身体表現性障害の森田療法

塩路理恵子 身体表現性障害の森田療法 心身医 2014;54(4):326-331

  • 森田はその成り立ちを「とらわれ」から理解し、注意と感覚の悪循環が働くことを指摘した
  • 身体の不調に対する不安、疾病に対する恐怖の裏に「仕事をやり遂げるために体調を万全にしておきたい」「健康でありたい」という「生の欲望」をみることも森田療法の重要な視点である。
  • 森田療法では身体的な不調や心気的な不安にとらわれ、悪循環によって増悪していくあり方を扱い、とらわれを離れ本来の望みである生活を豊かにしていくことを目指す
  • 身体的な不調や違和感、不快な感覚に対し、不安な注意を向けることでますます感覚も鋭敏となり、不調が強くなるように、注意と感覚に悪循環が起こることを指摘した
  • さらに悪循環を駆動するものとして「思想の矛盾」を置いたが、これは、「仕事、勉強を円滑に進めるためには体調はすっきり整っているべきだ」などの「こうあるべきだ」という観念で自然な心身の状態をコントロールしようとするあり方のことである
  • 森田療法の治療で目指すものには、1症状や不安をやりくりしようとせず、そのままにしておく姿勢(悪循環を変えていく)と同時に、2本来持つ「生の欲望」を行動・生活の中で活かしていく、という2つの意味がある
  • 体調を万全に整え、状況を整えてから勉強するのではなく、まずは机に向かい集中できなくても書物を手に取る、といったやり方をアドバイスする
  • 「患者が苦痛としている身体症状はあるものとして想定し、認める」という理解が、治療関係を築く上でも重要と成る
  • 面接を重ねるうちに、高齢の義父と障害を持つ娘を介護し孤軍奮闘していたことが語られるようになった。治療者が「だからこそ健康でありたい」という思いが強いのですね、としみじみとつたえるとBも肯定し、「自分が元気でなくては」という使命感のようなものがあることが語られていった。

総合病院心療内科での森田療法の実践

太田大介 総合病院心療内科での森田療法の実践 心身医 2015;55(4):346-351

  • 不定愁訴患者のとらわれを森田のいう思想の矛盾に照らして理解すれば、かくありたいという自分像と現状のかくある自分との間を埋めているのが各種身体症状といえる。
  • 患者の身体症状そのものではなく、症状の背後にあるとらわれの病理を治療対象とする森田療法の視点は心身症一般、特に多彩な症状を示す不定愁訴患者の治療において有効である
  • 治療経過
  • 治療者は、患者のこれまでの主婦としての働きをねぎらった。
  • 患者の中の、こうありたい自分、森田療法でいう、かくあるべき自分と、活動性の低下した現在の自己像、すなわちかくある自分とのギャップに悩んでいるという理解を共有していった
  • 森田療法における、症状はあるがままに受け止めて日々の生活を本来の彼女らしく暮らしていくという方向で、症状は残っているけれども散歩に出かけ、可能な範囲で友人との会食にも参加し、座ることなく立ったままでもカラオケを楽しむよう指導していった
  • 考察
  • 森田療法では、小乗そのものではなく、その症状の背後にあるとらわれを治療対象としている
  • 症状ではなくとらわれの機制に焦点を当てる森田療法のアプローチは不定愁訴患者の治療の本質をとらえている
  • 精神相互作用は、人がある病態、不安、恐怖、観念などに注意を集中し、また起こるのではないかと予期、恐怖すると、ますますそれに注意が集中し、その病態、身体感覚が強く感じられ、その結果さらにそれに注意が集中するというものである
  • とらわれの背景を、森田療法では、患者の健康への執着など、強い生の欲望がマイナスに働いた結果ととらえている
  • 不定愁訴患者は一般に生の欲望が強い傾向にあり、身体症状という形で死の恐怖が現れているものとかんがえられる
  • 筆者はこのような患者に対して、不定愁訴患者を広く生活習慣病としてとらえて指導している
  • 身体症状は生活習慣を見直しなさいという身体からのメッセージであるという理解である

