細井昌子  (3) 痛みの心身医学的診断の進め方-実存的苦悩の明確化のために Modern Physician 34(1): 13-17, 2014.

  • 痛み治療において、多数の医療機関を受診しても満足できないために、病院を転々とし、心療内科を受診されることになる患者が多く、心身医学的診断として、現在の痛みを語っていただくことがまず重要である
  • 問題は、「本人が痛いという言葉で表す体験」に対して、どのうような対処法が有効であるかを、治療者が医学的にどのように診断し、どう対応するかにある。その際に、痛みが不快情動を常に伴うことを留意し、痛みの原因がどうあれ、その苦しみを訴えて助けを求め、患者と呼ばれるようになったにんげんへ、「お辛い状態になっておられるのですね」と治療者が「遺憾の意」を表することから、治療的会話が始めるべきである
  • つまり、精神機能をあらわす日本語である、「知(知識/情報)・情(感情/情動)・意(意欲/意思)」の3つの機能のうち、患者の「情」にまず働きかけるということである
  • まずは、情動系に対する医療者のアクションとして、痛みの苦悩に対する共感・傾聴の姿勢が重要
  • 元来穏やかなパーソナリティの人においても、「敏感な患者、神経質な患者」と評価されることとなり、周囲との交流不全に陥りやすくなる
  • その後に、「知・情・意」の「知(知識/情報)」に対するアクションとして、「過去から症状がどのように推移してきたか、そのような診断を受け、どのような治療がなされて、その治療に対する反応はどうであったか、およびその結果に対して、患者はどのように感じているか」を聞いていくことが重要
  • その際に、患部のみでなく全身の医学的診察により理学所見を丁寧に取ることは、「知」に属する対応のみでなく、「情」へのアクションも兼ねて、痛みの患者の過敏性を軽減する効果も生み出すことが多い
  • 患者の顔も見ないで、電子カルテの採血データのみに医療者が気をとられていると、この「情」に対するアクションをプラスに使えないどころか、大きなマイナス効果であるノセボ効果(プラセボ効果の反対で、症状にたいする治療効果を減ずる効果)を与えてしまうことになる
  • その不安の成り立ちに、患者自身の体験や患者の周囲の人間から伝聞した内容が影響していることが多いため、痛みが起こったことで、「どのような知識が惹起されて、何を不安に思っているか」の患者独特な考えを聴くことが重要である
  • 多くの医療機関を経験した症例では、過去にうけた医療的対処で改善していない、あるいは改善したことが認知出来なかった場合であるので、過去の医療に対して、どのうような感情をもっているかについて丁寧に話を聴くことが重要である
  • 目前の意思に本音を言えない患者の気持ちを先手で聞いておくと、「そういったお気持ちを考えて対応したいと思いますが、もし同じような気持ちや不満があったら、遠慮無く教えてください」と伝えて、信頼関係を形成しやすくすることも情へのアクションとして非常に重要である
  • 最後に「意(意欲/意思)」への対応として、医療の専門家として、本人の過剰な心配がなくなるような診断のスッテプや思考の流れを提示し、その時点での見立てを伝え、今後の見通しを語ることで、具体的な診断・治療契約が行われることになる。その過程をていねいに説明することが、その後の治療に対する情動系の安定化をもたらし、治療薬を奏功しやすくする信頼関係の形成にも重要となる
  • 患者と治療者の間の治療的対話で、役に立つのはソクラテス式問答と呼ばれる質問様式である
  • 一問一答式で、相互に対話するという治療的対話においては、痛みの辛さの話から、独特な認知様式が明らかになることが多く、慢性疼痛の認知行動的治療対象を導入するステップとして、重要である
  • 身体的痛みが医療現場で主訴として訴えられていても、患者の本当の苦悩は痛みがあることで周囲に奉仕できないなどの自尊心の問題や居場所がないなどの社会的疎外感といった実存的な苦痛・苦悩であると理解されてきた
  • オピオイドやその他の鎮痛薬を長期に渡り処方をうけていた症例で、歯周炎の発見が遅れた症例を経験したが、同様に悪性腫瘍の初期症状も見逃しやすくなる可能性もあり慢性疼痛以外に侵害受容性疼痛のサインを減らすということにも留意しておく必要がある