慢性疼痛患者へのマインドフルネスアプローチの事例

山本和美、中居吉英 慢性疼痛患者へのマインドフルネスアプローチの事例 ー内受容感覚の視点を交えて 心身医 2021;61:147-152

  • 内受容感覚は、身体内部の生理状態の感覚を指す概念であり(Craig 2002)、内受容感覚の感度の程度や知覚の認知の仕方は、心身の健康に寄与する大きな要因と考えられている
  • 内受容感覚を適切なものにする方法として、身体感覚をありのままに観察する心の状態を育むマインドフルネス瞑想が期待される
  • 痛み感覚とそれを増幅させている破局的な認知を識別し、適切な対処の可能性を広げる
  • 痛みの認知において、拡大視、無力感そして反芻の破局的な認知は、痛みの病態を増悪させる。
  • A氏は、「何をしていても痛い」と痛み感覚に過度に注意が偏り、「怖い」と感じるほど痛みを拡大視し、過去の治療への怒りや後悔、将来への不安、痛みに対する無力感で破局的思考が反芻されていた
  • 初回面接では、不安と強い緊張から呼吸は早く浅い状態であったため、注意を痛みから呼吸に転換させて腹式呼吸を行い、上半身の緊張が緩む感覚を体験してもらった
  • また動かすことへの不安と緊張感ですべての感覚を痛みとしてとらえがちな様子に対し、身体に注意を向けてゆっくり動かすマインドフル・ヨーガをともに行い、リラックスしたときの自然の感覚を確認した
  • 2回目では、痛みが心の状態や動作によって変化することを観察する心の余裕が生まれ、日常に呼吸やヨーガを取り入れたり、体重増に対して食事内容を変えるなど、痛みとの関わり方が変化し、痛みへの無力感から自己効力感が芽生えている
  • その後の面接では、痛みが「恐れるもの」から、やり過ぎる傾向を見極める一種の「バロメータの役割」に変化している
  • また、痛みを、落ち着いてとらえる心の状態が安定し、不安や対人ストレスなど心の状態と痛みの発言といった心身相関への気付きが生じている。
  • 面接を重ねるごとに、痛みの話題は減っていき、「痛みはあるが、普通以上の生活ができている」と受容して痛みにとらわれない生活に変化した
  • マインドフルネスと内受容感覚
  • 身体を活用したマインドフルネス瞑想は、身体内部の生理状態の感覚である内受容感覚を適切なものとする方法として期待される
  • マインドフルネスは脳科学研究の観点から、注意制御、身体知覚、情動調整、自己概念の4つの心理過程が変化すると考えられている
  • A氏には痛みへの過度の注意の偏りが認められ、破局的な認知が痛みを増幅させていた
  • 破局的な思考にとらわれず、呼吸やヨーガ、歩行の動きに伴う今ここの身体知覚に注意を向けて観察することの繰り返しにより、注意制御力が高まり痛みに対する破局的思考の反芻も減少した
  • その結果、A氏は歪んだ認知により増幅された身体知覚を、受容的にありのままに観察する落ち着きを取り戻し、身体知覚能力が高まった
  • これにより内受容感覚の正確性が増し、職場や家庭でのさまざまな状況において変化する身体知覚を的確にとらえて、心身相関の気づきから適切な対処へとつなげていった
  • また、身体知覚能力の高まりは、情動が身体に根ざしていることから、情動を適切に認識し調整する力を高めると考えられている
  • A氏は、痛みに伴う否定的感情へのとらわれが軽減したことにより、慢性的な痛みの主要な背景因子であった離婚後の生活や大きな支えであった母親の死に改めて向き合って感情を整理する機会を得た
  • そして痛みがあってもうまく付き合いながら、一人の人間として自ら新しい生き方を模索し始めた