心理社会的背景の関与が疑われる痛み

松岡弘道: 心理社会的背景の関与が疑われる痛み. 月刊薬事, 60:838-844.

  • 慢性疼痛患者の多くは、医療者に理解されていないと感じているため医療者への訴え方が執拗になりうる
  • 慢性疼痛診療では患者の要求(痛みをゼロにするなど)を満たすことが不可能な場合が多い。このため患者は医師に不満を抱き、医師も患者に陰性感情をいだきやすく、不安定な医師、患者関係となりやすい
  • 臨床上重要なのは、病名(診断名)にこだわりすぎるのではなく、その病態に注目することである
  • 理解されないながらも頑張ってきたことを労うと、うっすらと涙を浮かべて「自分は感情を表に出してはいけないと思って生きてきたので、驚きです」とのことであった
  • 病態仮説(患者の困りごとを取り巻くさまざまな因子の相関図)を作り、それを患者に修正してもらい、患者の解釈モデルにおける医学的矛盾点を説明し、この相互のやり取りを繰り返しながら、最終的に共有した病態仮説を完成させた
  • 結果、父親に似た職場の上司へ意見を言えないことが病態に関与していることへの気付きが得られ、上手にNoといえるコミュニケーションスタイルの確立を目指すこととした
  • 問診から診察に至る順番も、原則身体面が中心である。なぜなら患者の主訴は痛み(”身体疾患”と信じている)であるため、最初から心理面の話をすると、自分の身体症状が理解されていないと感じるリスクが高まる可能性があるからである
  • 夫が患者なのに妻がついて来ない場合、何か理由があるおとが多い
  • 医療者は患者と対等の視点で、患者の自己解決能力を信じて接する姿勢が重要である
  • 慢性疼痛患者のパターン
    • 自己変容で改善することが期待される病態
    • 他者の援助を受けて、自らが行動を起こすことで改善することが期待される病態

—他者が行動を起こすことで改善することが期待される病態

  • 筆者は自らの態度を戒める意味でも、「心因性疼痛」という言葉を臨床上使わないように意識している。
  • 患者に陰性感情を持ち、中立的に対応しずらくなる場合があると考えるからである。痛み診療では、「私は痛い」という痛みの表出は「助けて!」というサインであることを理解することが重要であり、患者の「助けて!」に対するう医療者の援助者としての志向性が、患者の反応を呼び起こす
  • 「検査で異常がないこと」は「器質的異常がない」ことは意味しないこと、つまり「機能的疼痛であること」を説明する

fMRIにおける急性疼痛関連脳活動の特徴.

倉田二郎:fMRIにおける急性疼痛関連脳活動の特徴. 麻酔, 53:S162-S167,2004

  • fMRI 0.2秒から数秒の高い時間解像度、1.5-3mm程度の細かいvoxel sizeが可能にする高い空間解像度
  • 活性化した脳神経細胞の周囲には、より酸素飽和度の高い血液が出現し、したがって還元ヘモグロビンの割合が減少する。還元ヘモグロビンは酸化ヘモグロビンに比べ磁場を乱す性質が強いため、還元ヘモグロビンが少ない血液ではT2*強調MRI信号強度が増加する。この信号変化はblood oxygenation level-dependent (BOLD) effectと呼ばれ、これを神経活動増大としてとらえるのがfMRIの原理である
  • 1995 Davisらが初めてfMRIを用いた実験を発表した
  • 疼痛関連領域 S1,S2,島、前帯状皮質前頭皮質など複数の離れた脳部位
  • 疼痛関連脳活動は、何らかの抑制性要素が含まれることが示唆された
  • 疼痛は他の神経ネットワークをも抑制する
  • BOLD信号時間経過を分析した結果、疼痛関連脳活動は疼痛刺激が続く間に早く減衰すること、また疼痛に関連しない眼振運動関連神経ネットワークへも抑制性の影響を及ぼすことが明らかになった。これは、上行性の感覚情報処理のみならず、下行性の情動・注意・認知的要素が複雑に絡み合う疼痛脳内機構の一端を示すと考えられる

痛みのトップダウン機構. 脳機能画像:研究から臨床、痛みから意識へ.

大城宣哲、溝渕知司:痛みのトップダウン機構. 脳機能画像:研究から臨床、痛みから意識へ. LiSA, 19:478-483,2012.

