慢性疼痛と脳 連載第三回

半場道子 慢性疼痛と脳 連載第三回 Practice of pain management 2011;2:114-120

  • 誰の体にも本来備わっているはずの中枢性鎮痛機構が、破綻もしくは機能低下してしまったら痛みはどう感じられるか、慢性的に痛みを感じている人の脳内では何が起きているのか、中枢性鎮痛機構を破綻させる要因はなにか、現在このような疑問のもとに、慢性疼痛の機序と治療方法を求める研究が続けられている
  • 線維筋痛症について、中枢性鎮痛機構の機能不全を示唆する報告が続いている
    • 被験者の前脛骨筋に、初め生理食塩水を、ついて高張食塩水を注入して、深部筋痛をおこし、大脳基底核・線状体におけるdopamine量を測定
    • 健常者 生理食塩水の注入で痛みを訴えることなく、高張食塩水に切り替わって痛みが大きくなると、それに比例して線状体のdopamine量が増加。痛みの大きさとdopamine量の間にははっきりとした相関がみられる
    • 線維筋痛症 生理食塩水の注入で痛みを訴え、高張食塩水に切り替わると、痛みがさらに大きくなっているのにかかわらず、dopamineの量の増加がみられない---痛みに見合う鎮痛機構が機能していない
    • 線維筋痛症患者では脳内μopioid受容体が健常者に比して有意に減少
  • 慢性腰背部痛の場合も、線維筋痛症と共通のdopamine systemの機能低下が想定されている
  • Tracey(Oxford) 被検者に不安を惹起するような視覚信号をみせ、そのあとで痛刺激を加えると、痛みは平常時より増悪して、強く感じられる。被検者が不安感を強くつのらせると、fMRI画像上で、海馬傍回の内嗅皮質を中心とした神経回路が活発に活動する
  • 身体的ストレスがあるときには、ストレスホルモンのCRH1とnoradrenalinが一体となって、“闘争か、逃走か”に備え、海馬の活動を長期的に高めることも報告されている
  • 不安やストレスが大きいと、中枢性鎮痛機構が影響され機能を低下させる例証が整ってきた
  • 現代人が受ける精神的/社会的重圧の大きさや長さは、人類が太古から身につけてきた、“闘争か逃走か”という二者択一的なストレス応答だけで、対処できるものではない
  • 線維筋痛症のもや fibro fog FMにともなう随伴症状
    • 睡眠障害、記憶障害、認知機能の低下、うつ状態、感情的混乱、慢性的疲労感、同時に複数課題をこなせない、痛みのことばかり気になる、不安感
    • fibro fogにともなう灰白質密度の有意の減少、脳組織の萎縮(海馬の内嗅皮質と前部帯状皮質膝周囲)
    • 海馬の内嗅皮質 不安など精神的ストレス反応に関係し、認知機能とも関係
    • 前部帯状皮質膝周囲 下行性痛覚抑制系に連絡 不安情動処理に中心的役割 serotonin transporterの分布密度が皮質中で一番高い
  • 以上、痛みや不安によって影響される脳の可塑性の大きさについて述べてきたが、慢性疼痛に転化させないために、初期における痛みの遮断と精神的ケアの重要性を筆者は強く感じている