CRPSの深部組織の痛みのメカニズム

住谷昌彦、大住倫弘 CRPSの深部組織の痛みのメカニズム PAIN RESEARCH 2017;32:8-12

  • CRPSの病態については、四肢末梢(末梢神経系と脊髄および筋骨格系)の異常説と脊髄上位中枢神経系(特に脳)の異常説の2者に大別される
  • 四肢末梢説
    • 神経障害性疼痛 特徴的な浮腫や皮膚色調変化、皮膚温変化を十分に説明することはできない
    • 慢性炎症疾患 IL-6やTNF-αといった炎症性サイトカインが上昇
    • タニケットを用いた虚血時間の長さがCRPSの発症に関わる
    • 深部組織の微小循環における血管内細胞の障害と炎症が生じるため、微小組織レベルでコンパートメント症候群が生じ再び虚血状態に陥ることで慢性炎症状態が完成するという説
    • CRPSでは筋骨格系末梢組織の慢性炎症だけでなく、その遷延化には神経原性炎症が関連しているとされる説
  • 脊髄上位中枢(大脳)説
    • 幻肢痛の発症機序として注目された大脳一次体性感覚野(S1)/一次体性運動野(M1)上の体部位再現図(somatotopy)の機能再構築は、CRPSでも同様に観察され病的疼痛の発症基盤となっていることが報告されている
    • CRPSの脊髄上位中枢レベルでの異常は不動化を介して特徴的な症状・徴候を説明できるだけでなく、最近では自律神経系の中枢とされる大脳前部島葉の機能再構築がCRPS患者で観察されることが示されており不動化を介さない直接的な発症機序も示唆されるようになっている

難治性疼痛に対する神経リハビリテーション治療

穂積淳、大住倫弘、緒方徹、住谷昌彦 難治性疼痛に対する神経リハビリテーション治療 麻酔 2015;64:734-740

  • 四肢切断後の幻肢痛患者を対象とした脳機能画像研究からは、大脳/脊髄上位中枢レベルでの機能再構築(reorganization)が神経障害性疼痛の発症基盤として中心的な役割を果たしていることが明らかになっている
  • S1/M1機能再構築が神経障害性疼痛の発症基盤となっていることも示唆される
  • 心的手表象回転課題と呼ばれる神経物理学的研究手法
  • 頭頂葉後部の活性化ーこの領域は自己身体の所属感(body ownership)とも関連する領域
  • 神経障害性疼痛患者では頭頂葉後部の機能障害が示唆される
  • 幻肢のテレスコーピング現象は、S1/M1での体部位再現地図の縮小/拡大と相関している
  • 自己身体部位のそれぞれについて知覚―運動ループが整合されている状態では、ヒトはその身体部位を自分の体の一部と認知できる
  • 言い換えると、ある身体部位に関して知覚ー運動ループの整合性が破綻した場合には、ヒトはその身体部位を自分の身体の一部であると認知できない
  • 自己身体認知に関わる知覚ー運動ループは体制感覚だけでなく多感覚情報を統合して制御されており、中でも視覚情報がもっとも重要である
  • このような身体部位認知における視覚情報の優位性を利用して、健常者上肢の視覚的な運動感覚と体性感覚的な運動感覚を解離させて上肢の知覚ー運動ループを破綻させると、病的疼痛や手の喪失感をはじめとする異常感覚が生じることが報告されている
  • この現象は、“痛み”とはそもそも身体の異常を知らせるための警告信号であるという観点から、生理的には知覚ー運動ループの整合性が保たれるべき状態で、それが破綻するとその異常(破綻)に対する警告として”痛み”が中枢神経系で起こる(認知される)、というように解釈される。
  • 鏡療法の治療機序は、切断肢が運動しているような鏡からの資格情報は、四肢切断に起因する自己受容感覚の欠損を大小して中枢神経系に運動感覚をフィードバックし、その結果切断肢の知覚ー運動ループが再統合され病的痛みが緩和すると考えられる
  • 視覚情報に加え、神経障害による運動不全を呈する患肢を受動的に運動させることによって体性感覚情報も同時に入力するリハビリロボットスーツを共同開発中である