  • 痛みには視覚に対する視覚野のような特異的な領域はみつかっておらず、多くの領域(視床、体性感覚野、島、前帯状回前頭前野など)が同時に活動するため、ペインマトリックスと呼ばれている
  • 前頭前野ー痛みの認知、前帯状回ー情動や注意、右頭頂葉ー空間認知気、島前部ー情動
  • 49度の熱刺激から50度に一度だけ温度を上げて、再び49度に下げる。このとき痛みの強さが例えば8から9に上がり、再び8に下がるかというとそうではない。ほとんど0近くまで下がってしまう。これがオフセット鎮痛
  • 痛みの下行性抑制系
  • オフセット鎮痛 fMRIで下行性抑制系にかかわるとされる中脳水道灰白質や青斑核、大縫線核(吻側延髄腹内側)などに活動がみられた
  • 2001 ワシントン大学 Dr Raichle
  • default mode network
  • ぼーっとして何もしないときに活動している領域(内側前頭前野、楔前部・後帯状回、下頭頂葉小葉など)
  • 慢性腰痛や線維筋痛症などで、default mode networkをはじめその後みつかったいろいろな安静時ネットワークに変化が起きていることが報告されている
  • 意識レベルが低下するにつれてdefault mode networkの機能的結合が低下
  • Alzheimer型認知症では、健常者と患者の安静時ネットワークの違いが多数報告され、認知症の早期発見につながるものと期待されている
  • 痛みの場所の識別している時の脳活動 S1,S2には活動なし、かわりに内側系で情動や認知にかかわるとされている前頭前野や前帯状回、そして空間認知にかかわるとされる右後部頭頂葉
  • 痛みの強さの識別を行っている時の脳活動 S1,S2に活動なし 内側系とされる前頭前野や前帯状回、さらに痛みの質や情動にかかわるとされる島の前部に活動あり
  • 新しい痛みの識別モデル
    • 識別の対象で経路が分かれる
    • 場所の識別では、前頭前野トップダウンで前帯状回(注意にかかわる)に指示、右頭頂葉(空間認識にかかわる)が体性感覚野にボトムアップで登ってきた情報を選別して上位中枢に送る
    • 強さの識別では、前頭前野・前帯状回が島(痛みの質や情動に関与する)を経て、体性感覚野で痛みの強さに関する情報を選別する
  • 脳疾患患者の痛覚失認
    • これまで島の病変が痛覚失認を起こすという論文が信じられてきた
    • 被殻の病変患者で、痛み刺激に対する痛覚低下がみられた
    • 脳機能画像などで脳の研究が進んだことで、今まで知られていなかったトップダウンの痛みの調節機構が徐々に明らかになっている
  • pharmacological fMRIと術中fMRI:鎮静・鎮痛と麻酔

デフォールトモードネットワークのなかでも特に楔前部は意識のハブ的な役割をする可能性が指摘されており、とても興味深い

機能的脳画像診断機器

倉田二郎:機能的脳画像診断機器ー痛み脳バイオマーカーを提示するマルチモーダル磁気共鳴画像法の臨床応用ー. 麻酔, 63:737-742.

  • 慢性痛が成立するメカニズム 3つ
    • 末梢神経から脊髄へと痛みが伝達される経路が増強される場合
    • 末梢神経から脊髄・脳のいずれかの場所で、神経そのものが障害をうける場合
    • 誘引としての急性痛がなく、かつ神経そのものの障害が明らかな出ない場合
  • 痛みには弁別、情動、認知という3要素が含まれる
  • 脳はこれらの要素を複数の離れた場所で分散して処理し統合することにより”痛み”という体験を生み出す
  • 痛みの位置と強さと弁別 外側侵害受容系(外側視床核、第一次、第二次感覚皮質、島皮質)
  • 痛みの情動、認知 内側侵害受容系(内側視床核、島皮質、前帯状皮質前頭皮質
  • 痛みを避けよう、解決しようとする運動成分 補足運動野、運動前野、大脳基底核
  • 病的疼痛は外側・内側侵害受容系における過剰な神経活動と関連する可能性がある
  • 特殊な設備や刺激方法を必要としないMRI技術 resting-state fMRI, voxel-based morphometry
  • Default mode networkとは、後帯状皮質、頭頂皮質、眼窩前頭皮質などを中心とするネットワークで、さまざまな認知タスクや刺激に対して、一様に神経活動低下ないし脳血流低下を呈する場所である。意識状態、内省、認知機能に深く関わると考えられている
  • 慢性痛では側坐核を中心とする報酬系の機能不全が示唆されている。側坐核と内側前頭皮質との機能的結合性を慢性腰痛患者の予後と相関分析した結果、この機能的結合性が高いほど難治性であることが報告された。このネットワークの機能が痛みの面成果に大きな影響を及ぼすことが示唆された
  • 痛みによる脳機能・解剖変化 筆者は、これは原因と結果の両方の要素を含んでおり、慢性痛が形成される局面によりその割合が異なると考えている

