坂本英治、今村佳樹、石井健太郎、横山武志 「歯を食いしばって生きる」痛みにどう対応するか:歯科における慢性非歯原性歯痛2症例に対する治療経験 ペインクリニック 2015;36(2):217-226
- 所見に乏しく、通常の歯科治療に反応しない遷延する痛みもある。痛むという歯を抜歯しても、なお痛みを訴えて受診する患者も経験する。歯および歯の周囲組織に原因を求められない歯の痛みを「非歯原性歯痛」と呼ぶ
- 今回提示する症例もそのような範疇の痛みであり、咀嚼筋群の過緊張に由来する筋筋膜性歯痛であった。しかし、その強い食いしばりは心理社会的因子が関係していると思われ、生活歴や生育歴まで遡ることでその要因を推察することができた
- 慢性痛患者全般に多い傾向
- 生活環境の厳しさ(家族や職場などでの対人交流不全、金銭的問題、自己の処理能力を超えた仕事量と内容)
- 生育歴の厳しさ(虐待、DV、いじめ)
- 医療不信、敵意、怒り、嫉妬、悲しみの抑圧(生育歴での過干渉、さらに複数の医療者からさまざまな説明、治療を受けてさらに混乱して不信、敵意が強くなっている)
- 他罰的、攻撃的態度(同胞葛藤に由来する対兄弟、生育環境に由来する対親への思い)
- 自己評価の低さと否定(実際に理解度には幅があり、それなのに理不尽な自分なりのこだわりゆえに本質的な治療を受け入れがたい)
- 提示した症例1からは、痛みとは感覚的なものだけでなく、生活全般、人格的な苦痛なのだということを再確認した。痛みと痛みの苦しみを治療対象としていうので、それを受容し、共感することから始まる
- 症例2 痛みをとることが必ずしもすべてではないということを改めて知ることとなった症例だった。
- 慢性痛に悩む患者にはそこに幼少期から親や周りに否定されてきたので、頑張り通さないと認めてもらえないという自己否定的な感情が根底にあることも多い
- 歯をくいしばって頑張り続けることで咀嚼筋群に過剰な付加が加わり、過度な付加は筋筋膜痛症として痛みを生じる。歯科での難治性の非歯源歯痛の一つお筋筋膜痛症の本態は、実はこういうことなのかもしれない。
- 患者の意思に反して頑張らざるをえない苛酷な状況なのか、自己の強迫傾向、強いこだわりの結果の過活動なのか、あるいはそれにくわえて否定的な自己を認めてもらうための行動が他者否定、他責的につながっているものなのかを見極め、それぞれの症例の痛み症状に隠された潜在的な因子に目を向ける必要があると考えている
- コメント 細井昌子
- 症例1 心理社会的背景は、幼少期、学童期、成人後のそれぞれにおいて、他の難治の症例に見られるような愛着形成の問題、思春期の葛藤の問題、自身の家庭の問題と3つの時期にそれぞれに苦労があり、本人なりの頑張りで乗り切ってこられ、心療内科を受診する前に、私の書いた文献まで勉強してこられるという「努力家」の方でした
- 実際に話してみると、「不快情動を自分の外に出す」ことに慣れておらず(精神分析的な観点で言うと「防衛が強い」状態)」
- 心身医学的観点での難治例の特徴は、過去の不快情動を長年抑圧しているために、自身でそういった感情に気づかない状態になっていることであり、多くは不快情動を言語的に語れない失感情症の状態になっておられます。
- 治療者に「自分の見たくない感情」を見せてしまったことを恥ずかしく思い、そういった感情を「出させた治療者」へ一時的に怒りが生まれることがある
- その場合には、次回来院時に、理不尽な怒りを治療者に向けたり、「自分の問題は体の痛みであり、心理的なものは一切関係ない」と身体症状を強く主張したりすることがあります。