に「症状とつきあっていく」「症状をコントロールする」方向へと誘導していくことが容易ではないが、寛容となる
  • 船津は、「早々と匙を投げ出さずに、オープンな態度で真摯に対応していく」「丁寧な身体診察は、凝り固まった身体症状をほぐす効果があるのではないか」などを指摘し、患者への否定的感情に関しては、「同僚に話しを聞いてもらうこと」を勧めている。
  • 橋詰らは「初期の治療目標は「治療者のセルフコントロール」、最終目標は「患者のセルフコントロール」と述べている
  • 吉田は腰痛の苦痛から希死念慮を認めた4例を報告している。Morrisの「痛みには意味があり、意味は個々人の心の変遷である」との言葉を引用しつつ、4例のうち自殺既遂した1例ともう一例は、「患者にとって生きる拠り所となっていたものの喪失が腰痛と深い関連をもっているように思われる」とした上で、「人生の重要で苦悩に満ちた局面に出現している腰痛の意味を考え、それを生かすことは治療に役立つと考えられる」と考察している
  • 患者の症状を生活や人生の中で捉えることが大切であり、身体症状が孤独を表していたり、家族親族の中で患者の立場や位置を示すものになっていたりする。身体症状を訴えることが、周囲のひととつながる唯一の手段になってしまっていることも多いが、もしそれもなくなってしまったら患者が周囲とつながる手段が皆無になってしまう恐れや不安がある可能性もある

身体表現性障害における疼痛性障害

宮地英雄 身体表現性障害における疼痛性障害 産科と婦人科 2013;80(7):901-905

  • 疾患概念に共通しているのは、身体症状は呈しながら検査所見が陰性、あるいは身体的障害が存在したとしても、症状を説明できない程度のものであること、心理的要因について話し合おうとすることを嫌がる、検索を要求し、うまくいかないと憤慨する、などがある
  • 問診では、痛みが出現した契機、経緯、その後の症状の変動、付随する身体症状および精神症状がどの時点で出現したのか、途中で消えたことがあるのか、どの順で出現したのかなど、ライフイベントをあわせて表を作り、整理するようにする
  • 痛みに対しての思考、耐溶性は、個々様々であり、このことを治療者は意識して、焦っているケースにはあわててもよくないことを伝え、悲観的になっているケースには、この痛みが理解されにくいことを理解、共感するようにして、維持期につなげていくようにする
  • 薬物療法としては、通常の消炎鎮痛剤はほとんど効果がない。十分説明した上で一部抗うつ剤を使うことがある
  • 維持期としては、始めに十分説明しても、患者がなかなか改善しないことに苛立ちを訴えるケースも多い。そういうものだと突き放すだけではなく、引き続き日常生活や思考の分析、初診時から診て改善している部分があること、継続して来院できていることなどを支持するようにしていく

身体表現性障害

土井永史、鮫島達夫 身体表現性障害 診断と治療 2011;99(6):959-963

  • 身体表現性障害は、精神的苦悩と疾患行動が変容し肥大したものと記述できる
  • 一般に未熟で依存傾向の強い人や自己顕示欲の強い人、不安が強い人の場合には、他者に対する身体症状の訴えが増強する
  • 完全主義的傾向の強い人の場合には、身体症状の完全な除去を求めて疾患行動は執拗になるであろう
  • 統合失調症で慢性的な電波体験をもつ症例では、末期胃癌の疼痛を「痛み」としてではなく、「腹部への電波の増強」として訴えることがある
  • 慢性的ストレスは、緊張と深睡眠(stage IIIとstage IVの睡眠)の減少を介して筋膜性疼痛や倦怠感を誘発しうる
  • 失感情言語症(Alexthymia,自分の感情を言語で適切に表現できない病態)のある症例では、ストレスは身体症状として表現される。これが身体化である
  • 長年身体表現性障害として治療されてきた症例のなかに、身体的原因が見落とされてきた症例や心気妄想や体感幻覚を伴う統合失調症うつ病の症例が混在していることがある。
  • 検査結果の説明
    • 「少なくとも悪性・進行性の疾患は考えなくても良いこと」を明確に伝えることである
    • 身体表現性障害の症例では”疾患”を否定されてしまうと、患者は自分の存在を否定されたような気持ちを抱き、「主治医は疾患を発見できずにるだけ」と解釈するであろう
    • この場合には、詳しい検査で異常が認められなくても”身体疾患”の存在は否定せず、上記と伝えるに止め、患者の現在の苦痛に共感を示すことが大切である
  • 紹介に際しいかに説明するか
    • 「身体が不調だと心も不調になるが、心が滅入ると身体も滅入る」ということを指摘し、不眠・不安などに対する専門的な治療も並行して行う必要があることを指摘するのがよい
  • いつ、どのように治療を終了するか
    • 「もう大丈夫のようにも見えるが、経過をみるため、一応次回の予約を入れておきましょう。ご都合などで予定の変更があればご連絡ください」と伝えるに止めるのがよい
  • 一言で要約するとすれば、"身体疾患とうつ病統合失調症などの内因性精神病とを除外した後に、認知行動療法的手法を落ちいて、忍耐強く患者と付き合う”ということになるであろう

