痛みはなぜ慢性化するのか

倉田二郎: 痛みはなぜ慢性化するのか. ペインクリニック, 39:1483-1491,2018

  • 痛みは苦痛を伴う幻である。健康な脳では、幻を抑え込む下行性疼痛抑制系が痛みの信号をたちどころに消し去ろうとし、痛みからの解放を喜ぶ報酬系が機能している。ところが、筆者の脳画像研究から、慢性痛患者ではこれらの働きが弱くなることがわかってきた
  • 痛みの三要素
  • 脳が急性の痛みに対して起こすトップダウン反応が可塑的に異常をきたすのが、慢性痛の脳病態生理の本質
  • 慢性腰痛患者では後帯状皮質の活動がとりわけ高く、それが痛みの不快感という情動反応を反映するように見受けられた
  • 皮膚への実験的刺激に対する痛み関連脳活動のメタ解析から、慢性痛患者では前帯状皮質と背外側前頭前皮質の活動が比較的弱いことが明らかになった
  • この研究結果は、慢性痛患者でこれらのトップダウンの疼痛修飾系が機能不全を起こしている証左であると考えられる
  • 慢性疼痛患者は3次元高精細解剖画像データから、背外側前頭皮質灰白質体積が減少し、両側感覚運動皮質の灰白質体積が増大していた
  • 慢性腰痛患者では、背外側前頭前皮質の活動が弱まり、同時に視床を通じて下行性に及ぼつ抑制系が弱くなっていたと解釈できる
  • 慢性腰痛患者では、下行性疼痛修飾系のみならず、報酬系活動が異常を呈することが明らかになった
  • 健常人では痛いが消失するときに側坐核が賦活化する一方、慢性腰痛渙屋では側坐核が賦活化しなかった
  • 高度情動障害を伴う慢性腰痛患者では、持続的痛み刺激がある状況で、側坐核機能が抑制されていた
  • OA;オフセット鎮痛 ほんの僅かに痛み刺激を弱めただけで痛み感覚が大幅に減少することを指す
  • 痛みが軽減して「ほっとする反応」であり、痛み減少に対する安堵ないし喜びの心理的反応と解釈できる。OAは内因性鎮痛機構を示す減少と考えられている
  • OAは慢性痛患者で減弱し、その程度は痛み罹患期間と相関した
  • OA時には、背外側前頭前皮質や中脳水道灰白質など下行性疼痛修飾系を担う脳部位や、側坐核や内側前頭前皮質などの報酬系を担う部位が活動する。慢性痛患者では、これらの部位がほとんど働かないことが明らかになった。このような脳活動パターンが、慢性痛を成立させ、慢性痛に特徴的な認知・行動様式を生み出している可能性がある
  • 慢性痛患者のデータでは、中帯状皮質と前島皮質の灰白質体積が減少していることがわかった
  • 慢性痛患者では前島皮質と側坐核の機能的結合性が有意に減少しており、その程度が痛みの情動・認知指標であるBeck抑うつ項目表のスコアおよび痛み破局化思考スケールと見事に陰性相関を呈した。したがって、慢性痛患者では、前島皮質ー側坐核間の脳報酬系ネットワークが弱体化しており、それが前島皮質の灰白質体積減少として現れた可能性がある
  • 慢性痛患者の脳病態
  • 1 内側侵害受容系が異常反応を呈する(情動・認知異常)
  • 2 下行性疼痛修飾系が灰白質体積低下と機能不全を呈する(自然治癒力の低下)
  • 3 報酬系が低下する(痛みがなくなる喜びの忘却)

慢性疼痛の病態を説明する脳内メカニズム:認知に歪みと身体意識の変容を中心に

森岡周: 慢性疼痛の病態を説明する脳内メカニズム:認知に歪みと身体意識の変容を中心に. ペインクリニック, 39:991-1000,2018.