意識のメカニズムと麻酔薬作用を解明する-機能的脳画像法によるアプローチ-

倉田二郎: 意識のメカニズムと麻酔薬作用を解明する-機能的脳画像法によるアプローチ- 麻酔,56:S89-S98,2007

  • 感覚情報とその統合が、意識の成立に不可欠
  • 感覚情報の受容と統合は、意識が成立するための必要条件であるといえよう
  • 感覚情報が統合される過程をbinding(束ね)と、その神経科学的探求をbinding problemと呼ぶ
  • 異なる視覚要素の情報が一つに統合されて、初めて視覚という単一の感覚modalityが完成する この過程をunimodal bindingと呼ぶ
  • 異なるmodalityの感覚要素が統合される過程をmulti-modal bindingという
  • multimodal bindingは、大脳皮質感覚連合やにおいて成立すると考えられている
  • 種々の感覚要素が、脳の機能単位である複数の脳領野を経て連合野に至る過程が、意識のモデルとなりうる。
  • 機能的脳画像法でみた麻酔薬作用機序
  • 1 鎮静濃度では、大脳皮質連合野が抑制される
  • 2 意識消失濃度では、視床が抑制される
  • 3 体動抑制濃度では、視床から大脳皮質にわたり全脳が抑制される
  • なお、実際の体動抑制作用は、脊髄の運動ニューロン抑制が主に関与すると考えられる
  • 機能的脳画像法研究で得された麻酔と睡眠のメカニズムに関する知見の概説
  • 1 “意識=覚醒”のモデルは、脳における感覚要素の統合(binding)として定義可能である
  • 2 麻酔薬は、用量依存性に感覚連合野を、続いて第一次感覚野、視床を抑制する
  • 3 静脈麻酔薬、揮発性麻酔薬とおに、神経血管共役を阻害する
  • 4 γ帯域情報伝達は、麻酔薬により大脳皮質間で抑制され、視床ー大脳皮質間では比較的保たれる
  • 5 睡眠でも、麻酔と同様に、感覚連合野における抑制が観察されるが、体性感覚は第一次感覚野にも到達せず、視床以下で遮断される可能性がある

痛みはなぜ慢性化するのか

倉田二郎: 痛みはなぜ慢性化するのか. ペインクリニック, 39:1483-1491,2018

  • 痛みは苦痛を伴う幻である。健康な脳では、幻を抑え込む下行性疼痛抑制系が痛みの信号をたちどころに消し去ろうとし、痛みからの解放を喜ぶ報酬系が機能している。ところが、筆者の脳画像研究から、慢性痛患者ではこれらの働きが弱くなることがわかってきた
  • 痛みの三要素
  • 脳が急性の痛みに対して起こすトップダウン反応が可塑的に異常をきたすのが、慢性痛の脳病態生理の本質
  • 慢性腰痛患者では後帯状皮質の活動がとりわけ高く、それが痛みの不快感という情動反応を反映するように見受けられた
  • 皮膚への実験的刺激に対する痛み関連脳活動のメタ解析から、慢性痛患者では前帯状皮質と背外側前頭前皮質の活動が比較的弱いことが明らかになった
  • この研究結果は、慢性痛患者でこれらのトップダウンの疼痛修飾系が機能不全を起こしている証左であると考えられる
  • 慢性疼痛患者は3次元高精細解剖画像データから、背外側前頭皮質灰白質体積が減少し、両側感覚運動皮質の灰白質体積が増大していた
  • 慢性腰痛患者では、背外側前頭前皮質の活動が弱まり、同時に視床を通じて下行性に及ぼつ抑制系が弱くなっていたと解釈できる
  • 慢性腰痛患者では、下行性疼痛修飾系のみならず、報酬系活動が異常を呈することが明らかになった
  • 健常人では痛いが消失するときに側坐核が賦活化する一方、慢性腰痛渙屋では側坐核が賦活化しなかった
  • 高度情動障害を伴う慢性腰痛患者では、持続的痛み刺激がある状況で、側坐核機能が抑制されていた
  • OA;オフセット鎮痛 ほんの僅かに痛み刺激を弱めただけで痛み感覚が大幅に減少することを指す
  • 痛みが軽減して「ほっとする反応」であり、痛み減少に対する安堵ないし喜びの心理的反応と解釈できる。OAは内因性鎮痛機構を示す減少と考えられている
  • OAは慢性痛患者で減弱し、その程度は痛み罹患期間と相関した
  • OA時には、背外側前頭前皮質や中脳水道灰白質など下行性疼痛修飾系を担う脳部位や、側坐核や内側前頭前皮質などの報酬系を担う部位が活動する。慢性痛患者では、これらの部位がほとんど働かないことが明らかになった。このような脳活動パターンが、慢性痛を成立させ、慢性痛に特徴的な認知・行動様式を生み出している可能性がある
  • 慢性痛患者のデータでは、中帯状皮質と前島皮質の灰白質体積が減少していることがわかった
  • 慢性痛患者では前島皮質と側坐核の機能的結合性が有意に減少しており、その程度が痛みの情動・認知指標であるBeck抑うつ項目表のスコアおよび痛み破局化思考スケールと見事に陰性相関を呈した。したがって、慢性痛患者では、前島皮質ー側坐核間の脳報酬系ネットワークが弱体化しており、それが前島皮質の灰白質体積減少として現れた可能性がある
  • 慢性痛患者の脳病態
  • 1 内側侵害受容系が異常反応を呈する(情動・認知異常)
  • 2 下行性疼痛修飾系が灰白質体積低下と機能不全を呈する(自然治癒力の低下)
  • 3 報酬系が低下する(痛みがなくなる喜びの忘却)

