細井昌子、安野広三、柴田舞欧 慢性痛の心身学的メカニズムの解明とそのアプローチ 過活動のスクリーンセイバー仮説を一助として 1 ペインクリニック 2012;33(12):1691-1701

いつもながら感服させられる論文です。内容が濃すぎて短くまとめられず。

  • 不安が強い症例では、機能的痛みでもかなりの痛み苦悩が伴うこともある
  • 機能的痛みであっても器質的異常に伴う痛みと同程度の苦しい痛みが起こることがあることを、患者の理解力に合わせて平易な言葉で説明して、納得してもらうことが重要である
  • 機能的痛みがなぜ生じているかについて、具体的に患者のライフスタイルを伺い、痛みが持続する要因を話し合っていく中で、心理社会的背景に話を進めていくことが可能となる
  • 慢性痛によく経験する認知行動的な特徴として、このような「一気に物ごとを行わないと気が済まない」、「物ごとを途中で止めることができない」といった特性である
  • 一つの作業を体調に合わせて切り分けて、「休息をいれて」行うという、「ペーシングあるいはペース配分(pacing)」力がない強迫的な行動及び過活動が問題となり、筋肉痛が持続していることも多い
  • pacingができずに、しかも物ごとの程度が少量では「気持ちが収まらない」傾向も、強迫性の指標になり、そういった特性をもつ症例では、使用する薬物についても多くなりがちであり、「多いと安心する」傾向について注意が必要である
  • 多量徹底型から、少量分割型にすることにより、無酸素状態で筋肉疲労の蓄積が起こりやすかった状態から、休息による筋肉疲労の改善が起こりやすくなる
  • しかし、実際に強迫的な過活動を行う多量徹底型の症例では、知的理解力が十分な症例でも、不合理な強迫的行動を容易に止められないことが多い。合理的に理解して、行動がすぐに変容するような症例では機能的痛みの持続そもそも起こらないという言い方もできるかもしれない
  • 過活動のスクリーンセイバー仮説
  • ペーシングができな特性を話し合うことが重要。治療者は批判的な態度で話さないことが重要
  • 過活動の背景 意識としては、「何か建設的なこと、前向きなことをしていないといけない」気持ちがあるが、その奥をじっくり聞いていっくと、「いらいら、不安、抑うつ感、休んではいけないという考え、愚痴をいってはいけないという考え」があり、その生育歴を伺うと、幼少時に母親あるいは父親が過活動傾向があり、じっとしていても親が過活動でじっとしていることに罪悪感を覚えるような家庭環境にあったことを話されることが多い
  • さらに「じっとしているとどうなるのか」についてじっくりと聞いてみると、その背景に、「自分はだめな存在で、何もしていない自分は価値がない」といった「自己否定感、無価値観」なにもしていないことへの「罪悪感」、自己存在への「羞恥心」といった気持ちが語られることが多い
  • じっとしているように促すと、じっとしていると、「怒り、恨み、羨望、悲しみ、寂しさ」といった感情が湧き起こってくる状態になっていることにようやく気づくようである
  • 十分な信頼関係の下、安静時に想起されることを傾聴すると、多くの症例で、過活動が起こっているメカニズムにこのような安静時の脳機能として、PTSDにみられるようなフラッシュバック体験のような現象が起こっており、それを避けるために、じっとしていない何かに熱中するということを体験的に学んでいる場合が多いようである
  • 過活動が制御しにくい症例でも、この見たくないつらい感情体験をかき消すのに、休息を入れないで家事などの掃除を行い続けること(集中、運動)が気晴らしとして役に立つということが報酬となって、過活動が持続するシステムが成立しているように見受けられる
  • 過活動を続けると身体的苦痛が持続するという結果を生むことがわかっても、過去のトラウマや虐待歴、対人交流上の嫌悪的できごとなどに基づく否定的感情が湧き出るという心理的苦悩体験の方が、ずっと本人にとっては避けたい状態であり、それに立ち向かうには一人ではつらすぎるという現実があるようである。
  • 身体的苦痛より、心理的苦痛の方がよりつらいという状況を理解しなければ、中々理解し難い過活動の制御困難な症例では、過去の体験が悲惨であることも多く、その悲惨さを理解するために生育環境についての情報を伺うことが有用となってくる
  • 失感情症 alexithymia 1972 Sifneos
    • 1 感情を認識し、感情と情動換気を伴う身体感覚とを区別することの困難、2 感情について語ることの困難、3 空想力の乏しさ、限られた想像過程、4 自己の内面より外的な事実に関心が向かう傾向、などで特徴づけられるパーソナリティ特性
  • 最近のneuroscienceの発展より 末梢からの侵害受容の負荷情動成分と社会的苦悩が最終的な脳の投射部位をシェアしているというエビデンスが一般化してきている
  • 失感情症に関する脳画像研究でも、侵害受容性情報と社会的痛みを引き起こす刺激による活性化がシェアしている脳部位である前部帯状回・島皮質・扁桃体前頭前野に、失感情症傾向ががあるヒトで異常があることが知られてきた。