  • 筆者らは、変形性膝関節症術後の痛みの遷延化には、初期の疼痛強度や関節可動域制限ならびに筋力低下といった機能的な問題ではなく、痛み対する固執(rumination)ならびに身体失認様症状(neglect-like syndrome)といった情動あるいは認知的側面が関与することを明らかにした
  • 慢性疼痛の出現やその強度の変調は、求心性の感覚情報の強さによるものではなく、情動や認知といった側面が関与し、むしろそれらの影響によって脳内ネットワークが再編成してしまう
  • 慢性疼痛の病態を説明する脳内メカニズムとして、前頭葉(運動関連領域、前頭前野)の機能不全により、下行性疼痛抑制に関連する神経ネットワークが十分に働かなくなるという問題が指摘されている
  • 背・腹側前頭前野の活性化は、痛みを緩和させる下行性疼痛抑制を機能させることから、逆にいえば、それらの領域が機能不全に陥り、このシステムがうまく働かなくなるのが慢性疼痛の特徴でもある
  • 痛みが生じると運動行動を抑制したり、「運動すると痛みが生まれる」と運動ー疼痛の関係を誤って学習してしまう(概念化)ことがある
  • 運動とともに痛みや恐怖・不安の惹起が繰り返されることで運動がさらに抑制され、痛みを伴わない代償動作や回避行動が強化されてしまう(恐怖条件付け)
  • 学習性不使用
  • それに対して教育的介入
  • 「この身体は私の身体である(身体所有感)」、「この行為は私が行った行為である(行為主体感)」といった身体意識は、視覚、体性感覚、期待される感覚(予測)などの多種感覚の統合によって生まれる。
  • 自らの意図と結果の間に整合性(時空間的一致)が起これば、それを自己と判断する
  • 不一致が生じると自己の身体を重く感じてしまい、加えて身体の喪失感が生じることが確認された
  • 身体意識の生成には頭頂葉を中心とした前頭ー頭頂ネットワークが関与している。
  • 今日ではCRPS患者の身体意識の変容は脳の機能不全であるkとが自明となっている
  • 身体部位認知の不明瞭化(自分の手がどこにあるかわからない)は、疼痛部位の不明瞭化や疼痛範囲の拡大といった症状として出現する
  • 身体意識の変容を訴える慢性疼痛患者に対しては、身体意識生成に関与する脳内情報処理プロセスに働きかける臨床介入が走行すると考えられている
  • 幻肢痛に対する鏡療法やVR system
  • 総称してニューロリハビリテーション
  • 患者が訴える主観的な情動や身体意識を自明とせず、その意識の変容を捉えるための客観的な運動・神経学的評価や質問バッテリーを駆使しながら、患者の愁訴の背景因子、すなわち発現メカニズムを的確に捉えていくことが、今後の慢性疼痛の臨床には欠かせないであろう

慢性腰痛に新たな治療戦略-Cognitive functional therapyの紹介

三木貴弘、西上智彦: 慢性腰痛に新たな治療戦略-Cognitive functional therapyの紹介。保健医療学雑誌, 9:62-70,2018.

  • Cognitive functional therapy
  • 慢性腰痛を生物心理社会モデルに基づいて評価、治療を行う新しい治療体系
  • オーストラリアの理学療法士であるPeter O’Sullivanによって考案された

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  • 慢性腰痛に対してMRIなどの画像所見とその症状所見は一致しないことが報告された檻、生物医学的視点よりも患者自身の考え方や疼痛の考え方、運動恐怖などが疼痛や能力障害のスコアい関連していることがわかっている
  • 腰痛の発症または増悪と画像所見上での進行の度合いは関連がないことが報告されている
  • 運動恐怖を持つ慢性腰痛患者では、腰椎屈曲動作時に、脊柱起立筋が過剰に収縮したことが報告され、慢性腰痛患者は疼痛に破局的な思考をもっており、そのような思考を持っている群は疼痛の訴えや機能障害がより高いことが報告されている
  • 以上をまとめると、患者の思考を含む心理面の変化、運動恐怖の軽減、自己効力感の向上が慢性腰痛に治療に対して有効であり、それを実践するには、患者の状態を注意深く問診し、患者の痛みの考え方、恐怖心、心理的問題などを評価するような生物心理社会モデルを理解した上での問診スキルが必須となる
  • Cognitive functional therapyとは
  • 認知的側面、機能的側面、生活習慣的側面
  • 認知的側面 cognitive component
    • 慢性疼痛に対する考え方を理解
    • 疼痛の発生機序、疼痛の画像所見の関連性、疼痛がどのように変動し修飾されるか
  • 機能的側面 functional component
    • ある動作を行う際に疼痛を避けるような非効率な動作を無意識に生じることや、無意識に過剰な筋収縮を行っており、そのことが疼痛の原因となりうる。そこに介入
  • Lifestyle component
    • 睡眠不足、不活動に介入

慢性痛に対する認知行動療法の基本的な考え方

細越寛樹:慢性痛に対する認知行動療法の基本的な考え方。Pain Rehabilitation, 8:10-17,2018.

  • 侵害受容と痛み 苦痛、現実的な組織損傷やそこからの痛み、一般治療は苦痛の改善をめざす
  • 苦痛と痛み行動 苦悩、そにまつわるネガティブな認知や感情とそれに影響される痛み行動、苦悩の改善は心理療法
  • 慢性痛患者に対する効果は大きく4側面に及ぶ
  • 1 苦痛に相当する痛みそれ自体、2 苦悩相当する日常生活機能、3 心理状態(うつ、不安、破局視など)、4 QOL
  • CBTモデルによる慢性痛の理解 認知、感情、行動、身体の4側面の悪循環から理解
  • 慢性痛い頻用されるCBTの介入技法
    • 心理教育
    • ラクゼーション
    • アクテイブペーシング
      • 回避行動と過剰行動
      • どちらも痛みによって自分の行動が左右されている
      • 行動の選択基準を痛みでなく時間や課題におきかえていく
        • 活動内容の記録し現状把握、どのようなペース配分で試すか検討、休息方法についても検討、最適化する
    • 認知再構成法
    • 認知最高性の3ステップ
      • ネガティブな認知に気づく、ネガティブな認知が発生したときにすぐ気づく(外在化)、認知を変容させる工夫をする(根拠法、友達アドバイス法)