痛みの感覚要素の大脳認知メカニズム

井上玲央、住谷昌彦、穂積淳、緒方徹、熊谷晋一郎、山田芳嗣 痛みの感覚要素の大脳認知メカニズム 麻酔 2014;63増刊:S44-S49

  • 鏡療法 皮膚表面(ナイフで刺されているような、電気ショックのような)で感じているような痛みには無効、深部感覚(関節で捻られているような、筋肉を絞られるような)で感じているような性質の痛みには極めて有効
  • CRPS患者の視覚刺激への追跡課題に対する運動障害が患肢だけでなく健肢にも観察されることや両側大脳運動野の抑制性介在ニューロン機能の減弱、CRPS患肢の脳内での運動イメージの障害など中枢神経系の機能異常が報告されている
  • 知覚ー運動ループ
  • 健常者であっても自己身体に関する視覚情報と体性感覚情報が一致せずに知覚ー運動ループが破綻した場合には疼痛など異常感覚が出現、また逆に、四肢切断後の幻肢痛に対する鏡療法の鎮痛機序は患肢の視覚情報によって知覚ー運動ループが再統合させる結果、幻肢の随意運動感覚が出現し幻肢痛寛解する。このように知覚ー運動ループは病的疼痛の発症メカニズムと密接に関わっている
  • CRPS患者は明所では正確に視空間を認知できるが、暗所では患側方向に視空間認知が偏位していた
  • CRPS患肢の運動障害が明暗条件によって異なることから、末梢筋骨格系の異常に起因するものではなく中枢神経系の障害に起因することを示唆する
  • CRPS患者の運動障害は患肢の視覚情報と体性感覚情報の統合障害に起因すると考えられる
  • CRPS患者の運動障害に関連する脳領域 前頭頂間野(AIP)、中頭頂間野(MIP)、下前頭皮質 これらは一般的な運動系に含まれる領域でなく、各種感覚情報(視覚、体性感覚、聴覚、前提覚)を統合する脳領域
  • CRPS患者の明暗条件による運動制御の違いが患肢の視覚情報と体性感覚情報の統合の障害に起因することを支持する
  • 自己身体の認知に関しては体性感覚情報よりも視覚情報の方が優位であり、さらに身体部位の視覚情報と体性感覚情報が合致しなければ自分の身体の一部であると認知できないことを意味する
  • CRPS患者で患肢の資格情報と体性感覚情報の統合が障害されていることは、CPR患者が訴える患肢の無視症状(neglect-like symptom)の原因となっていることが考えられる
  • CRPS患者の視覚情報と体性感覚情報の統合の障害が患肢に限局した自律神経失調様の症状が現れる原因となっている可能性がある
  • この知覚―運動ループの破たんがが病的疼痛の原因として考えられるが、視野偏位プリズム順応で視空間知覚を矯正することによって、患肢の身体帰属感も回復(無視症状が寛解)し、さらにCRPS患者に観察される明暗条件で運動制御能の違いもほぼ正常化されたので、患肢の視角情報と体性感覚情報が再統合されるといえる。そして、その結果、知覚ー運動ループの再統合と病的疼痛の寛解が得られたと推察している

