川田浩、細井昌子 痛みの不安とそのマネジメント 臨床精神医学 2010;39(4)457-46

  • 不快な体験である痛みは、感覚の次元と情動の次元が混合しており、総体として言語的に主観的に認知される苦悩体験であることが重要であり、QOLを著しく損なうものである。
  • 脅威を感じるような状況で、「戦いか逃避か」まだ判然としない状態が、不安状態であると考えられる
  • 慢性疼痛患者の既往歴を詳細に聴取すると、交感神経系の持続的な過緊張の時期が長年にわたり存在し、代償できなくなった時点でパニック発作がおこり、その後に痛みの訴えが持続している症例が多い
  • 侵害受容情報である痛みは、末梢から中枢に情報が伝えられる上行路と、中枢から脊髄後角に痛みを調節する経路である下行性の痛覚調整系が存在し、さらに大脳内で情動ストレスや過去の痛みや情動の記憶が関与して修飾され、痛みが抑制あるいは増強されていると考えられる
  • 2つの上行路
  • 外側脊髄視床
    • 末梢の自由神経終末―脊髄後角―脊髄外側―視床―大脳皮質 S1,S2
    • 痛みの局在部位、強度、質など識別的評価
  • 内側脊髄視床
  • 近年では、前部帯状回や島皮質などの大脳皮質が痛みの認知に役割を果たし、痛みの不快な情動体験に寄与することが明らかになってきた。
  • PTSD社会不安障害、恐怖症ともに扁桃体と島皮質で健常人と比較して活性度が上昇していることが報告されている
  • 危険に対する生体の反応には、扁桃体が極めて重要な役割を果たしている。扁桃体は、不安や恐怖といった情動ストレスを情報として統合する重要な部位であり、情動を司る前部帯状回の吻側に投射している。
  • 不安や恐怖といった情動ストレス下で痛みが増強する機序として、一般の不安や恐怖に伴う扁桃体外側核→扁桃体基底外側核を介して、扁桃体中心核に伝えられた不安・恐怖の情報と、末梢の痛み情報が脊髄橋扁桃体路により伝えられた扁桃体中心核での反応が統合され、修飾される回路が考えられる
  • 情動ストレスにより、予期に関係する前頭前野を活性化する経路を介して、痛みの下行性調節系を介して、疼痛域値の低下が起こることが理論的に推測される。
  • 情動ストレスによる不安を紛らわせるための対処法として、臨床的によく観察される強迫的に家事や仕事などを行う過活動は、慢性疼痛の症例で治療対象となる異常行動である
  • 慢性疼痛の重症例の多くは休息を入れると、心理的に抑圧している陰性情動が喚起されやすくなるため、休息をいれずに、長時間過活動を続けている。
  • 不確かな痛みを予期すると、痛みを起こさない非侵襲刺激にたいする前部帯状回、島皮質の後部などの部位の反応が増強されることが報告されている
  • 痛みが起こるのではないかという予期不安により、結果的に疼痛域値が低下するということであり、臨床的にも矛盾しない
  • 臨床における痛みを伴う患者に対する不安の評価
    • 1 生物医学・精神医学的診断 2 認知行動学的診断 3 生活障害および役割機能的障害の評価といった観点での診断が重要
    • STAI;state Trait Anxiety Inventory, HAD;hospital anxiety and depression scale, SCL-980R, Hamilton Anxiety rating (HAM-A)
    • Pain Catastrophizing Scale
  • 慢性疼痛患者の不安に対するマネジメント
    • 慢性疼痛の治療法としては、痛みが単に潜在する組織病変のみでなく、認知、感情、行動というものに影響を受ける複合した多次元の経験だとする考え方を基礎にした認知行動療法が現在重要な治療法として認知され、効果を上げている
    • 患者の心配を妥当なものと、必要以上のものとに分けて話し合い、必要以上の過度な心配を治療対象にすることを説明し、必要であれば内服治療を提案し、処方薬の作用・副作用の説明を丁寧に行うことによって、不安が軽減されることがある
  • 恐怖回避が長期にわたって持続すると、やがて筋緊張の亢進、筋の委縮、関節の拘縮などをきたし二次的な痛みの原因となることがある。毎日の運動を段階的に再開し、身体を動かすことが安全であることを体験することによって、患者は自分のしていることに安心を覚え、活発な日常生活を始めると治療効果が安定する。