多彩な身体症状の奥にある心の傷 身体表現性障害

松田孝之、氏家武 多彩な身体症状の奥にある心の傷 身体表現性障害 小児科臨床 2010;73(1):56-60

  • すべての身体表現性障害に共通した単一の治療法はないが、医療への強い依存を軽減し、症状への固執を解き、もてる機能を回復し、感覚のコントロールを高め、自己評価と自尊心を向上させて現実の生活を改善することである
  • DSM-IVの身体表現性障害のカテゴリー 身体化障害、転換性障害、疼痛性障害、心気症、身体醜形障害、特定不能の身体表現性障害
  • 結果を説明する際は、諸検査に異常がみとめられなくても、ただちに身体疾患を否定して精神的な問題に結び付けずに、「原因は心身の両面が関係している可能性がある」と告げるのが良い
  • 筆者は小児心身症を4つのタイプに分類
    • 心身反応型、葛藤回避型、身体表現型、経過修飾型
  • 医師は時として「器質的異常を伴わない身体症状」を軽視しがちだが、身体症状を背景にある子どもの苦しみのサインとしてしっかりと受け止める必要があり、それが心身症治療の第一歩となる
  • 心身症的対応の落とし穴
    • 子どもが訴える身体症状は実際に体験されている本当のことである
    • 心理的ストレスは必ずあるが、必ずしも子どもがそれを自覚してはいない
    • 自分の考えを押しつけてはいけない

心療内科的アプローチのコツ 機能性消化管疾患の治療のコツ

水野泰之、福永幹彦 心療内科的アプローチのコツ 機能性消化管疾患の治療のコツ Modern Physician 2011;31(3):345-347

  • 心理療法の目的
    • 心の変化を介して身体症状の改善を図る
    • 症状によって起こっている障害の軽減を図る
      • 「この病気はね、すこし変わっているんですよ。普通は病気というと症状が出ないようにするのが大事ですね。ところがこれは症状が出ないようにすることではなくて、症状が出来ても大丈夫だったという経験を積み重ねることが大切なんですよ」
      • このように症状に関して患者がもっている枠を組み替えることがリフレーミングである。実はこの新しい枠は、回避しない行動によって症状が強くなっても弱くなっても成功というダブルバインド(二重拘束)も導入している
  • 信頼を得るまでの態度
    • 患者がどのような症状を体験しており何に困っているかを理解し、理解しているということを伝える
    • 症状に対する患者の病態理解すなわち解釈モデルを理解し、尊重する
    • 患者の症状、考えや行動が医学的に理解可能なものであり患者がおかしいわけではないことを伝える
    • 治療者は患者の辛さを和らげる可能性を提供する能力があり、継続的に治療する医師が有ることを伝える
  • 投薬や検査などは治療者の役割が大きいが、心理療法では、「治してもらう」から「自分で治す」という認識への移行が必要である
  • 心理療法のポイント
    • 良好な治療関係を構築する
    • 患者自らが行う具体的んあ変化を目標にする
    • 小さなステップを積み重ねる
    • 良い変化に注目する
      • 患者には「よい変化がないかを探しそれに気づくようになると、それはもっと大きく変化していく」という説明をしておくとよい
      • 「テストで80点をとってきた子供に20点も間違ったと指摘するよりも、80点もとれたということを強調したほうがもっとやる気がでて、次は85点くらい取れるかもしれない」などという例え話を用いて説明すると受け入れが良いようである

承認(validataion):感情調節困難な患者との治療的関わりにおいての承認の意義

遊佐安一郎 承認(validataion):感情調節困難な患者との治療的関わりにおいての承認の意義 精神療法 2014;40(6):851-857

  • Linehanは承認を「セラピストが患者に対して、患者の反応は現在の生活において当然のことであり、理解可能なものだと伝えつことである」と定義している
  • Manningによる承認の定義は「真に理解可能な行動(感情、考え、行為)の一辺を見出して、それを理解可能だと伝えること」である。その際に相手の「自己構成概念」を尊重することの重要性も強調されている
  • 承認は相手を観て相手から聴いたこと、そして相手の反応と行動のパターンには本質的に妥当性を持っていることを言葉または反応で伝えること
  • 臨床的承認のために共感は必要であるが、それだけでは十分ではないと主張している
  • 弁証論的行動療法
  • Linehan M によって開発された、BPDなどで、従来治療困難例と考えられていた感情調節不全を基調とした様々な障害のための、多くの科学的エビデンスによってその効果が高く評価されている認知行動療法である
  • 感情調節困難 生物学的に強い感情反応を示しやすい傾向のある個人が、社会的環境から非承認される経験を繰り返すことで、すべてとまではいかなくても、多くの感情の調節が困難になってしまう
  • 承認の6つのレベル
  • レベル1 傾聴と観察
  • レベル2 正確に反映する
    • 「これ(この理解で)であっていますか?」と頻繁に問いかける
  • レベル3 言葉にされていないことを明確にする
    • いまだ言葉にすることができていない患者の感情や意味を言語化すること自体、強力な承認になることもある
  • レベル4 理解できる内容(必ずしも妥当でなくても)に関して承認する
    • 行動がその原因との関係で承認される。必要とされるすべての原因に関する情報はないまでも、患者の感情、考え、行為は患者の現在の体験、生理学的状態、そして今までの生活歴から、完璧に理解することができると伝えることである
    • (1)過去の学習歴、(2)現在の不適切な先行刺激、または(3)生物学的機能障害が原因だとして、その行動は十分に理解できると伝えることができる
  • レベル5 現時点で理にかなっているとしているとして承認する
    • 患者の行動がそれ自体、理にかなっており、患者の人生の目標に向けても正当化できる有意義なものであると伝えること
  • レベル6 その人を承認できる人として扱う:徹底的に真摯に
    • 患者を人としてあるがままに受け止める際に、個人としての強さと能力に注目し対応すること

