ペインクリニックからみた心身反応と慢性疼痛

住谷昌彦、四津有人、熊谷晋一郎 ペインクリニックからみた心身反応と慢性疼痛 トラウマティックストレス 2015;13(1):12-22

  • 痛みの身体要因と心理要因は常に共存し、身体的な痛みの認知は心理因子によってさまざまに影響をうける。”疾患は何らかの組織損傷(だけ)に起因して発症する”とする考え方(生物医学還元論)では不十分であり、患者の痛みの訴えに対しては常に生物心理医学モデルに則って、個々の慢性疼痛が抱える問題点を層別化して評価する必要がある
  • 生物心理医学モデル 疾患は生物学的な因子(例:組織損傷)とともに必ず心理学的および社会学的因子を含んでいる”ことを提唱する概念モデル
  • 痛みの遷延化の規定因子 破局的施行(pain catasgrophizing、 反復、拡大視、救いのなさ)
  • 破局的施行は痛みへの過剰なとらわれと言い換えることができる
  • 痛みに対するとらわれは、”自分の身体に期待するような状態と実際の状態が異なるときに感じる、自分の身体に対する苦痛、不信感や身体の障害に対する怯え”のことで、痛みをもつ患者では痛みそのもんの自分の身体への期待・認知を歪ませることに続いて、痛みの突発性・治療抵抗性が重篤なとらわれを引き起こす
  • 疼痛行動 疼痛示威行動
  • 古典的pain matrixと痛みの情動関連脳ネットワーク
  • 痛みの識別 S1,S2、視床
  • 疼痛の情動要素 前帯状回、島葉全部
  • 安静時の脳活動信号 自発性能活動ネットワーク resting state network
  • 基底状態で活動する脳領域ネットワーク default mode network ; DMN
  • 痛みの破局的思考
  • 痛みの破局的思考の中でも痛みのことを何度でも考えてしまう反復の思考パターンは、感情の快/不快の価値判断を担う前頭前野と後部帯状回の機能的結合の強化に起因することが示されている
  • 後部帯状回は、脳の基底状態の活動を示すDMNの中で中心的役割を果たす脳領域であり、線維筋痛症や身体表現性障害患者でも後部帯状回の機能的活動が変容し、痛みの破局的思考と相関することが示されている
  • 侵害刺激が加えられた際の痛みの破局的思考を持つ患者の脳の活動では、後部帯状回による脳の基底的活動パターンが変容し、前頭前野による侵害刺激に伴う痛みに対する価値判断が修飾され、その結果、痛みの不快感を認知する前部帯状回の活動が暴発してしまった状態と理解することができる
  • 島葉は前部が痛みの感情的側面の認知や予測の機能を担っているのに対して、後部は痛みを含む感覚的情報の強度を担っているが、線維筋痛症患者では後部帯状回と後部島葉の機能的結合が強化されており、前帯状回の機能的暴発と相まって痛みを強く感じる機序になっていると考えて矛盾はない
  • 睡眠障害
    • 熟眠を妨げると筋骨格系の非特異的な痛みが生じ、痛覚閾値が低下する
    • 睡眠障害が起こると恐怖心や不安感に対する体制が低下し、快/不快の価値判断が変調し、理性的な情動制御が減弱する
  • 痛みの悪循環と疼痛の重症化・痛覚過敏
  • 疼痛下行性制御系の起始領域となっている中脳水道周囲灰白質機能が変容
  • 扁桃中心体の活動は中脳水道周囲灰白質の運動線維への修飾作用が変調する結果、筋肉が固縮し合目的な逃避行動が遂行できなくなる
  • 慢性疼痛患者では患肢だけでなく健肢の痛覚過敏が出現することがあるが、侵害刺激を受けた際の前帯状回と中脳水道周囲灰白質の機能的結合が低下していることも示されている
  • 痛み関連情動脳ネットワークが中脳水道周囲灰白質の機能変調と関連していることが明らかにされている
  • 中脳水道周囲灰白質を起始点とする疼痛下行性制御系は、セロトニンノルアドレナリンを介した情報伝達により脊髄後角の侵害受容ニューロンを制御している
  • 痛みの悪循環では、痛みに対する恐怖心や不安感によって痛みの回避する行動を実践する。すなわち過度な安静状態を保持するようになることが考えられており、廃用症候群や筋骨格系の機能障害を引き起こし、骨萎縮が生じる
  • 治療方針
    • 治療の主幹は、”機能障害に対する治療”として設定し、”機能障害に対する治療”を促進する方法として、”疼痛に特化した治療”と”心理的要因に対する治療”の2つを併用する
    • 治療のゴール設定は、疼痛が十分に緩和することだけでなく、有意義な日常生活を過ごし、精神心理的な問題を持たないことに設定する必要がある
  • 機能障害に対する治療 有意義な日常生活を過ごす”痛みとの付き合い方”の教育が必要
    • 医療者は、患者が新しい身体機能(運動能力)を再獲得できたことを患者自身に適宜提示し、患者が自己効力感(自分の身体と問題処理能力に対する自信)を得られるように留意する
  • 疼痛に特化した治療
    • 医療者だけでなく患者が疼痛に特化した治療の目標を疼痛緩和だけに設定すると、患者は特異的治療法の実戦に固執し、偽治療依存(心理的高揚感を得ることを目的に薬物を摂取する依存(addiction)とは異なり、痛みから開放されることを目的に執拗に特異的治療法を求めることを偽治療依存(pseudoaddiction)と定義される)と呼ばれる病的な行動が引き起こされてしまう
    • したがって、薬物療法や神経ブロック等のさまざまな疼痛治療法を実施する場合には、患者の身体機能を改善するための支持両方であると位置づけた上で最低限の機会のみ提供することを治療開始前に明示しておくべきである
  • 心理要因に対する治療
    • 1 痛みに伴うさまざまな問題点は改善可能であることを教育
    • 2 日常生活動作に準じた治療目標に対して主体性を自覚して治療に参加するように教育する
    • 3 治療に参加することによって痛いと日常動作が改善するので、痛いに悲観することなく前向きに生活することを教育する
    • 4 痛みと共存する方法(coping)を教育する
    • 5 機能障害に対する治療を行うことによって自分自身の問題処理能力(自己効力感)の向上を得られるものであることを教育する