豊高明 歯痛・顎関節痛 臨牀と研究 2012;89(2):195-199
- 実際に処置をいくら繰り返しても頑固に続く「歯痛」がすくなからず経験される。このような歯痛は、非定型歯痛atypical odontalgiaと呼ばれる
- 「歯痛は歯を抜けば治るはず」という一般通念から、患者は抜歯などの侵襲的処置を懇願する。患者の訴えに巻き込まれて歯科処置の繰り返しと症状の増悪のみならず健常歯の喪失という悪循環にしばしば陥る。
- いずれの疾患も心理社会因子が覗われる場合が多々あるが、「心因性』扱いされることを嫌う患者が多い。精神科的既往歴の確認は重要だが、「またそっちのせいにされた」と怒りをあらわにする患者もいる。短絡的に結び付けず、まずは「器質的な痛み」として対応するほうがよいと思われる
- 「歯が痛いのだがから、歯に原因がある」という患者の解釈モデルを変容させることはしばしば難航する。
- 患者の心理的抵抗と抗うつ薬独特の使いづらさから、保険適応が認められたにもかかわらず、歯科領域では慢性疼痛に対して抗うつ薬治療が普及しているとは言いがたい。結果として意味のない検査や効果のない消炎鎮痛剤の処方、もしくは歯科的処置の繰り返しといった治療の本質に導入できないままの対応を強いられる自体が未だにしばしば生じている
- 処方の際には、「もともとうつ病に使う薬だが、今回は慢性の葉の痛みを治療するために使う」と説明してから服用してもらっている。「痛みの神経回路が混線していて、いつも痛みの電気信号が出っぱなしの状態になっている」という説明によって、「精神的なもの」「性格の問題」などのスキーマからの脱却を図る。その際には厳密には異なる面もあるが、「神経痛のようあのもの」といった例えや、「neuropathic」という「物語」を利用すると有効な場合も多い
- 患者の心理には「あなたの病気は大したことはない」といわれると安心する部分と、「私が一番重症」と言ってもらいたい部分の両方がある
- 丸田は「心因性vs器質性」という区分は、「少なくとも慢性疼痛の臨牀では意味をもたない」「medically and psychiatrically unexplained painをめぐる議論を支配するのは、文献、evidence,research data」という装いの下で語られる、個人的な思い込み、価値観、確信、(患者に対する)情緒的反応であることが少なくない」と看破している
- 「原因不明の歯痛」というだけの切り口では、さまざまな病態が混入してくる。臨床面では機械的な薬物療法一辺倒に陥ることなく、背後に潜む様々な病態も念頭に置き、適切に各領域の専門医と連携をとりながら柔軟に患者の苦痛を軽減していく努力がもとめられる。研究としては歯科医学的にも、身体医学的にも、精神医学的にも説明できない歯痛に絞込み、その病態生理を追求することで、このよな混乱が解消されていくことと思われる。