荻野祐一、斎藤繁 痛みと情動 ペインクリニック 2009;30(7):914-921

  • 痛みは、不快な身体的感覚を伴うものであるが、もはや「痛みは情動である」といっても全く過言ではない
  • pain matrix
    • 痛み関連脳領域という概念は脳磁図やfMRIなどの非侵襲的な機能的脳画像法の出現と発達により、痛みに関わる脳部位の局在と役割が徐々に明らかになってきた
    • 主にSI,SII,島(insula),帯状回(cingulate cortex),視床(thalamus)などの脳領域が主に含まれる
    • 主に2つの経路
    • 感覚弁別的側面 外側系
    • 感情認知評価的側面 内側系
    • 痛みという複雑な情動体験を、単純な二分や、脳領域に対する単純な役割の割当では到底説明できない。様々な脳領域が、それぞれの役割を相互補完的に果たし、影響を及ぼし合いながら「痛み体験」を生み出していると考えるのが妥当である。
  • 痛みを想像したときの脳活動
    • 帯状回後部、島前部、SII、後部頭頂葉、小脳等、実際に侵害刺激を末梢組織に加えた場合の痛み関連脳領域とほぼ同様の領域の活性化を認めた
    • 同時にわれわれは、痛みの感情に伴う脳活動領域のうち前帯状回は、恐怖嫌悪怒りなどの活性化される脳領域と共有するものの、痛みの想像に伴う脳活動は島やSIIなどと同時に活動するなど、恐怖(扁桃体の活動)などの他の感情に伴う脳活動とは異なる独特の様式を呈することを示した。
    • つまり痛みは独特な脳活動を呈する、一つの独立した感情活動といえる。
  • 他人の痛みを痛そうと共感するだけでは、痛みの感情面に関する痛み関連領域しか活動しないが、自分の痛みとして想像した場合には、それらに加えて痛みの感覚的、判別的側面に関する痛み関連脳領域の活動が加わってくるのであある。このように痛みの主観性が、実際感じる痛みとその脳活動に与える影響は非常に大きい。
  • 社会的痛み social pain
    • 社会的な疎外を受けているときは、実際に痛み刺激が与えられなくても、身体的な痛みと類似の脳部位が活動する 2003 Science
    • この報告以降、それまでどちらかというと感覚面を重視していた痛み研究が、情動面を含めた痛み体験へと関心対象が移ったといえる
    • その後の社会的な痛みに関する研究では、近親者との死別、社会的に不当に扱われた(社会的評価が不当に低い)場合にも、主に前部帯状回や島前部等の痛み関連脳領域が活動することが報告されている
    • ねたみの感情も、前部帯状回の活動を認め、痛み関連脳領域との関連が指摘
    • ねたみの感情は、他人の不幸を願う気持ち(腹側線条体眼窩前頭皮質報酬系の活動)と相関関係
    • 鎮痛メカニズムを探求する上で、この痛みと癒し(報酬系)の関係は、下行性抑制系とともに今後最も注目され、研究対象となる脳領域になるであろう
  • 味覚のうち、鎮痛作用があるのは甘みのみであるようだ。心地よい香りにも気持ちの変化とともに、鎮痛作用が明示されている。
  • 鎮痛に対する期待が起始点になって下行性抑制を出勤させていることがfMRI研究で示されている
  • さらに最近のfMRI研究によると、「信じる者は救われる」ではないが、宗教心による鎮痛効果も客観的に証明され(placebo効果と同様の、前頭葉前部皮質の活動と脳幹の活動)、下行性抑制系の働きが痛みに対する鎮痛として作用していると推定されている
  • われわれが痛みから手を引っ込めたりするのは、痛みが不快で嫌なものだからである。このnegativeな情動こそ、最も重要でありながら、これまで遅れていた研究分野である。昨今の脳神経科学による研究成果は、上述のように、情動面を含めた痛みというイベント自体に新たな光を照らし続け、その概念さえ変えようとしつつある