はじめに

  • 主な目的 (2015/12/31記)
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  • 興味ある分野
    • 慢性疼痛
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自閉症スペクトラム症におけるトラウマ・ストレス・痛みと自己感

綾屋紗月 自閉症スペクトラム症におけるトラウマ・ストレス・痛みと自己感 トラウマティック・ストレス 2015;13(1):23-33

  • ストレスやトラウマとは、予期に対する脅威として定義できる
  • 痛みは2つの自己感-(内蔵制御信号ー内臓感覚ー運動制御信号ー自己受容感覚ー外受容感覚)の統合パターンである「感覚ー運動ループとしての自己」と、エピソード記憶と概念的自己が統合された「自伝的記憶としての自己」ーという観点から分析することができる
  • 帰属的推論に関する二段階モデルでは、帰属的推論の過程は、はじめに同定(identification)、続いて帰属(attribution)という二段階を経て処理されると考えられている。そしてその二段階に用いられる神経回路のそれぞろが、2つの自己感を担っている
  • 他者の行動は自己の行動と異なり、多くの場合、統合パターンのうち視聴覚フィードバックしか観測できないが、その観測内容に自己の統合パターンを適応することで、観測されない他者の運動指令や感情が推測される。これが同定である
  • ASDの運動制御 1.運動制御信号ー自己受容感覚フィードバック、2.運動制御信号ー資格フィードバックというふたつの運動制御系のバランスにおいて、1への依存度>2への依存度となっている。1への依存度が高いほど、社会性が低く、運動模倣が苦手な傾向
  • このような感覚運動レベルの問題は、神経障害性疼痛患者と類似している
  • 同定段階が感覚ー運動ループとしての自己を利用するのに対し、帰属段階は自伝的記憶によって定義される自己を資源として活用する
  • ASD 過去の想起を促した時、抽象的な想起はできても具体的なエピソードは想起しにくい過剰一般化と呼ばれる傾向が報告されている
  • ASDでは、感覚ー運動ループだけでなく自伝的記憶としての自己もまた十分に統合されておらず、それを裏づけるようにASD児では、自伝的記憶の神経基盤とみなされているdefault-mode network(DMN)内部の機能的なまとまりが弱く、それが重症度と相関していることが明らかになっている
  • このように概念的自己に内閉した反芻の締め付けるような痛みと、エピソード記憶の大量フラッシュバックによる衝撃の痛みがともに、日々、筆者を苦しめていた。こうした状況は、概念的自己とエピソード記憶の統合不全の問題として、ある程度説明可能かもしれない

