慢性疼痛に対する心理アプローチ

田中佑、安野広三、細井昌子 慢性疼痛に対する心理アプローチ 臨床と研究 2020;97(2):210-206

  • 生体に侵害刺激が加わったときに生じるのは、痛みではなく侵害受容であり、痛みはこれらの経験からの学習の結果として取得した不快な感覚・情動体験である。すなわち、すべての痛みには心理社会的要素があり、心理的な側面を無視して痛みの診療を行うことはできない
  • 慢性疼痛患者を診療する際には、「痛みの原因を取り除くことができれば痛みも良くなる」という一元的な原因論だけでは解決できないことが多く、biomedical modelだけでは限界があるため、bio-psycho-social modelが重要視される
  • 患者と共同作業で病態仮説を考え、心身相関の経路を同定または推察することは、患者に心身相関の気付きを促し、治療ターゲットを明確にするために重要であり、心身症の治療動機を高め、その後の再発・再燃予防に役立つ
  • 著者らは、ライフレビューを心理社会的背景の情報収集として行うと同時に、ナラティブ・セラピーとしても意識して行っている。自我は語ることによって構成され、語り直すことによって再構成され、新しい自我がもたらされるようになる
  • 不活動に対して やりたい活動を一緒に整理し、small stepで「今すぐ実行かのうなこと」まで細分化し、痛みはありながらも実践し、その達成感を味わって自己効力感を高めていくと同時に、不安に囚われて反芻している時間を減らしていく行動活性化の手法がとられる
  • 過活動に対して 「ペーシング」の練習を指導
  • 失感情症、失体感症に対して 心理面接では、ライフレビューや患者が不適応を生じている状況について語る際に、治療者から感情とそれに伴う身体感覚に焦点を当てた質問を投げかけて内省を促し、場合によっては感情のリストを参照しながら、または治療者側から一般的に生じる感情について説明して実際に患者が感じているものと照らし合わせるなどの感情教育を行う
  • 自身がそのときどきで感じた陰性感情を素直な言葉で書き綴るエクスレッシブ・ライティングも併用し、自身の感情への気づきとその言語化する力を養うとともに、感情表出によるカタルシスを体験していただく
  • 同じ否定的な内容が複数回繰り返しでてきた(反芻)際には、正の字でカウントするというアレンジを加えており、自身が苦しめられるパターンを意識化すること、それを治療者や家族・友人などの重要な他者に相談して一緒に対処法を考えることを促している
  • 慢性疼痛患者は、他者配慮的な生き方を信条としている方が多く、自己と他者の境界線が曖昧で、患者の予想に反して独善的に過干渉/過剰適応となっていしまっているパターンが、祖父→母→親→患者→子どもと複数の世代に渡って繰り返されていることを視覚的にもわかりやすく確認できると、良い意味でショックを受けて行動変容に繋がることもある
  • 通常の心理面接の基本となる傾聴では、中途半端にトラウマ記憶に暴露してしまうことになり、症状を悪化させる恐れがあり注意を要する。著者らは、解離症状を認める、人生の一定期間を思い出せないなど、トラウマ体験の存在を疑う患者に対しては、ライフレビュー前にナラティブ・エクスポージャー・セラピーの「花と石/人生ライン」と呼ばれるワーク(紐を人生の時間軸に見立て、束を端に伸ばし、その上に「良い体験」を花で、「辛い体験」を石で表して置く)を行い、およそどのような出来事がるのかを事前に確認し、ライフレビューではそこには敢えて触れずにおき、必要ならば環境調整やコーピングスキルの習得などによる安定化を図った後、エクスポージャーなどのトラウマ治療の機会を別に設けるようにしている