DSM-5によって失われた身体症状症に関連する歴史的概念

野間俊一 DSM-5によって失われた身体症状症に関連する歴史的概念 精神科治療学 2017;32(8):997-1002

  • 「心気症」には身体的特徴と、それに対する疾病不安という二節制が存在するが、DSM-5では身体症状のあるものは「身体症状症」へ、不安症状は「病気不安症」へと割り振られた
  • 「転換」はそもそも心因を意味する心理機制だが、DSM-5の「変換症/転換性障害」では心因の項目が消え去り、さらに、「身体化障害」には精神症状の規定はなかったが、「身体症状症」には固有の精神症状が記された。
  • 「身体化」という表記が象徴しているように、これらの疾患群では心理的要因により身体症状が生じた病態と理解されていたのだが、DSM-5では病因論の排除を徹底したことから疾患の枠組みが変化し病名も変更されている
  • 心身相関仮説は厳密な診断学にはなじまず、治療の文脈で意味をもつのかもしれない
  • これらの身体症状を巻き込んだ病態の概念形成が錯綜しているのは、その根幹に心身問題という、因果性を含んだ永遠の問題が隠されているためだろう
  • DSM-5では、病因論を排するというDSM分類の姿勢をより厳密に考慮し、病因としての心理的因子を診断の条件から削除した。
  • さらに、DSM-IVでは身体的愁訴には身体の器質的要因がないことを条件としていたが、DSM-5ではそのような「医学的に説明できない(medically-unexplained)」という消去法的項目は、科学的診断基準にはふさわしくないとの判断のもとに削除されている
  • このように、心因にも身体因にも触れずに疾患固有の特徴を明確に示すべきであるという姿勢を強めたことが、疾患の枠組みの大きな改変につながっている
  • 中世の時代は医学の停滞期であり、感覚脱失、麻痺、拘縮が悪魔にとり憑かれた徴候「スティグマ」と判断されて、多くのヒステリー患者が魔女狩りの犠牲になったことはよく知られている
  • 「変換症/転換性障害」(DSM-5)の診断基準においても、「転換性障害」(DSM-IV)では6つあった項目のうち、「B. 心理的要因の存在」と「C. 捏造の否定」という病因に関わるものが削除されていて、仮説的な病因論を排除する姿勢が窺える
  • さまざまな病態に共通する「自己身体への固執」を指すはずの「心気症」は身体症状の有無で「身体症状症」と「病気不安症」に分断され、「身体症状の心因」を意味する「転換」からは心因が削除され、心的葛藤が身体に現れた病理であるはずの「身体化」には精神症状が追加された。なにか、そもそもの概念を意味するところとは正反対の方向へと改変されたような印象を拭えない。
  • それは、心身相関という自体を一元的に実証性をもって捉えることは容易ではなく、因果関係を仮説的に呈示することによってかろうじて理解可能になるような現象だからであろう。