半場道子 慢性疼痛と脳 連載第5回 Practice of Pain management 2011;2(4):246-256

  • 扁桃体(amygdale)
    • 不快、恐怖、不安、怒りなど、負の情動の発現に中心的な役割をしている
    • 系統発生的に古い皮質内側核と中心核、比較的新しい基底外側複合体に大別される
    • 生きる為に必要な原始感覚(嗅覚、侵害情報、触覚、内臓感覚、視覚、体温感覚、味覚、聴覚など)がすべて入力される。こららの感覚情報に対し、扁桃体は過去の経験や記憶に基づき、有害=不快情報かの評価を下し、記憶の固定に関わる
    • その中でも侵害情報は、身体が侵襲されたという「命の一大事」を知らせる警告信号である。扁桃体は本能行動を起こすとともに、恐怖・不安感や拷問感を付して情動記憶の回路に送る。痛みが恐怖・不安感とともに、「快」「不快」として強烈に記憶固定されたからこそ、痛みを感じた瞬間、体の動きをぴたりと停止して身構えるし、熱いもの、鋭利な刃先などには本能的な恐れを感じて忌避する。負の情動が生命維持のために果たしてきた役割は大きい
    • しかしながら、慢性疼痛においては負情動の過剰が「苦」を増強する。強いストレス反応が起きているとき、恐怖や不安に駆られているとき、扁桃体、内嗅皮質などには異常な興奮が起きる。この暴走を容易に制御できるほど、前頭皮質の「理性」や「意思」による制御は強くない。そしてmesolimbic dopamine system機能に影響を与え、中枢性鎮痛機能を低下させ、意識減退やうつ状態をまねいてしまう。
  • 侵害受容性扁桃体
  • 負の情動を結ぶ短い扁桃体経路にひとたび異常な興奮が生ずると、痛みの源を除去しても「苦」が続いていしまうことが、最近の電気生理実験で立証された
  • ひとたび異常な興奮が生ずると負情動の長期増強につながることを示して注目された
  • 腹側被蓋野 VTA
    • 中脳のVTAは原始的な神経核で、dopamine neuronが不規則にdopamineをだすtonic activityの状態にある
    • 腹側淡蒼球 VPはVTAのtonic activityを抑制している。“各自ばらばらに動き回る園児を抑えて、まとまった遊戯をさせる教師”のよう
    • VPからの抑制を受けてVTAは刺激に応じ、活動電位を群発射し、まとまったdopamineをNAcやVP,Amyg,PFCへむけて放出する
    • 放出されたdopamineは、μ-opioid systemを活性化し、下行性疼痛抑制系を機能させる
    • VTA neuronに抑制をかけるVPは、NAcから抑制される関係にある。NAcが扁桃体や海馬からストレス性入力を受けて大きく興奮すると、それはVPの抑制を抑制することになり、VTAはtonic activityにもどってしまう。したがって、痛み信号が次々に届いてもVTAは応答せず、dopamineを放出しない。Opioid systemも下行性痛覚抑制系も機能しない。結果として本人は「非常に痛い」状態にあり、意欲・集中力の低下と、何事にも喜びや興味もてない、うつ状態に陥る
  • NAcの活動低下や、VPの機能が損なわれたときには、うつ状態、感情鈍麻などが起きる
  • dopamine systemは、心理状態や社会的要因によっても大きく影響される。激痛への恐怖や怯え、手術でもっと悪化するのではないかという将来への不安、自分だけが認められない苦、貧しさから抜け出せない怒り、家庭不和、虐待体験などである
  • 海馬支脚腹側部
    • 恐怖、不安、ストレス反応に関与する部位
  • 前頭皮質 prefrontal cortex;PFC
    • 人間固有の高次精神機能の中心であり、理性、思考、創造性、道徳観などに携わる
    • 3つの領域 外側、眼窩、内側
    • 負の情動を発する扁桃体と結びつきが強いのは腹内側前頭皮質 vmPFC である
  • 米国における大規模疫学調査 慢性疼痛があるだけで精神疾患の有病率が高くなることを示して衝撃を与えた
  • 将来的には疼痛に伴う精神状態の悪化を防ぐ研究が進んで、「理性」が支配権を握り、PCのフリーズを復帰させるような、デリートキーが得られればと願っている
  • 運動療法の習慣化は、疼痛軽減と精神状態の安定化に効果が高い。認知行動療法による「こころの持ち方」の指導を受けることも治療効果が高い