身体表現性障害

佐貫一成、山本晴義 身体表現性障害 臨床と研究 2016;93(5):626-632

  • 身体表現障害から身体症状症への改変
    • DSM-V 身体症状症 DSM-IV 身体症状症、鑑別不能型身体表現性障害、疼痛性障害、心気症(身体症状のあるもの)
    • DSM-V 心気症(身体症状のないもの) DSM-IV 病気不安症
    • DSM-V 転換性障害 DSM-IV 変換症
  • 身体症状症の治療
    • 身体症状症に特異的に確立された有効な治療法は現時点で存在せず、治療に難渋することが多い。だからと言って、治療者が「どうにもならない」などと早急に投げ出すようなことはしてはいけない。諦めず、かつ焦らずに、気長に患者と付き合っていくことが大切である。そのように医師が患者と気長に付き合おうとする姿勢が、患者が自身の症状と気長付き合う姿勢に反映されていくと感じている
    • 身体症状症における身体症状の本隊は心理社会的問題と考えるが、その心理社会的問題はすぐには解決しがたいものが多く、向き合うことすら困難がものが多い。そこで、身体症状にとらわれることで、その問題と直面することを回避できる。このように、身体症状へのとらわれには、心理的防衛機制としての役割があるため、症状をすぐには手放せないのである。こう考えると、治療に難渋することも、薬物療法が根本的な解決策にはならないことも納得がいく
    • では、いつになれば、症状を手放せるのか。それは、患者自身が成長して、回避していた問題に向き合って対処出来るようになったときである。
    • ここでいう成長とは、ストレス対処能力や人間関係のスキルの向上
    • 通常、臨床医は「健康上の問題点や症状を医師が解決する」という医療モデルに基づいて診療に臨むと思われるが、精神疾患においては、薬物療法は医療モデルに基づくが、薬物療法以外の治療は「問題点や症状を患者自身が解決できるように成長することを医療者がサポートする」という成長モデルにもとづいている。
  • 治療目標・方針の共有
    • 「ストレスが体調に影響することもありますから、話せる範囲で構いませんので、生活環境(家庭、職場、友人など)について教えてください。その中に治療のヒントが隠れているかもしれません」などと説明して、生育歴、生活歴、家族関係、友人関係などについても情報収集する
    • たいていの患者はいきなり「症状を取り去る」ことを要求するが、それは高い山の登山でいきなり山頂を目指すことと同じで現実的ではない。そこで具体的には、「これまでの他の病院でいろいろと治療して、それでも症状がい以前続いていることから、個々での治療もすぐには効果が出ないかもしれません。しかし、これまでの検査結果から、癌などのような怖い病気ではないことはわかっているので、いきなり症状をなくすことを目指すのではなく、まずその手前の段階として、症状と付き合うことを目標としましょう。いろんな対処法で付き合っていきながら、徐々に症状が軽くなっていくことを待つのです。症状を付き合う方法を一緒に練習していきましょう。」などと説明し、「症状があっても、やり過ごせるようになる」ことを当面の目標にする。つまりは「症状があっても、症状と付き合いながら、その時にできることをする」という森田療法的アプローチである
  • 症状への対処法の実際
    • 症状をやり過ごすことに少しづつ自信をもってもらい、やがては、「症状が出てきても、やり過ごせるし、そんなに怖がらなくていい」というように症状に対する考えかたが変わることを期待する。そして、診察の中で症状の話題が徐々に減少し、症状以外の話題がでてきたり、「症状を気にしない時間が増えてきた」などと話すようになれば、診断基準Bにある「身体症状へのとらわれ」と「過度の反応(感情、思考、行動)」を和らげられており、治療は軌道にのってうまくいっていると考えて良い。
  • その他の注意点
    • 医師も人間である以上、時には患者に対して陰性感情を抱くこともある。しかし、陰性感情を抱いたまま患者に接することは治療の妨げになる。私の場合は、強い陰性感情を抱いた場合は、同僚の医師、臨床心理士、看護師に相談するようにしている。言葉にすることで陰性感情が和らぐことも有るし、別の視点からのアドバイスをもらえることもあり、相談することは有用である。

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