慢性疼痛の病態を説明する脳内メカニズム:認知に歪みと身体意識の変容を中心に

森岡周: 慢性疼痛の病態を説明する脳内メカニズム:認知に歪みと身体意識の変容を中心に. ペインクリニック, 39:991-1000,2018.

  • 筆者らは、変形性膝関節症術後の痛みの遷延化には、初期の疼痛強度や関節可動域制限ならびに筋力低下といった機能的な問題ではなく、痛み対する固執(rumination)ならびに身体失認様症状(neglect-like syndrome)といった情動あるいは認知的側面が関与することを明らかにした
  • 慢性疼痛の出現やその強度の変調は、求心性の感覚情報の強さによるものではなく、情動や認知といった側面が関与し、むしろそれらの影響によって脳内ネットワークが再編成してしまう
  • 慢性疼痛の病態を説明する脳内メカニズムとして、前頭葉(運動関連領域、前頭前野)の機能不全により、下行性疼痛抑制に関連する神経ネットワークが十分に働かなくなるという問題が指摘されている
  • 背・腹側前頭前野の活性化は、痛みを緩和させる下行性疼痛抑制を機能させることから、逆にいえば、それらの領域が機能不全に陥り、このシステムがうまく働かなくなるのが慢性疼痛の特徴でもある
  • 痛みが生じると運動行動を抑制したり、「運動すると痛みが生まれる」と運動ー疼痛の関係を誤って学習してしまう(概念化)ことがある
  • 運動とともに痛みや恐怖・不安の惹起が繰り返されることで運動がさらに抑制され、痛みを伴わない代償動作や回避行動が強化されてしまう(恐怖条件付け)
  • 学習性不使用
  • それに対して教育的介入
  • 「この身体は私の身体である(身体所有感)」、「この行為は私が行った行為である(行為主体感)」といった身体意識は、視覚、体性感覚、期待される感覚(予測)などの多種感覚の統合によって生まれる。
  • 自らの意図と結果の間に整合性(時空間的一致)が起これば、それを自己と判断する
  • 不一致が生じると自己の身体を重く感じてしまい、加えて身体の喪失感が生じることが確認された
  • 身体意識の生成には頭頂葉を中心とした前頭ー頭頂ネットワークが関与している。
  • 今日ではCRPS患者の身体意識の変容は脳の機能不全であるkとが自明となっている
  • 身体部位認知の不明瞭化(自分の手がどこにあるかわからない)は、疼痛部位の不明瞭化や疼痛範囲の拡大といった症状として出現する
  • 身体意識の変容を訴える慢性疼痛患者に対しては、身体意識生成に関与する脳内情報処理プロセスに働きかける臨床介入が走行すると考えられている
  • 幻肢痛に対する鏡療法やVR system
  • 総称してニューロリハビリテーション
  • 患者が訴える主観的な情動や身体意識を自明とせず、その意識の変容を捉えるための客観的な運動・神経学的評価や質問バッテリーを駆使しながら、患者の愁訴の背景因子、すなわち発現メカニズムを的確に捉えていくことが、今後の慢性疼痛の臨床には欠かせないであろう