- 「痛みの訴えの程度が器質的所見を上回る」いわゆる慢性疼痛の診断の変遷
- DSM-I 1952 DSM-II 1968
- 心理生理学的障害 psychophysiologic disorder 「情緒的要因によって起こった身体症状」と定義 痛みの原因を文字通り「心因性」に求めた 精神力動的な精神療法が勧められた
- DSM-III 1980
- DSM-IIIR 1987
- 身体型(身体表現性)疼痛障害 somatoform pain disorderという用語を提唱
- 「心理的な要因が病因的に関わる」という基準を取り除き、「少なくとも6か月以上の痛みへのとらわれ」を診断基準としてとりいれた
- DSM-IV 1994
- 疼痛性障害 pain disorder
- 痛みの原因が心理的要因にあることを示唆する形容詞を排除し、pain disorderとなった。
- 基準A,Bは痛みが「障害」であることの判定であり、Cは疼痛型障害が「精神」障害であることを示す基準である。DとEは他の精神疾患との鑑別である
- A 一つまたはそれ以上の解剖学的部位における疼痛が臨床像の中心を占めており、臨床的関与に値するほど重篤である
- B その疼痛は、臨床的に著しい苦痛または、社会的、職業的、または他の重要な領域における機能の障害を引き起こしている
- C 心理的要因が、疼痛の発症、重症度、悪化または持続に重要な役割を果たしていると判断される
- D その症状または欠陥は、(虚偽性障害または詐病のように)意図的に作り出されたのではない
- E 疼痛は、気分障害、不安障害、精神病性障害ではうまく説明されないし、性交時疼痛症の基準を満たさない
- 疼痛性障害は、心理的要因や一般身体疾患との関連において3つの病型に分けられる
- 認知療法理論
- 慢性疼痛患者の臨床像を、知覚としての痛みと、その疼痛体験をめぐる随行的行動とにわけたのはFordyceらである。かれは後者を「疼痛行動 pain behavior」と呼び、いわゆる慢性疼痛患者で治療の対象となるのは、その疼痛行動であると考えた
- 認知・行動療法理論
- 行動療法理論の足りない部分を補い、行動療法理論の実践における認知的側面を明確化し、拡張したのが認知・行動療法である
- 先駆者 Turk
- 疼痛行動を保持しているのは周囲の環境からの反応だけではない。それに加えて、あるいはそれ以上に、患者の思考や感情が大きな役割を果たしている
- 患者の中で、痛みに対する認識が変わらない限り、適応的な行動の増加は望めない。同様にして、いったん獲得された適応的行動を保持するのは、周囲の環境からの反応だけでなく、むしろそれ以上に、患者の思考内容(動機付け、確信、自信、適応能力など)である
- 古典的精神分析理論
- 依存性、「見捨てられる不安」、喪失体験、怒り・攻撃性、罪悪感、マゾキズムを中心的な課題とする精神分析理論は、慢性疼痛患者の精神力動を実に巧みにとらえており、治療の技法としてはともかく、患者理解のための理論としては、いまだその新鮮さを失っていない。
- 精神力動的システム理論
- 臨床 精神科コンサルテーションや外来におけるアプローチ
- 慢性疼痛患者に対する治療的アプローチの第一歩は、「現在の症状は医学的治療によっては完治できないので、(「治癒」を目標にしてきたこれまでとは)視点を変えて、現在の症状がしばらく続くという前提で将来を考える必要があること」を共有することである。その際非常に重要なのは、この諦めが、英語で言うgive up、つまり、希望の放棄ではなく、(現実を)明らかにみることであり、「慢性疼痛にもかかわらず」というポジティブな姿勢であることを何らかの形で伝えることである。
- 障害dis-abilityのうち、dis-(障害の部分)を強調するか、残された-abilityの方を強調するかで大きくちがってくる
- こうして、「治癒を期待して、治療してもらう」受け身的な立場から、「医師の協力のもとに疼痛を管理していく」という積極性をもとめられる立場へと推移した患者が一番必要としているのは、「自分にはそれができる」という自身であり、「新しい視点にたった努力がこれまで以上に有用である」と確信できることである。
- そうした心理的アプローチを進めていくと患者の中に、依存、怒り、罪悪感などをめぐる問題が、分析理論通り、根源的な葛藤と思われる場合もあるが、大部分の場合は、慢性疼痛をめぐっての葛藤として対処する方が実践的であるし、患者にとっても受け入れやすい。
- 慢性疼痛の患者では、いわゆるアレキシサイミア(alexithymia(感情表出言語欠損症))があり、怒り、罪悪感などを身体症状をもってしか表出できず、それを言葉化できないままでいる人も少なくない。そうした場合グループによる治療面接を設定。他の患者の体験に自分の体験を重ねたり、相手の気持ちの代弁したり、あるいは、自分の気持ちを「発見」したりするのをお手伝いする方が、有効であることが多い。
- 最後にもうひとつ重要なことがある。それは、臨床医も、患者の疼痛体験の一部として組み込まれていることである。臨床医の考え方、態度、発言が、患者の疼痛行動の生成、保持、において果たしている役割の可能性を時々自省してみる必要がある。