痛み

和田信:痛み 臨床精神医学,44:753-757,2015

  • 痛みを訴えているものの、身体医学的には説明がつきにくく、患者の気持ちや行動、そして周囲の人間関係や状況との関わりなどを総合的に判断すると、本人の心理状態によって疼痛感覚が大きく影響を受けているように考えざるをえない場合がある
  • そういう時には、精神医学や心身医学、臨床心理学の専門家が、身体的痛みの背景にある患者の心理を把握し、周囲のスタッフに対してもわかりやすく対策を打ち出す必要がある
  • 「痛み」は広い意味で、精神的苦痛を指す場合もある
  • 明治以来、日本の医療は、宗教から切り離されてきたが、人の生死に関わる医療現場では、本来もっと宗教的関与があっても良いのではないかと筆者は考えている
  • 日本の医療にとって自然な形で宗教の関わりが、これから長期間かけて模索されるのだろう
  • しかし、わが国の医療現場で病気に苦しむ人の心の援助を充実させていくためには、宗教的立場とは別に、人間存在としての援助アプローチを広げることも不可欠だと思われる

文化としての精神病理学 -「データの学」との対比における「言説の学」ー

井原裕 文化としての精神病理学 -「データの学」との対比における「言説の学」ー. 臨床精神医学, 31:649-655,2002

  • 精神医学は本来、部分でなく、人間全体を扱う学のはずである。精神科臨床は人間全体を扱う
  • ここでいう言説とは、「一定のテーマに関する組織的な議論展開」という程度の意味
  • 「言説の学」は、人文諸学においては学問の中心をなす。その目的は、あるトピックについての著者の主張を言語の流れによって展開し、読み手を納得させることにある
  • 対照的に、自然科学や社会科学の実証実験におていは、「データの提示」が最大の目的である
  • 「言説の学」では、事実それ自体ではなく、事実の見方とそれに対していかにすべきかについての、著者個人の意見が問われれる
  • 一方、「データの学」では、著者の個人的見解の披露は第一義ではなく、むしろ提示された事実が、あらゆる解釈に先立って、それ自体で意味をもつ
  • 「言説の学」では、社会、人生、生活、感情との繋がり方が「データの学」とは比較にならないほど密接なのである
  • 「データの学」におては、データによって証明された結論のみが価値を有するのに対し、「言説の学」においては、言説の展開の過程そのものが全体として価値を持つのであって、最後に一定の命題がでてくるわけではない。
  • 「言説の学」では、先行論文の言説をエビデンスとして組み込むとはいえ、中心となるのは著者独自の議論である
  • 「言説の学」では、「序章」に具体的な命題は示されない。仮説を証明することが目的ではなく、著者の意見を論理的に展開することが目的だからである
  • このような価値、理念に関する領域は、「未知の事実の科学的計測による発見」といったデータ研究方法だけでは攻めきれない
  • 精神医学は、かならずしもデータの蓄積によって推し進められたわけではなく、むしろ範例的な業績があって、それを理論的に深化させることで発展してきた
  • 日本のアカデミズムにおいて、言説を中心に論文を構成する精神病理学は、一つの文化として定着し、長く受け継がれてきた。
  • 重要なことは、「言説の学」としての精神病理学が、人文学の伝統を抜きにしては語れないということである
  • 英語圏では、このような「言説の学」はNBMとしてようなく、しかし、いささか意外なことに、一般診療の中から認識されるようになった
  • NBMの主要なメッセージは、「断片的な患者との対話や接触からなるモザイクから、継続的な患者の物語りを構築し刻々と展開するこのような物語りとのつながりを保ちつづけること」と要約される
  • 「言説の学」における症例研究は、非凡な症例を深く研究する点で、平凡な症例によって母集団を代表させる「データの学」とは対照的である

「眠れない」にどう対処するかー睡眠薬処方の前に考慮すべきこと.

北原雅樹:「眠れない」にどう対処するかー睡眠薬処方の前に考慮すべきこと. プラクティス, 35:64-65,2018

  • 十分な休息がとれなければ心身の疲労が取れず、慢性痛が寛解するのは困難である
  • 慢性痛と睡眠障害とには密接な関係があり、慢性痛患者お約90%が睡眠の問題を訴え、また睡眠障害のある人の50%は慢性痛を訴えるという報告がある
  • 薬を使用する前に考えることは多くある
  • 「本当に眠れていないのか」 21時前に就寝
  • 睡眠を妨げるような生活習慣はないか
    • 日中昼寝、夜カフェイン摂取、激しい運動、寝酒
  • 病的状態によって睡眠が妨げられている場合 睡眠障害抑うつに付随
  • 以上のような対処に関わらず効果が不十分な場合に、はじめて薬物療法を考慮
  • 代表的な不眠の症状
  • アテネ不眠尺度