丸田俊彦 慢性疼痛への精神療法的アプローチ 心身医 49(89):903-908

  • 精神科医が扱う慢性疼痛患者のほとんどは、medically unexplained chronic painであるだけでなく、厳密には、medically and psychiatrically unexplained painであり、精神科的に説明できた疾患とかんがえるべきではない。
  • 痛みを巡って人が起こす随意運動、すなわちオペラント(痛みを訴える、医者へ行く、薬を飲む、仕事を休むなど)を、知覚としての痛みから区別し、それを総称して痛み行動と呼んで、「原因の特定できない慢性疾患の患者で、医療従事者が扱えるのは痛み行動だけである」としたのはFodyceであった。
  • 痛み行動は、急性の痛みの場合、主として痛み刺激それ自身により規定されるが、慢性疼痛では主として、痛み行動に対する周囲の反応によって規定されるようになる(オペラント条件付け)。したがって、痛み行動が強化される(報酬が与えられる)ような条件下では、痛み行動は増強、強化され、痛み行動に対する中立的な反応のもとでは、痛み行動は減少する(行動療法)
  • 「周囲の環境による条件付け」を強調する行動療法に対し、認知行動療法では、痛み行動における患者の主体性agencyを強調する。Turkらによれば、患者は、1能動的な情報処理者であり、2周囲からの反応によって行動を規定されるだけでなく、周囲と相互に交流し合い、3自ら変化を起こしうる行動主体である。こうした作業仮説にたつアプローチは、患者を情報、治療のほぼ完全な受け身的な受領者とした従来の治療とは違い、患者の主体性の確立(empowerment)を強調する。
  • そうしたアプローチ(認知行動療法)は、行動主体としてある患者の、痛みをめぐる認知と行動に働きかけることによって、患者の身体的、心理的、社会的適応を高め、「際限なく医療を必要とする患者であることを乗り越えて、慢性疼痛に適応して人への移行を可能にする。その結果、痛みそれ自体は変化しなくても、患者の生活、人生は大きく変わりうる。そう、認知行動療法は主張する。
  • 投薬という行為は、基本的に、医師が積極的に何かをし、患者はそれを施してもらうという意味合いを含む。このやり取りが慢性の患者では、「治す責任は医者にある」と書き換えられて、患者の依存性を高めたり、治療に対する患者側の責任性の放棄を招くことも少なくない
  • 慢性腰痛診断センター長を務めたGoldmanの言葉 「病歴も、レントゲン写真も要らない。もし、患者に医療従事者へのhostility(攻撃性、怒り)があれば、それは、まず間違いなく、心理的要因が強いことを示唆し、こちら側の苦労を約束するものである
  • リウマチ科の同僚の言葉 線維筋痛症は、あなたの病名でなく、あなたは何者かを語る名刺である
  • 慢性疼痛をめぐり、筆者が確信を持っていえること
    • 心と体は、われわれが考える以上に近く、切り離せないものであるということ。言葉を換えて言えば、「心因性 vs 器質性」という区分は、少なくとも慢性疼痛の臨床では意味をもたない
    • 患者の訴えが、慢性疼痛も含めて、患者の病理だけに起因するものではないということである。(認知)行動療法が指摘するとおり、また最近の精神分析理論が主張する通り、「随意運動は周囲からの反応や、思考内容感情により規定される」し、「痛みという知覚を主観的にどう体験し、その体験をどう表現するかは、周囲の人的環境との相互作用によってきまる。」からである。