痛みセンターにおける慢性痛に対する心理療法の適用と有効性

水谷みゆき、鈴木千春、大道裕介、櫻井博紀、森本温子、西原真理、牛田享宏、新井健一、佐藤純 痛みセンターにおける慢性痛に対する心理療法の適用と有効性 PAIN RESEARCH 2012;27:175-188

  • 治療的変化の阻害因子
    • 認知、対処行動、パーソナリティ、精神障害、生育歴、職場や教育や家族関係、経済問題などの社会的背景
  • 急性疼痛刺激に対する高次中枢神経系の脳機能画像上の変化が、慢性痛患者と健常者では異なり、執拗な慢性痛の背景には痛みの調節機能不全があると考えられている
  • 認知的特徴としては、破局化思考、すなわち、痛みは悪化する一方だ(否定的側面の拡大magnification)、自分はなす術もない(無力感helplessness)、こんなことばかりかんがえてしまう(反芻 rumination)が21名にみられた。そのうち4名には痛みに関する心気念慮があり、「痛みの原因に悪性の病気がある可能性を医師から聞いている」「前治療のせいで患部が激しく焼けただれていると聞いている」などと述べた。
  • 痛みの原因について医師による説明を誤解した例、治療や療法を正しく理解していなかった症例、認知症の症状を持つものもあった。自分の感情や考えを抑圧する傾向や著しい固執傾向もみられた
  • 行動的特徴としては、破局化思考を背景にしたfear avoidance(不安と行動の回避)や、身体的苦痛への無頓着や痛みのエピソード以前から続く抑圧を背景にしたperseverance(忍耐的な生活態度)がみられた
  • 痛みの最初のエピソードの前後にストレスフルなライフイベントを経験していたのは25名(75.8%)である。ここでのストレスフルなライフイベントとは、家族の死や結婚・離婚、自己や慢性痛と明らかにことなる部位の悪性腫瘍、非常に負担の大きい介護や職場への不適応、近隣や医療者とのもめごとなどがあげられる
  • 学際的治療において痛みの改善に関連していたのは、初診時における不安や抑圧の特典、生活障害度が低いことであった。
  • 身体的介入を中心とした治療の効果がみられない、あるいは安定しないなどの理由から、身体医の臨床的判断によって心理療法が適応されたのは、不安と抑うつの得点が有意に高く、より若年で痛みの持続期間が短い患者であった
  • 本研究の心理療法適応患者の約6割以上に主訴に含まれない部位の無自覚の筋圧痛点がみられた。しかし筋緊張と痛みの直接的関係を示す病態はわかっていない。また本研究の対象患者にみられた筋の圧痛の一部は、運動や動作によっても変化せず、筋緊張を慢性痛の原因として一般化することは難しい
  • 理学療法士によって確認される圧痛点がありながら本人はそれに気がついていなかったことから、こうした患者の問題はむしろ、患者が自らの身体反応に気づいていないといった心身の関係の不自然さにあるように思われる。それは、通常なら不快感を感じるほどの極端な生活習慣が患者にみられたこととも関連するかもしれない
  • 慢性痛患者は筋肉の収縮レベルを正確に知覚できず、実際の筋緊張レベルを過小評価することが報告されている
  • 破局化思考は短期長期的な痛みと介入効果のリスク因子であり、治療困難な慢性痛の学際的治療の主なターゲットである
  • 身体治療の効果が得られにくい慢性痛患者には、ストレスフルなライフイベントや身体的侵襲などの経験、現在の日常的葛藤や身体感覚の感じにくさなどの、重複する身体的心理的要因がみられ、そうした個人的経験が痛みの脳内調整機能を不全状態にし、痛み治療を阻害していると考えられた。
  • 慢性痛の学際的治療を進めるためには、身体治療の効果を潜在的に支える患者自身の持つ脳内調節能力というリソースに対して、適切により多くの関心を向けられることが望まれる