幻肢痛の発症における大脳運動野の関与

住谷昌彦、宮内哲、植松弘進、四津有人、大竹祐子、山田芳嗣 幻肢痛の発症における大脳運動野の関与 麻酔 2010;59(11):1364-1369

  • 幻肢痛の痛み
    • 皮膚表在感覚に関連した疼痛 刃物で裂かれるような、電気が走るような、しみるような
    • 運動感覚(自己受容感覚)に関連した疼痛 痙攣するような、こむら返りするような、ねじれるような 80%、重症度が高い
  • ACC/PCC 不随意運動の制御に関連しているというよりは、不快感情の生成と関連している
  • 幻肢の運動感覚の認知に先行する運動出力についてはM1再構築によって顔面領域に侵食された手領域から幻肢への運動出力がなされていることが明らかになっている
  • 幻肢のテレスコーピング現象 これを知覚する度合いは、幻視運動時に不活化されるS1/M1の手の体部位再現地図領域が縮小して体感の領域に近づいてくる機能再構築の度合いと相関することが明らかになっており、幻肢運動の神経基盤は幻肢の発症基盤と密接に関連している
  • S1/M1の機能再構築が幻肢痛の発症基盤となっており、M1の機能再構築は上肢切断後に幻肢を知覚するが疼痛(幻肢痛)を伴わない症例には観察されない
  • M1への電気刺激(MCS) 鎮痛効果を得るには、M1に残存した幻視の体部位再現地図領域を刺激しなければ鎮痛効果が得られない
  • 脊髄刺激(SCS) 最近の研究では自己受容感覚に関する体制感覚情報はS1だけでなく、M1にも直接的に情報伝達されることや、自己受容感覚に関する体性感覚情報はM1で認知されることが明らかになった。SCSによる電気インパルスは脊髄後索内側毛帯路を乗降しM1で認知されていると考えることができ、さらにわれわれはSCSおM1を刺激することによって鎮痛効果を得ているのではないかと推察している
  • 幻肢痛の治療には能動的義手(機能肢)による訓練が有効なことが報告されている。機能肢の運動学習ではS1/M1に機能肢に該当する体部位再現地図が新たに形成されることから、幻肢に相当する体部位再現地図の獲得が鎮痛効果に繋がったものと考えられる
  • 視覚入力を用いた神経リハビリテーションを行ってきたが、この遅漏に対して抵抗性を示す神経障害性疼痛患者も少なくはない。よって、視覚入力に加え体性感覚入力も利用したより強力な神経リハビリテーションの開発が望まれる
  • リハビリロボットスーツ
  • 運動企図から運動指令が形成されその運動に応じた体性感覚情報の入力がある状態では、単に受動的に運動が行われた条件よりも強いS1の活性化が観察され、さらには、単なる受動運動ではM1の活性化はあまり観察されないが能動運動時には運動しようとする身体部位に応じたM1体部位領域が強く活性化される
  • 従来われわれが行っていた神経リハビリテーションよりもさらに強力に知覚ー運動協応を再統合できるものと考えている

身体知覚と運動学習 

森岡周 身体知覚と運動学習 四国理学療法士会学会誌 2011;(33): 5-8

  • 身体帰属感 (sense of self-ownership)は、視覚と体性感覚が時間的・空間的に一致する(整合性)ことで生まれるが、逆に一致しないとそれを喪失してしまう
  • 責任領域 頭頂葉と運動前野
  • 体性感覚情報と視覚情報に整合性をもたらすことが、まずはリハビリテーション治療で優先されるべきであろう
  • 体性感覚情報と視覚情報に食い違い(sensory discrepancy)が生じてしまうと、neglect-like syndrome (無視様症候群)が生じ、自己の身体を物体として捉え、そのもの自体を否認(重度になれば身体失認として捉えられる)してしまう
  • これが経験として構築されると、それ自体を脳が学習してしまう。(例えばlearned non-use)
  • また食い違いによって身体に対して不快感が出現してしまうと、痛みや身体の不使用を助長してしまう学習された無力感(learned helplessness)を出現させてしまう可能性がある
  • 教科学習システム
    • 中脳黒質腹側被蓋野
    • 中脳黒質 A9ドーパミン細胞 主に運動の発現や維持
    • 腹側被蓋野 A10ドーパミン細胞 動機づけや意欲
    • ドーパミン神経細胞は「行動を起こす時に得られる期待される報酬の量」と「行動をとった結果、実際に得られた報酬の量」の誤差(予測誤差)に応じで興奮し、興奮の度合いに比例して、行動を起こすのにかんよした神経結合のシナプス伝導効率を向上させる
    • したがって、ドーパミン神経細胞は単なる快楽でなく、予測報酬と結果報酬の正の誤差によって興奮するといえる
    • リハに翻訳すると、第一に患者自らが報酬を予測することが大切である。セラピストの援助因子も大切

