生活習慣病と腰痛 2

松平浩、小西宏昭、三好光太、内田毅、竹下克志、原慶宏、町田秀人 勤労者における「仕事に支障をきたす非特異的腰痛」の危険因子  日整会誌 2010(84);452-457

  • Snook S.H.は現代社会において大きな問題は”low back pain(LBP)”でなく、”low back disability(LBD)”であると述べている
  • 欧米先進諸国では人間工学的アプローチのみでは腰痛対策が立ち行かなくなった背景から、心理・社会的要因がより重要視されるようになった。
  • 非特異的腰痛では画像上の異常所見が痛みの起源やその予後を説明できない。特異的理学所見が乏しいことなどその病態が画一的でないことを背景に、生物・心理・社会的疼痛症候群として認識すべきである
  • 遷延(慢性)化に影響する有意な要因は、不安が強い、イライラ感が強いといった苦悩、仕事や生活での満足度が低いこと,働きがいが低いこと,夜勤のある不規則な勤務体制,ベースラインで痛みのレベルが高いこと、そして小児期に強い心的ストレスを受けた経験があり現在でも精神的に影響していること、つまに主にyellow flagとされる心理・社会的要因であった。
  • その中でも満足度および働きがいの低さは、他の要因で調整した多変量解析においても統計的に有意であった。この結果はLBDへの移行には心理・社会的要因が強く影響しているとする欧米のエビデンスと矛盾しなかった
  • さらに腰痛のエピソードが一年間なかった勤労者のLBDが新たに発生することの危険因子にも、best predictorとされる腰痛既往、介護を含む持ち上げ動作に従事する時間が長いこと、つまり人間工学的な強い負荷という理解しやすい要因に加え、職場での人間関係のストレスが他の要因で調整しても有意な危険因子であった。
  • 自分の仕事を単調な反復作業と感じていることも無視できない要因であった
  • LBDの慢性化を防ぐための対策としては、より心理社会面への対応が不可欠であろう。具体的には、仕事に支障を来す腰痛を生じた勤労者に対しては、満足度や働きがいを主とする心理社会的要因を踏まえたカウンセリングを行うこと、一次的に勤務体制を見直す配慮、さらには活気と充実感に充ち溢れた職場環境の形成、言い換えればwork engagementの向上を目指すことを、雇用者やスーパバイザーに働きかけるシステムの構築が必要かつ重要であると思われた。


村上孝徳、石合純夫、山下敏彦 非特異的腰痛への集学的対策日整会誌 2010(84);458-462

  • 非特異的腰痛(non-specifitc low back pain;NSLBP)は潜在する重大な病態、すなわちred flagを有しない腰痛の総称
  • 非特異的腰痛による障害は身体的症状のみならず、心理・社会的プロセスを経て形成され、固定化すると考えられている。
  • 急性症状から慢性痛にいたる心理状態の変化は一般に疼痛ladderによって表現される
  • すなわち患者は初期症状に対する不適切な説明・治療から不安に陥り、一向に改善しない症状に苛立ち、周囲を非難するようになる。さらに抑うつ・ひきこもり、自己評価の低下をへて慢性痛=病人状態が固定するとされるモデルである。不健全な心理状態のみならず、身体的に廃用性障害が加わることで、ますます社会的役割機能、自己評価の低下を来すであろうことは想像に難くない
  • 近年、疼痛コントロールに関する中枢機序として中脳辺縁系におけるdopaminergic mechanismが提唱されている。この系は疼痛コントロールに寄与するばかりでなく、喜び・快楽や報酬、抑うつ状態にも関係する。すなわち、喜びのない生活,将来に対する展望を見いだせない、もしくは抑うつ状態にある場合、この系におけるphasic dopamineとtonic dopamineの不均衡からphasic dopamineの機能不全を来し,疼痛コントロールが傷害され、痛覚過敏をもたらすと説明される
  • 非特異的腰痛では症状の形成に心理社会的側面の影響が強いため、単に除痛を目的とする治療は功を奏しないことが多い。治療に際し、医療者には身体的にred flagの診断、日常生活動作評価を含む身体機能の評価、従事する職業に特異的な動作を含む人間工学的評価、そして心理的な評価(yellow flag)が求められる。それぞれの問題点に関して具体的に対処するには医師(身体医)をはじめ理学療法士精神科医心理療法士、社会福祉士など多職種による集学的治療が必要であると考えられる。
  • Self-efficacy(SE)はパンデューラによって提唱された人間の行動を決定する要因の一つであり、ある行動を起こす前にその個人が感ずる「遂行可能感」と定義される。
  • SEは遂行行動の達成、代理的体験、言語的説得、情緒的換起を通じて操作可能であり、行動変容を促すことができるとされる。したがって、非特異的腰痛の治療方針策定にあってSEの改善を目標とする内容を構築することが一つの方針となろう。