痛みの不快感を緩和させるアプローチ

平林万紀彦 痛みの不快感を緩和させるアプローチ Spinal Surgery 2016;30(3):293-295

  • 痛みは、知覚的、感情的、また認知的に脳で統合され、それらは相互に作用し、われわれは痛みを常に内的に体験する。
  • 慢性痛に苦悩する患者は、痛み知覚の増強だけでなく、痛みに不快感がストレスになりやすい
  • 本稿のポイント
    • 痛みに苦悩する患者は、「痛みが強い」だけでなく「痛みが不快で仕方ない」ので苦しむ
    • 「知覚」「意識」「感情」「思考」の問題が、“痛みの不快感”を強め、痛みが耐え難いものになる
    • "痛みの不快感"の緩和が「耐え難い痛み」を「平気な痛み」に転換する上で鍵になる
  • 痛み診療では、神経や筋骨格系の評価が重視されるのと同様に、痛みの不快感を知るには精神状態を司る脳機能について意識、感情、思考などの症候に基づき所見を得ることが欠かせない
  • 1. 意識の障害 抑制が効かず訴えが強まる
    • 痛い診療においては、鎮静薬の影響でも起き得る「ややぼんやり」した、「たまにちょっと的外れの応答」をするなどごく軽度の意識障害も把握することが重要である
  • 2. 感情の障害 痛みに過敏になる
    • 痛みと抑うつはどちらも病態そのものがストレスであり、相互に発展して不快感が増していく
  • 3. 思考の障害 痛いと奮闘して疲労する
    • 低知能では、痛みという自分に生じた問題を解決する難しさがストレスになり、混乱して無力感を生じやすい。
    • 痛みにとらわれてしまい簡単な決断にも時間がかかったり、今すぐ痛みを治すのは難しいとわかっていながらも、痛みから逃れようと反芻したり、「この痛みさえなければなんでもできる」といった根拠のない確信を持ったりする現実に適応しにくい思考パターンが痛みの違和感を強め、知らず知らずのうちに痛みを過剰に敵視させる
  • 慢性痛に併存しやすい精神疾患
    • うつ病 痛みと共通した脳機能
    • 身体症状症(持続性身体表現性疼痛障害)  痛みは神経質を強化する
    • 不眠症障害
  • 多くの患者は痛みの原因は身体にあると考えており、痛みに訴えが強いと精神症状が見逃されやすいため注意を要する
  • プライマリケアでも、「いかに痛みをこじらせないようにするか」あるいは「こじれたときに対応を疎かにしないことが重要になる
  • 痛みの治療の目的は、我慢し難い痛みによる障害からの回復を目指す必要がある。
  • ここで注意したいのは、痛みの強さが治療前の半分になったら生活の質も半分は回復しているという直線的な関連性はないことである
  • 実際、患者は痛みの強さの変化にyろ、どれだけ過ごしやすくなったかで回復の度合いを判断するもので、患者が望む生活ができるようになると痛みの強さは変化がなくてもさほど気にならなくなることも多い
  • 痛みの訴えが多いと多剤併用になりがちだが、過鎮静が痛みの不快感をさらに強める恐れがあることはしっておきたいところで、薬物療法も痛み知覚強度だけでなく、痛みの不快感に注目して薬剤選択を行うかどうかがADL改善にも寄与している
  • 医療者としては、失望しながらもおれまで痛みとよく奮闘してきたことを称えた上で、提供できる医療を謙虚に提案していくことが、治療を継続していく上でも役立つ
  • 要点としては、まずは患者に自分の痛みをよく観察してもらう。そうすると、痛みはきままに変化していくことに気づくが、この思うようにならない痛みを今すぐコントロールしようと頑張り過ぎで、かえって苦しさが増している事実を明確にしていく
  • 次に、この苦しい悪循環から抜け出すために、つい目が向きがちな痛みはそのままにしておいて、本来目をむけるべき身近な生活にゆっくり手を付けていくよう方向転換を促す
  • さらに、社会復帰に向けた取り組みとして、実現の可能性がある目的に向かって、痛みがあっても今できることを患者から引き出してあげて、そこに神経質という患者の強みを発揮するように促すと、患者も前に進む力が湧いてくる。
  • その結果、痛みがあっても耐え難いものから、さほど困るものでもないという印象に変わっていく
  • 慢性痛には治療早期から単純に痛みの強さだけでなく、痛みがなぜ苦しくなっているのかという、痛みの不快感に着目して治療することが患者の回復を促す上で肝心なのである

「痛い!」対談

熊谷晋一郎、信田さよ子 「痛い!」対談 精神看護 2011;14(2): 73-80

  • そろっていえるのは、安全な場所に移動してから痛むっていうこと
  • 無理をするなとか、もう少し様子をみましょうって、すごい言葉ですよね。よく医者はいうんですけど、こんな地獄の言葉ないですよね。どうすれば様子をみることになるんだか。
  • 痛みがつづくと、自分のなかのボディイメージも変わる
  • 全身を神経逆立てるようにして、痛みを避けるように生きてきて、ほっと安心したときから痛みがでてくる。それって、自分が安全で安心できる状態にやっと今居るっていうことの、最低限の証じゃないかなって思うんです
  • もう殴られてなくて、骨折も構造としては完全に回復しているのにもかかわらず、まだ痛いという状態がどうもあるらしい。それを慢性疼痛とよんでいます。なぜそんなことが起こるかっていうと、どうもその記憶が残っているのではないか、痛みの記憶が中枢神経に刻み込まれてしまっているのではないかと今のところいわれています。つまり「痛みの記憶」というものが、どうも慢性疼痛のメカニズムではないかと言われている
  • 「悼み」も「傷み」も「痛み」も同じ
  • 痛いっていう感覚を得たら、次の段階で「なんで痛いんだろう」と理由を考えますよね。つまり理由を探そうとする。その痛みに対する何らかの説明を欲している。怖いのは、なんで痛いかよくわからないっていうことです。このままどうなってしまうんだろう、っていうのが一番心配だし怖い。セカンドオピニオンを繰り返し求めるのも、もちろん治してほしい気持ちもありますが、それと同時に、「何が私に起きてるんですか」と、意味や理由を欲しているようなところがやはりありますね。
  • 少なくとも構造的な理由だったら言葉程度では変わらないと思っていたのに、その一言で消えてしまうということはきっと構造的なハードの問題ではなくて、もうちょっとソフトな側の問題の痛みだったんだろうなと
  • やっぱり信仰の手前にあって不確実性を減らしてくれる何かって言った時に、ひとつはやっぱり知識の「知」じゃないかって思っていて。