悲しみと痛みと認知の中枢

仁井田りち、三村將 悲しみと痛みと認知の中枢 BRAIN and NERVE 2017;69(4):417-426

  • 後部帯状回(23野)はデフォルトモードネットワーク(DMN)のハブであり、アルツハイマー病において早期に解剖学的結合が低下する部位である
  • 前部帯状回(24野)はDMN,ワーキングメモリ、顕著性ネットワークなどのネットワークとのつながりがあり、それらのネットワークの相互の調整の役割を果たす
  • 前部帯状回の吻側に位置する膝下部前帯状回うつ病との関連が強く示唆されている部位である
  • 大脳辺縁系 大脳深部の脳梁を包み込むように存在する帯状回と、海馬、扁桃体、乳糖対などの構造物の総称
  • 帯状回 23,24,25,26,29,30,31,32野
  • 脳梁膨大後方部 26,29,30野
  • 前部帯状回(腹側ACC) 24野、後部帯状回(腹側PCC) 23野、膝下部前部帯状回(subgenual ACC)および梁下野(subcallosal area : SCA) 25野
  • 前部帯状回ACCと扁桃体の線維連絡は密であり、情動行動、自律神経系活動のコントロール、痛み、注意など、さまざまな機能に関連している ACCへの入力は大脳辺縁系(海馬、扁桃体視床下部)、視床の前核、内側部・外側部および眼窩部を含む前頭前野、運動前野、補足運動野、前補足運動野を含む広範な領域
  • 後部帯状回PCCは海馬傍回や楔前部との線維連絡が密であり、認知機能との関連が深い 運動前野や補足運動野、全補足運動野を含む高次運動野を中心とした領域と大脳基底核線条体視床下核から入力
  • 帯状回の機能
    • ACC 認知、sqACC 情動、PCC 空間認知
  • ネットワークの調整役としての前部帯状回
    • ACCは他者の考えや感情を理解する共感や同情、物事を遂行するために長時間注意力を維持する注意機能、周囲の人と協調する社会性コントロールなど、多面的な活動に関与
    • ACC ワーキングメモリ(作動記憶)や心の理論(theory of mind:ToM)ネットワーク、顕著性ネットワーク(saliency network:SN)との関わりがある
    • ワーキングメモリネットワークは実行系ネットワーク(executive network)とも呼ばれ、視覚情報と言語情報を担い、脳内のメモ帳として働き、次の作業のために消去されるまでの一時的にデータを置く場所として働いている
    • ToMとは、例えば相手に関心を抱き注意を向け、相手の表情を見てその人の気持や意向を把握し理解しようとする機能 ACCと扁桃体、側頭ー頭頂接合領域、上側頭溝周辺皮質
    • SNは前部島皮質とACCを中心とし、内的・外的情報の顕著性を検出する脳内ネットワークであり、感情を生起させるための身体反応を引き起こす役割を担っている
    • SNがデフォルトモードネットワークとWMNの間の切り替えに関与するネットワークの調整機能を持つ
    • ACCは注意と予測などを含めた高次の認知活動を調整している
    • ACCの細胞構造 皮質6層構造のうち第IV層の内顆粒層がない5層構造 第V層の内錐体細胞が特に発達
    • PCCは感覚と関連する第IV層の顆粒層が発達している これが視空間と記憶処理の働きを含む空間認知を支えている
  • 他人の行動と結果を観察し学習する領域としての前部帯状回
  • ACCは社会的な背景に応じて行動を選択し意図を修正する社会脳領域である
  • PCCは楔前部、海馬と密な連絡を有し、記憶や視空間認知機能において中核的役割を果たすと同時に、脳の基底状態を示すDMNにおいても重要な役割を果たす脳領域である
  • ADのβアミロイド沈着はDMNを構成す領域から働くといわれ、またβアミロイドの沈着前にDMNの結合低下がみられるとされる
  • 体性感覚野と逃避室が身体の痛み刺激の正確な場所を特定する中枢である。ACCは痛みの感情的な意義と痛み刺激にどの程度注意を向けるかを決定することにも関わる
  • 医師的に痛みから注意をそらすと、ACCの活動が抑制させる。よって痛み刺激から注意をそらし、この領域の活性を下げる能力を学習で獲得できると鎮痛効果が生じることがわかっている
  • 快・不快の価値判断を担うPFCとPCCの機能的結合の変化(強化)により、ネガティブ思考の反復パターンが形成される。
  • また、PCCと後部島皮質の機能的変化もネガティブ思考の強化に関与しているとされる
  • ACCは痛みのや情動に伴う適切な行動の選択に関与する部位であるといえる