細井昌子 慢性疼痛の心身医療におけるNarrative Based Medicine -実存的苦悩に焦点を当てた積極的傾聴- ペインクリニック 2010;31(3):289-298 前半

  • 慢性疼痛難治例の特徴として、医療不信とそれに基づくドクターショッピングがある。
  • そういった経過を経た慢性疼痛をもつ個々の症例のnarrativeを丁寧に傾聴すると、医療側のnarrativeともいえる生物医学的な因果関係論に基づく病態仮説では包含しきれない患者や家族のnarrativeの存在に気付かされ、それが医療不信やドクターショッピングを引き起こしていることに気付かされる
  • ここで痛みは脳神経の中で、感覚系の一つでもあるが、認知系、情動系、自律神経系と密接なつながりがあることがEBMの情報として重要である。
  • 疼痛行動に対する周囲の反応性が、たまたま本人の心理社会的背景にある実存的な苦悩を少しでも緩和することができた場合には、たとえ一見痛みの持続が本人のQOLを損なうような病態に突き進むようでも、疼痛行動が持続している場合が多い。
  • 患者の語る医療不信が患者の示す疼痛行動に対する周囲の反応である報酬(患者が痛みの持続により痛み以外で少しだけでも楽になっていること)を考える事で、患者の本当の苦悩が理解しやすくなることがある。
  • 時に、人にとっては痛みと交換にでも獲得したい周囲の愛情や擁護的な環境があるようである。
  • EBMの観点による現代医療の現場に、NBMをどう融合させるかが、この稿の重要な視点である。それはつまりNBMのnarrativeをどうEBMで理解するかがポイントである。その際の鍵となるのが、疼痛行動のオペラント学習という考え方である
  • 疼痛行動の強化 強化される際には生体内で快感を引き起こす報酬系が作用していると考えられる
  • 報酬系は、中脳の腹側被蓋野から側坐核を介して前頭前野眼窩前頭野に投射するドパミン神経系が担っているとされている。つまり動物は、側坐核や関連する部位のドパミン放出を刺激する行動をとるよう動機づけされている
  • 疼痛行動の社会的報酬がどのようなことであるか理解することは、EBMの観点からも了解しやすい。つまり、各症例にとっての報酬系を活性化する社会的報酬がどのようなものであるかを理解することが重要であり、個々の患者の脳に記録された脳内回路が生育歴の中で獲得した情動記憶が関与した個別性を備えていることを考えると、患者の認知行動パターンを理解するためにも患者のnarrativeに傾聴する必然性が出てくるのである
  • 痛み医療では、医療スタッフの痛みへの共感やいたわりというアートともに、器質的疾患を基礎にした症例への医学生物学的理解とnarrativeの認知行動学的理解というサイエンスの両方の姿勢が求められているといえよう。
  • 4つの疼痛行動の報酬
    • 重要な人物からの注目、関心、擁護的な関わり(擁護反応)
    • 家庭または社会生活への再適応の回避(現実回避)
    • 痛みに注目することでの、怒り・不満・恨み・ねたみ・罪悪感といった心理的葛藤の無意識的な抑圧
    • 他の家族成員間の葛藤の回避(家族システムの維持)
  • これらのnarrativeを理解する中で重要であるのは,表面的に訴える身体的苦痛とともに、その背景に心理的苦悩が存在するという二重構造があることを理解することである
  • したがって、患者ー医療スタッフの交流の中で、当初は表面的な身体的訴えを傾聴する必要はあるが、徐々に背景の実存的苦悩に注目し、医療スタッフがより熱心に心理的苦悩を傾聴しようとする姿勢により、治療的対話を許容する治療関係が形成されてくる
  • 線維筋痛症
    • 難治症例ではトラウマによる人間不信や自己制御不能な過活動・完璧主義・強迫的認知パターンが観察されることが多い
    • 心理行動特性伴なう身体的休息の欠如により,最終的には身体的な疲弊が起こり,結果的に付加される破局化が本人の苦悩を深めている
    • 安静にすることにより、抑圧している陰性感情が噴出し、痛みが増強することがある。それを防ぐために本人なりの建設的な努力として、さらに過活動を続けることにより悪循環に入り込むことが持続増悪因子になっていることがある