慢性疼痛と養育環境 難治化の背景

細井昌子、小幡哲嗣、川田浩、富岡光直、有村達之、久保千春、須藤信之 慢性疼痛と養育環境 難治化の背景 ストレス科学 2011;25(4):289-296

  • 社会的疎外感、死別、不公平な待遇、嫉妬、罪悪感などで活性化される脳の領域が痛みの情動成分に関与する部分と共通することも分かってきている
  • 実際に侵害刺激が加わらない状態でも、人が感じる心の痛み体験がソーシャルペインという概念で提唱されている
  • これらの知見をまとめると家族内及び夫婦間の交流不全の頻度が最も多い。家族や夫婦の関係は慢性疼痛に関与する有用な情報であることが明らかとなった
  • これらの心理社会的背景を考える際に最も重要であるのは、人生の早期の養育環境そのものは患者自身の努力では選べないことから、受動的に体験させられた否定的体験であり、基本的には被害者としての苦悩が根底にあるということである
  • 女性患者の中には親、特に母親の愚痴を、一方的に聞かされてきたため、愚痴を言う、あるいは弱音を吐くことに対して嫌悪感があり、前向きを極端に思考している場合がある
  • つまり慢性疼痛の治療において過去の養育環境が過去のみなく、現在にも大きく影響し、不信に伴う交流不全として治療の阻害要因となっているという現実がある
  • 自分という存在が自分の内面に送る自然な感情や思考に対して、各親がどれだけ敬意持って耳を傾けて受け止めてくれたかという言語的・非言語的な認証が、その後の生涯を通じて持続する自尊感情や自己肯定感を生み出すことに重要となる
  • 養育の過程で失感情症を予防することが慢性疼痛の難治化を引き起こさないために役立つ可能性がある
  • つまり自分の内面に沸き起こる漠然とした否定的あるいは肯定的感情を今ここの体験として自分以外の人間を前に言葉に出して味わい他者に自分の内的苦悩を受容してもらう体験を人生早期に得られたかどうかが、現在自身の感情をモニターして自分の行動を決定することが可能となり、過去や未来に過度ににとらわれことなく現在を生きることができるようになるかどうかに大きく関与しているようである
  • そういった症例ではじっと静止して安静を得ると、内面に大きな否定的感情・認知がわき起こり、その体験に耐えられないという絶望的体験をしていたということが、心身医学的治療の中で明らかになることを多く経験する
  • 週に1、2回の指示的重点的面接で、今まで表出できなかった患者の内面の苦悩を話し合い、治療前に言葉に出して話すことで自分が楽になっていくという体験を積み重ねていく中で、実存的な苦しみを治療対象にするという心理療法が導入可能となるのである
  • 人生最初で最大の不公平な待遇差別となる慢性疼痛の背景にある同胞葛藤に焦点を当てる
  • 心身症の治療において重要となる同胞葛藤は、父親あるいは母親のうち、家庭内で大きな影響力をもっている親からどう評価されてきたかがより重要なポイントとなっているようである
  • 慢性疼痛女性患者の母親たちは息子たち(患者の同胞)に愛を注ぎ、娘(慢性疼痛患者)に愚痴を言い、母親への検診を要求したものの、患者の母親と兄や弟の嫁との葛藤関係(嫁姑葛藤)の問題が起こり、結果的には関係が決裂し、同胞葛藤に悩み 兄や弟に嫉妬し続けた患者へ助けを求めてくる場合が多い。
  • 幼少期に愛を得られず、父親に対する愚痴を聞かされてきた患者は、さらに母親の兄や弟、およびその嫁に対する愚痴を聞かされ続け、自分の人生を犠牲にするような行動を取り続け、幸福感を得られないまま日常生活を送っていることがある
  • 周囲の家族に対する献身的な行動に伴い心身の疲弊のなかで発症した身体的痛みに、人生で最初で最大の不平等である同胞葛藤がsocial painとして合併し、慢性疼痛患者の体験する苦悩が深まっているようである
  • 養育慰安強にかかわる慢性疼痛の難治化の背景 両親や同胞への心理的葛藤や家族内交流不全、失感情症、虐待歴や心的・性的トラウマといった大きな3つの因子がある

(いつもながら示唆に富む論文である)