適切な心理的距離を保つことが有用であった慢性痛の2症例

境徹也 適切な心理的距離を保つことが有用であった慢性痛の2症例:患者の思い込み、医師の思い込み ペインクリニック 2015;36(11):1551-1559

  • 大学のペインクリニックに紹介される患者の多くは、単純に良くなることは少ない。そのため長期化することも多い。ただ、そのような患者においても、患者の不安を増強させないこと、距離を保つこと、介入し過ぎないことが大切である
  • 過剰適応で頑張って仕事をしていることに対して、患者自身も疑問を持たず、ただがむしゃらに頑張っていたのだろう。一息置いたあとに、「痛みでとても心が乱れていらっしゃるようなので、どのくらい大変なのかを私が間接的に知るためにも簡単な質問をさせてください」と断りを入れて、痛みの破局的思考を「pain catastrophizing scale」で評価を行った
  • 器質的原因は明らかでないが、本人の「痛みの訴え」が強く、また、破局的思考も強いことから以下のような説明を行った

—不安感や痛みに対する固執が、かえって体の過剰な不動化や痛みそのものの増悪につながっている可能性があること
—痛みは痛みを感じている本人しかわからないものであること
—基本的に痛みは体の器質的異常を伝えるものであるが、慢性化した場合は不要なものであることが多いこと
—不安が強いならば、不安を抑えるような生活様式に、できる範囲でよいので変えていくこと(どんな時に不安が強くなるか、弱くなるか自己確認し、なるべく不安が弱くなる時間を長くすること)
—同じような症状の患者は、Aさん以外にも当科に多くいて、その中には良くなっている方も多いこと

  • ここは、患者さんの痛みがどのようなものであるか、原因を追及するところではなく、痛みがどのようにしたらよくなるか一緒に考えていくところですよ
  • 痛み行動に振り回されないことが、慢性痛治療では重要になってくる
  • 痛みの悪循環モデルでは、痛みの体験の後に、患者さんの不安感や破局的思考、加えてそれを煽るような不確実な情報が、「体を動かさないほうがいい」などと誤った認知を引き起こし、いわゆる不動化につながり、さらに痛みを増悪させてしまうと説明されている
  • コメント 細井昌子
  • 米国精神分析家 サリバン 関与しながらの観察 participant observation
  • 「なぜそのような認知・情動・行動が起こるのだろう」という興味をもって患者の内面の世界にも治療者がしばらく思いを馳せ、「関与しながら観察」をすることで、患者も自身の内面の苦悩に寄り添ってもうらう安心感の中で、自らの破局的な思考から心理的距離がとれるようになり、冷静で合理的な判断ができるようになることです
  • 慢性痛の難治例では、家庭環境や職場環境など、所属する共同体での生活環境が厳しく、情緒的に安心する場を得られていないことが多いようで、「満足」の反対に関連する「強迫」という、「どこまでやっても満足を得られない感覚」や、「不信」という「安全な場所でものごとを信じられる感覚が得られない」という状態にあると考えられます。
  • まさしく、サリバンの提唱した2つの欲求が満たされていない状態にある症例が難治となっているようですので、「満足感」と「安心感」」をもたらす対応が奏功するすることが考えられます
  • 最近「慢性痛難治化のスリーヒット理論」として、「幼少期の養育環境」、「学童期・思春期のいじめの問題」、「成年後の現在の生活環境」のすくなくとも3つの時点における環境のトラブルやトラウマが、心理社会的因子として病態に影響しているという仮説を提唱しておりますが、これらの因子が揃えば揃うほど、治療の場における患者さんの「安心感」や「満足感」への希求を強く感じます