DSM-5によって失われた身体症状症に関連する歴史的概念

野間俊一 DSM-5によって失われた身体症状症に関連する歴史的概念 精神科治療学 2017;32(8):997-1002

  • 「心気症」には身体的特徴と、それに対する疾病不安という二節制が存在するが、DSM-5では身体症状のあるものは「身体症状症」へ、不安症状は「病気不安症」へと割り振られた
  • 「転換」はそもそも心因を意味する心理機制だが、DSM-5の「変換症/転換性障害」では心因の項目が消え去り、さらに、「身体化障害」には精神症状の規定はなかったが、「身体症状症」には固有の精神症状が記された。
  • 「身体化」という表記が象徴しているように、これらの疾患群では心理的要因により身体症状が生じた病態と理解されていたのだが、DSM-5では病因論の排除を徹底したことから疾患の枠組みが変化し病名も変更されている
  • 心身相関仮説は厳密な診断学にはなじまず、治療の文脈で意味をもつのかもしれない
  • これらの身体症状を巻き込んだ病態の概念形成が錯綜しているのは、その根幹に心身問題という、因果性を含んだ永遠の問題が隠されているためだろう
  • DSM-5では、病因論を排するというDSM分類の姿勢をより厳密に考慮し、病因としての心理的因子を診断の条件から削除した。
  • さらに、DSM-IVでは身体的愁訴には身体の器質的要因がないことを条件としていたが、DSM-5ではそのような「医学的に説明できない(medically-unexplained)」という消去法的項目は、科学的診断基準にはふさわしくないとの判断のもとに削除されている
  • このように、心因にも身体因にも触れずに疾患固有の特徴を明確に示すべきであるという姿勢を強めたことが、疾患の枠組みの大きな改変につながっている
  • 中世の時代は医学の停滞期であり、感覚脱失、麻痺、拘縮が悪魔にとり憑かれた徴候「スティグマ」と判断されて、多くのヒステリー患者が魔女狩りの犠牲になったことはよく知られている
  • 「変換症/転換性障害」(DSM-5)の診断基準においても、「転換性障害」(DSM-IV)では6つあった項目のうち、「B. 心理的要因の存在」と「C. 捏造の否定」という病因に関わるものが削除されていて、仮説的な病因論を排除する姿勢が窺える
  • さまざまな病態に共通する「自己身体への固執」を指すはずの「心気症」は身体症状の有無で「身体症状症」と「病気不安症」に分断され、「身体症状の心因」を意味する「転換」からは心因が削除され、心的葛藤が身体に現れた病理であるはずの「身体化」には精神症状が追加された。なにか、そもそもの概念を意味するところとは正反対の方向へと改変されたような印象を拭えない。
  • それは、心身相関という自体を一元的に実証性をもって捉えることは容易ではなく、因果関係を仮説的に呈示することによってかろうじて理解可能になるような現象だからであろう。

身体症状症の概念

磯村周一、鬼塚俊明 身体症状症の概念 精神科治療学 2017;32(8):991-995

  • 新たな診断基準(DSM-V)の要諦は、以前のように身体症状に対して医学的説明が出来ないことを強調するのではなく、むしろ陽性の症状および兆候(苦痛を伴う身体症状に加えて、そうした症状に対する反応としての異常な思考、感情および行動)に基づくという点にある
  • 医学的に説明ができないことが過度に強調されると、おそらく、自分自身の身体症状が”本物”ではないことを意味する診断を、その人達は軽蔑的で屈辱的なものであると考えるだろう
  • 一臨床医として私見を述べると、確かにDSM-5における身体症状症は、「医学的に説明できないと判断するためにどこまで身体的精査をすべきか?」などと悩まずにすむ。
  • また患者の病名について説明する際に「身体表現性」というと、どうしても否定的なニュアンスで受け止められることがあるが、「身体症状症」と伝えるほうが価値判断を挟まない中立的な響きを持つように思う
  • 2013ねnInselは妥当性を欠く原稿のDSM分類は臨床研究には用いるべきでないとして、新しい診断基準であるResearch Domain Criteria (RDoC)を提唱した。これは、精神症候学によって分類される原稿の操作的診断を認めず、精神障害は認知、情動、行動など複数のドメインにわたる脳回路の生物学的障害であるとして、そのドメインを解析することにより生物学的に妥当な分類を目指すものであるという

痛みと関連した症例の経験

本島昭洋 痛みと関連とした症例の経験 臨床精神医学 1996;25(12):1489-1495

  • Kleinmanによると、病とは経験であるが、痛みのなかには、実につらく苦渋に満ちた経験があると考えられた
  • Heibronnらは、pain pron disorderと名付けて特徴を上げている
  • 臨床的特徴
  • 1 持続する痛み 2 外科的処置への願望 3 感情や人間関係の問題の否定 4 家族関係の理想化 5 疼痛発現以前の過度の活動性 6 疼痛発現後の可動の受動性 7 他の抑うつ的特徴;不惑、不眠
  • 心理的特徴
  • 1 葛藤の隠蔽と否定 2 依存や保護の幼児的な要求 3 著名な受動性とマゾヒズム 4 怒りや敵意への対処能力の欠如 5 罪悪感
  • 患者は痛みに苦しんでいる人間であって、望んでいるのは痛みからの解放であることを理解しなければならない。患者の語ることに耳を傾け、不信感や怒りをも含めて受容することが必要であり、さらに併存する不安や抑うつに対する支持的対応を行いながら、治療への導入を図る
  • 精神面でのアプローチとしては、1痛みを軽減させるための援助は行うが治療主体は患者自身であること、2慢性化した痛みは軽減はするが完全には消失させるのは難しいこと、3痛みにとらわれた状態にありそのために悪化させている可能性があること、4痛みのそのものよりそれに伴った感情や行動に問題があること、5痛みの消失よりも生活の質の改善を目指した治療を行うとなどを患者を含めて確認する

