麻酔臨床のリスクとその回避

井原裕 麻酔臨床のリスクとその回避 ペインクリニック 2017;38(2):189-196

  • 難しい患者に慣れているはずの精神科医にとっても、慢性疼痛患者は難物中の難物である
  • 精神科医の老婆心ながら、若干心配したくなるのは、麻酔科医たちが治療関係に潜在するリスクを推測する習慣がない点である
  • われわれ精神科医の場合、毎日、医師ー患者関係を廻って、「しまった」と思う経験ばかりしている。そのためもあって、症例検討を繰り返して、小さな失敗を振り返って、最悪の失敗を避ける工夫をしている
  • カンファレンス 患者が自身の疼痛をどう捉え、どのようなことをこちらに期待しているのか、それにたいしてこちらとしてできることは何かについて議論する。患者の期待するものと、こちらが提供できるものとの間には乖離があり、そのすり合わせが議論の焦点となる
  • われわれからすれば、麻酔科医は危険な治療関係の中に、その危険を察知することなく、足を踏み入れているように見える
  • 「課題は体力の回復です。それなくしては、身体が小さな痛みに敏感になり過ぎる。まずは、日中、布団から離れること。今の生活はがん患者の末期のようです。首も腰も痛く、みぞおちも違和感があるかもしれないが、しかし、今のところ「死に至る病」ではなさそうだ。となれば、痛みを完全になくすことを考えるのではなく、まずは、痛みとの平和共存を図ること、そして、痛みがあっても、日常の生活は普通に送り、とりわけ、体力回復のための活動を自らに課すことです。
  • 初回診察の際に医療にはできることとできないことがあるということ、すでに複数の医療機関で治療を受け、成果を得られなかったことから、今回、当科で治療を引き受けても同様な残念な結果に終わる可能性もあることをお含みいただきたいということ、さらには、慢性疼痛の治療には生活習慣の改善が不可欠であり、一定の自助努力をしない限り、成果は得られないであろうことなどを、事前に十分に説明する必要がある
  • そして、話し合いが物別れに終わる可能性も想定しておく。その場合、「これでは信頼関係を基にした治療は難しいように思う。双方が不信感を持ちながら治療を続けることはお互いにとって不幸であり、十分満足いただけるような医療機関を他所にお探しになってはどうか」というような、最後通告すら伝えるタイミングを見計らう。もちろん、そうならずに、話し合いによって双方の譲歩・妥協点を見出していくことが望ましい
  • 不眠と疼痛を訴える高齢者
  • 検討会で議論すべきは、当日行う予定の処置、投薬と、予想される効果、それとともに患者自身の期待度を見計らい、本人が予想される効果を上回る期待を抱いていないかを検討する。その場合、本人の効果についての期待を現実的な範囲に止めるためにどう説明するかを、事前に考えておく。
  • また、前回診察時に生活習慣についての指導を行っている場合、本人のセルフケア能力を考慮して、どの程度の達成が出来ているかを予想する。本人がセルフケアを怠っている場合、いかに自助努力を促すかの指導の語り方についても話し合っておく。また自助努力に乏しい患者に関しては、誰か家族でキーパーソンとなる人はいないか、その人を交えた家族面談をどのタイミングで持つべきかなども話し合いたい
  • ペインクリニックの医師にとっての最大のストレスは、効果が不十分な時に患者の「先生、効かないんですが」という恨めしそうな表情をみることである。今日の外来でも何人かの患者はそんな表情をみせるであろう。その時にどのような言葉を返すか、そのことを事前にリハーサルしておけば、いざ、その時が来ても余裕をもって対応できるであろう
  • 慢性疼痛に関しても大切なことは、「現代医学をもってしても治せない痛みもある」、「痛みはなくなるかもしれない、なくならないかもしれない」「少なくとも軽くはなる、最悪の場合でも人生がおわるわけではない」「一番良くないのは、痛みを理由にあらゆる活動から撤退することで、できることはなる。それを、今やっていきましょう」といった現実的な指導を行うことであろう。