第2章 日本における慢性疼痛難治化の実態を考える ー心身医学の立場から

日本は慢性疼痛にどう挑戦していくのか

細井昌子 第2章 日本における慢性疼痛難治化の実態を考える ー心身医学の立場から

  • 九州大学心療内科を慢性疼痛で受診する症例の共通点
    • 1 父母どちらか一方あるいは療養が厳格すぎたり、過干渉であったり、全く鑑賞がなかったりして、幼少期に受けた被養育体験にまつわる苦労が多い。」また両親の不和や母と祖母の嫁姑問題により、常に母の愚痴を聞かされていた
    • 2 そのために、幼少期から家庭環境で安心感が得られない生活が持続していた
    • 3 幼少期に「子供らしい」発想で、自然な気持ちを両親に伝えることができずに、経済的・心理的な苦境を努力や忍耐の精神で乗り越えるために、過活動的に環境に適応努力を続けて、多動となっていた
    • 4 そのために、自身の感情を他者に伝えるのが極端に苦手になり、自身の感情を「飲み込む」癖がついた。それを続けているうちに、自身の気持ちを感じ取ることが困難(感情同定困難)になっている
    • 5 兄姉・弟妹といった同胞に、重症の病気や障碍があり、必然的に本人に対する注目がすくない状況にあった。十分に甘えることができずに、きょうだい葛藤を抱えて、自身は「手のかからない子」で通してきた
    • 6 両親や周囲から暴力などの危害が加えられたことがあるために、「他者評価」を常に気にしており、温和な空気が流れるように常に気を遣っている
    • 7 上記の行動を続けるうちに、自尊感情が育たず、「自分の居場所がない」「消えてしまいたい」としばしば感じている
    • 8 自身を適切に守る自己主張ができないために、理不尽な目に遭うことが多く、苦労を自分だけが背負うことで乗り越え、心身共に疲弊している
    • 9 長年の苦労が持続しそれをさらに増悪させる要因が起こったとき、あるいは困難が解消してほっとしたと思われるときより、慢性の痛みが発症・持続・悪化している
    • 10 痛みが発症後、さまざまな医療機関へ助けを求めてきたが、思ったような対応や言葉がけが得られず、自分の痛みは「わかってもらえない」と感じ、医療不信を覚えている
    • 11 これらの苦労を続けるなか、休息を適切にとる習慣がなくなり過活動となっている。強迫的な認知行動特性が身につき、交感神経緊張の状態になっている。
  • 4つの養育体験 高ケア低過干渉の望ましい型、低ケア低過干渉のネグレクト型、高ケア高過干渉の愛情束縛型、低ケア高過干渉の冷淡束縛型
  • 母親の冷淡束縛型の養育スタイルは抑うつを介して慢性疼痛の有症率の増大に影響するが、父親の冷淡束縛型の養育スタイルは抑うつ以外の要因(おそらく強迫性)も関連して、慢性疼痛の有症率を増大させていることが推測される
  • 過度の愛情によって支配する同性の親でも子の睡眠障害が悪化することになる
  • 現代の若者はSNSでの「つぶやき」は上手でも、目前の人に対して直接的に感情を伝えるソーシャルスキルが退化しがちとも言える
  • 高ケア低過干渉の望ましい養育スタイルを受けた人は、慢性疼痛症状から有意に守られているという我々の久山町疫学研究の結果と合わせて、後世の人類のために我々が重視すべきものとして、「先読みして過保護になる親の支配」ではなく、「自律性を重んじる真の愛情」の重要性を示唆していると思われる
  • 治療的な行動とみなされている運動療法を過度に行ったり、薬物を多量に摂取したり、医療機関を多数受診したりといった行動に見られる「多量を是とする」強迫性が、一見見えにくい難治性の要因でもある。無意識の不安を「数が多い」ことで安心させている実態を、患者・治療者がともに俯瞰し理解できるようになることが治療の突破口となる