身体表現性障害患者への対応

佐藤寿一 身体表現性障害患者への対応 現代医学 2015;63(2):147-148

  • 身体表現性障害への対応のポイントは、1共感的態度を示す、2身体的に異常がないことを保証する、3症状が表れる機序(病態)を説明する、4症状と付き合う各画が必要であることを説明する、5外来診療の目的を患者と共有することである
  • 主たる病気が感染症から生活習慣病へと移り、病気に対しては”治す”より”付き合う”といったアプローチが必要とされる場合が増えてきた。それにともない、医師の役割も、“病気を治してくれる者”から、“病気と付き合うことをサポートしてくれる者”へと変わり、医師のコミュニケーション能力や患者ー医師間の信頼関係がより重要視されるようになってきた
  • 身体的には異常がなくても辛いのは同じ 共感的態度を示す
  • 症状と付き合う覚悟を持っていただく
    • もし症状がなくなれば、何をやりたいのか、何をやらなければならないのかを患者に尋ねる。そして、症状を抱えた状態でも、それらのことを少しでも実行し、どれだけ実行できたかに関心を向けることが大切で、それにより症状に囚われることから徐々に解放され、症状が軽減していく可能性があることを説明する
  • 医療の力で症状を取り除くことはできない
    • 症状がどうなったかよりもそのような行動がとれているかどうかの方が重要であることを説明する
  • 外来診療の目的を患者と共有すること

身体表現性障害

佐貫一成、山本晴義 身体表現性障害(身体症状症および関連症群) 臨床と研究 2016;93(5):626-632

  • 身体症状症 DSM-V
    • DSM-IVに比べて実用性を重視。その一方で診断基準の中では、身体疾患の有無や病因論には触れられていない
  • 身体症状症の治療
  • 身体症状の意味
    • そのように医師が患者と気長に付き合おうとする姿勢が、患者が自身の症状と気長に付き合う姿勢に反映されていくと感じている
    • 身体症状の本態は心理社会的問題と考えるが、その心理社会的問題はすぐには解決しがたいものが多く、向き合うことすら困難なものが多い
    • そこで、身体症状にとらわれることで、その問題と直面化することを回避できる。
    • このように身体症状へのとらわれには、心理的防衛機制としての役割があるため、症状をすぐには手放せないのである。
    • こう考えると、治療に難渋することも、薬物療法が根本的な解決策にはならないことも納得がいく
    • では、いつになれb,症状を手放せるのか
    • それは、患者自身が成長して、回避していた問題に向き合って対処出来るようになったときである。
    • ここでいう成長とは、精神面での成長であり、具体的には、ステレス対処能力や人間関係のスキルなどの向上のことである
    • これらの成長は一朝一夕に成せるものではないので、ある程度んお長い時間が必要である。
    • こう考えると、身体症状症の患者の身体症状へのとらわれが根強く、なかなか改善しなくても、我々医療者は焦らずに患者の成長をサポートしながら見守れるのではないかと思う
    • 通常臨床医は「健康上の問題点や症状を医師が解決する」という医療モデルに基づいて診療に臨むと思われるが、精神疾患においては、薬物療法は医療モデルに基づくが、薬物療法以外の治療は「問題点や症状を患者自身が解決出来るように成長することを医療者がサポートする」という成長モデルに基づいている
  • 治療方針・方針の共有
    • 初診では、辛い思いをしてきたことに対して、共感とねぎらいの気持ちを示しながら、これまでの経過を傾聴する
    • いつ、どのような状況で症状が出現したか(発症因子)、どのようなときに悪化するか(増悪因子)、どのような時に軽減するか(改善因子)、症状が強い時にどう過ごしているか(対処方法)、これまでの治療歴について。
    • 「ストレスが体調に影響することもありますから、話せる範囲で構いませんので、生活環境(家庭、職場、友人など)について教え下さい。その中に治療のヒントが隠れているかもしれません。」などと説明して、生育歴、生活歴、家族関係、友人関係などについても情報収集する。
    • たいていの患者はいきなり「症状を取り去る」ことを要求するが、それは高い山の登山でいきなり山頂を目指すことと同じで現実的でない。そこで具体的には、「これまでの他の病院でいろいろ治療をして、それでも症状が依然続いていることから、ここでの治療でもすぐに効果が出ないかもしれません。しかし、これまでの検査結果から、癌などのような怖い病気ではないことはわかっているので、いきなり症状を消すことを目指すのではなく、まずその手前の段階として、症状と付き合うことを目標としましょう。いろんな対処法で付き合っていきながら、徐々に症状が軽くなっていくことを待つのです。症状を付き合う方法を一緒に練習してきましょう」などと説明し、「症状があっても、やり過ごせるようになる」ことを当面の目標にする。つまりは「症状があっても、症状と付き合いながらその時にできることをする」という森田療法的アプローチである
    • 対処法は、安全で、安価で、害のないものであればなんでもいい
  • もう一つの注意点としては、陰性感情への対処である。医師も人間である以上、時には患者に対して陰性感情を抱くこともある。しかし、陰性感情をいだいたまま患者に接することは治療の妨げになる。私の場合には、強い陰性感情を抱いた場合には、同僚の医師、臨床心理士、看護婦に相談するようにしている。言葉にすることで陰性感情が和らぐこともあるし、別の視点からのアドバイスをもらえることもあり、相談することは有用である