慢性痛の当事者研究

岡本さゆり 慢性痛の当事者研究 Locomotive Pain Frontier 2017;6(2):86-69

  • 当事者研究における外在化の手法は慢性痛を軽減させる一つの手立てとなる可能性があり、応用性が高いと考えられる
  • 慢性痛の当事者研究は自らの身体の変容を含めた自己の再組織化である
  • まず「本当に自分の身体に痛みがあるのかどうかを疑ってみる」ことから始め、次に「痛みをつかんで話さない自分自身に気づく」段階を経て、「痛みに苦しむかわいそうな自分を突き放す」ことが可能となり、自分と痛みの間に距離ができた。
  • つまり、痛みによる「苦痛」を単に「痛み」として受け入れることに成功すると、痛みはその存在感を失い、痛みそのものが減少したのである
  • この一連の流れは痛みと自分を客観化することであり、当事者研究の外在化の手法と通底している
  • かつて筆者がそうであったように、慢性痛患者の多くが、自分の痛みは器質的なものであるという信念に固執し、痛みを増幅させている心理的側面には触れたがらない傾向が強い。
  • 筆者の慢性痛改善プロセスは、足りないものを埋めるのでなく、歪んだ試行を認知によって修正することでもなかった
  • 「間違った考えをやめましょう」と思っている間は、その考えに囚われているのであるから、慢性痛のあるなしにかかわらず、その状態から抜け出すことは誰にとっても至難の業である
  • 慢性痛を抱える人は大なり小なり痛みにハイジャックされ、四六時中痛みが頭から離れない
  • その支配が自分自身で作り出したものであることをすっかり忘れ、痛みという異物が勝手に自分を支配していると思いこんでいる場合が多い。
  • 「痛みという異物に支配された自分」は本当の自分ではないため、排除しなければならず、いつまでも痛みを敵対視してしまう。
  • 「これ(痛み)さえなければ」「これ(痛み)があると何もできない」「どうせ痛みなんかとれない」「どうせ何をやってもダメだ」など、痛みに対する無力感は底なし沼の様相を呈する
  • これらの思考傾向がない人は痛みが慢性化しないと考えるのが現実的なのかもしれない
  • 自己批判なんて、毎日やっているよ。痛みが続くのはきっと自分がダメなところがあるからだとうすうす思っているからね。だが、自己批判こそが思考の歪みではないのか。自己批判ではなく、自分への信頼感を取り戻したいとねがっているのだ。自己批判を共用されるのではなく、痛みがあってもなお生き続けていることをまずは認めてもらえないだろうか。そこから自分への信頼感と他者への信頼感が生まれるのではないか。」と
  • 他方、「自分が治すという気持ちがないと慢性痛は治りません」という”正しさ”が、痛む本人を追い詰めてはいないだろうか
  • 当事者同士の何気ない会話がきっかけになり、「んっ?あの人もそうなのか。それなら自分も何かやってみようか」というような「自分が自分で自分を治す」自覚がおぼろげにでるまで、時間をかけて醸成していくことが当事者研究の醍醐味ではないかと思う
  • 丸田 a)痛みの精神医学的側面は、痛みと共存する症状として語られるべきである。b)痛みの原因として精神科疾患を論じる時には、治療が不成功に終わる例が多い
  • Schwarzは「慢性痛治療のミッシングリンクは地域に根ざした学際的チームの一翼を担えそうなピアコンサルタントかも知れない」と述べているが、慢性痛治療のパズルを埋める最後のピースはピアサポートなのだろうか。

プラセボ反応とノセボ反応の話

粳間剛 プラセボ反応とノセボ反応の話 地域リハ 2017;12(11):952-959

  • 腰椎圧迫骨折の患者さん対象に、針を刺してセメント注入群と、針だけを刺す群で治療結果に差がなかった
    • Kallmed DF et a: A randomized trial of vertebroplasty for osteoprorotic spinal fractures. N Eng J Med 2009:361:569-579
    • (無治療群がないので、自然経過である可能性も否定できない
  • 手術されたと思わせるだけで、実際は一部の手技を省略した意味がないはずのダミー手術はプラセボ手術とも呼ばれる
  • プラセボ手術によるプラセボ反応は、除痛・機能改善などの効果が偽薬と比べても非常に高い
  • プラセボ薬が使われる典型は、医療者グループの誰かがその患者を強く嫌っているときであるというデータがある
  • プラセボ反応が見られたら精神的なモノとみなして良いと誤解している人が多いこともわかっている
    • Goodwin JS et al:Knowledge and use of placebos by house officers and nurses. Ann Intern Med 1979:91:106-110
  • 患者さんにプラセボ効果が起きやすくなる条件
    • 治療や支援に納得し、その効果を期待している
    • 医療者や支援者を信頼している(思いやりを感じている)
    • 病気を自分でコントロールできる自信がある
  • 実際にプラセボ反応が起きやすい条件は、患者さんが医療者を信じ、納得して、治療の効果に期待を持っている時などです。(患者さんの性格ではなく、そういう条件が整った時)
  • 治療効果=治療の持つ真の効果+プラセボ効果
  • どこまでが真実の効果で、どこまでがプラセボ効果なのかは、どんな名医も判断できない
  • むしろ名医ほど患者のプラセボ効果を引き出してしまうので真薬だけの効果を経験しにくいとも言われる
  • 隠さなくてもプラセボ反応はでる
    • ヨネさんに説明した内容は、「痛み止めの注射を続けていると、そのうち、痛み止めを含まない注射を使っただけでも、痛みが和らぐ人がいます。ヨネさんはそういう患者さんの条件を満たしているので、痛み止めを含まない注射に変えてみませんか」です
  • 世の中には、「あなたにはプラセボ薬を使います」と言って、本当にプラセボ薬を使って、その経過を調べている実験(オープンプラセボ試験)や、言葉(suggestion)だけのプラセボ研究おあります。よっていずれも「期待だけの効果」と言えます。
  • プラセボ反応を、偽薬の反応が起こすなんだか悪いモノとして捉えているからそうなる。「期待の力と経験によって引き起こされる自然治癒力と捉えるといい」
  • いくつかの研究で、「患者が診察を受けたあと回復するかどうかは、初診の際に医師がよく話を聞いてくれたと患者が感じるかどうかによる」ことが明らかにされています。
    • Brody H: The placebo Response. Caroline Myss, Crown Publishers, 1997
  • また、一ヶ月後に患者さんに同じ病気について尋ねた時、「良くなったと答えるかどうかを一番正確に予測できる要素」は、「初回の診察で病状を説明する自分の話を医師が十分に聞いてくれた、と患者が言ったかどうか」という報告もあります
    • Bass MJ et al: The physician's actions and the outcome of illness in family practice. J Fam Pract 1986;23:43-47
  • 医療への不信感と悪い経験によって、病態を悪化させる反応、「ノセボ反応」です。

臨床医のための痛みのメカニズム

臨床医のための痛みのメカニズム

臨床医のための痛みのメカニズム

  • 絶版。
  • 一時高騰(2017/8ころ3万円)していたが、値段がこなれてきた(2000円台)ので、歴史的な資料として購入
  • 初版 1990年 第2版 1997年 購入したのは第2版台刷 2000年だった