線維筋痛症と否定的感情

村上正人、松野俊夫、金外淑、三浦勝浩 線維筋痛症と否定的感情 心身医 2010;50:1157-1163

  • 痛みには、「感覚としての痛み」と「感情としての痛み」という二面性がある
  • 痛みは不安や恐怖・緊張・怒りなどの陰性感情・否定的感情を引き起こしやすく、そのような心理状態がさらに痛みを増幅させるなど、痛みの悪循環が生じやすい
  • 線維筋痛症 fibromyalgia;FM
    • 長期にわたる激しい全身の広汎性疼痛を主徴とし、患者の80-90%は女性、40-50歳の壮年期から更年期に多い
    • 客観的な検査所見や画像上の異常所見が認められないため、筋の攣縮や血流障害、自律神経・内分泌・免疫系などを巻き込んだ全身のシステム障害という考え方が示されている
    • 痛みの閾値の変化には、交感神経の緊張や興奮、痛みに対する精神的とらわれやこだわり、睡眠不足や心身の疲労度、不安・恐怖、強迫・抑うつ・悲哀・怒りなど心理的状態など多くの要因が関与している
  • FMでは、目に見える大きなlife eventよりもdaily hassles(ささいな日常的いらだち)の方が重要なストレス因子
  • FM患者に関係するストレスの要因として、不規則な生活、過労、疲労の蓄積などより引き起こされる肉体的疲弊、さらに心理的葛藤、フラストレーション、不適応感、正当な評価が得られないための欲求不満や怒りなどが認められており、これらの心身の疲弊状態に筋肉の疼痛を生じさせる肉体的負荷や外傷などが加わって発症するというプロセスが考えられている。
  • FMの性格傾向 強迫的で執着性が強く、潜められた攻撃性や怒りが特徴である
  • 痛みと否定的感情
    • 痛みや恨み(怨み)の感情は人間の代表的な陰性感情。表裏一体で、恨みの裏にはかならず怒りが存在 悔しさと腹立たしさで決して許せない、癒せない怒りが恨みであり、心の痛みでもある。不安、悲哀、抑うつ、自責の念、罪悪感などの感情と異なって的確に表現されにくい
    • 怒りや恨みは敵意や攻撃性で表現されるが、直接的な表出は人格に対する疑念や社会的な反感、敵対を招きやすく無意識下に抑圧されやすい
    • この不快な感情を避ける一つの防衛機制として苦痛の表現痛みがあると考えられている
    • そして怒りのために痛みの場所に意識が集中し、痛みを噛みしめるように味わうことで痛みの閾値が下がり(痛みの感受性が鋭くなり)、さらに痛みが増強するという悪循環が生じる
  • 怒り・恨みと筋の攣縮
    • 怒り恨み 交感神経の過剰な緊張−筋肉の攣縮を引き起こし、局所の虚血、循環不全を引き起こし、疼痛物質による刺激、二次的な血流障害、疼痛域値の低下などの要因も加わって、慢性的な疼痛や多彩な愁訴を形成する
  • FM患者の強迫性と禁止令
    • やり始めると終了するまでまったく食事も休息もとらず動き続ける
    • 何事も納得するまで貫徹する
    • 完全を求めて決して妥協しない
    • 趣味や遊びなども徹底的に突き詰める
    • 根をつめて仕事や家事をするなど、肉体的には無酸素運動に近い過度の負担をかけ、休もうとしない生き方
  • そのような行動を支えるのは患者の強迫性や熱中性、完全性であり、その背景にマイナスの人生脚本や自己禁止令が存在することが多い
  • 特に注意すべきは否定的感情ともいえる禁止令である。弱音を吐くな、楽しむな、負けるな、休むな、ゆっくりするな、など自らの感情や行動を禁止する偏った美徳感や信条である。
  • 健康が害されて「倒れて後休む」形で初めてその動きが収まり、ようやく休息に入るというプロセスである
  • 破滅性と痛み
    • 慢性疼痛の心理的修飾要因としての破滅性 catastrophizing
    • 破滅性とは、「問題解決ができず、心的秩序が崩壊した状態」であり、与えられた課題を達成できないばかりか、従来容易に解決していた問題も解決できなくなり、落ち着きを失い不安があらわになる状態
    • 「この痛みは破滅的な結果をもたらすのではないか」「この痛みのために何もできない」「この痛みですべてが終わってしまう」という破滅的思考に落ちいりやすい
  • 破滅性と抑うつ
    • 学習性無気力 learned helplessness 心理学者 Seligman
    • 学習性無気力には破滅性とうつ感情が混在
    • 学習性無気力はさまざまなストレスに的確に対処できず、失敗するたびに挫折感を体験し、やがて「なにをしてもだめだ」と絶望感、無力感に包まれるようになりうつ的で自閉的になっていくことを説明した概念
    • FMへの心理療法の原則 FMの痛みに共感をもって受容し(共感・受容)、長くてつらい治療期間を励ましながら支え(支持)、器質的・機能的障害を残すことがない痛みであることを説明し(保証)、休養、リラクゼーション、ストレスの対処法、生活の工夫の必要性などを説明する(説得)することであり、これらのプロセスを通してFM患者自身の心身相関への認知、洞察を促し、ライフスタイルや行動、意識の変容を計るようにする
  • FM患者の否定的感情にたいするトータルアプローチ
    • 患者個人の特有な強迫的な思考や過剰な努力に対する理解を深める
    • 患者の状況や患者特有の考え方にあわせて早期介入を行う
    • 完璧さへのこだわり、怒りの抑制、活動様式やライフスタイルの改善などに焦点を合わせる
    • 緊張の緩和にリラクセーション技法を積極的にとりいれる
    • 人生脚本、禁止令などの分析を行い、新たな生き方を探る
    • 過去に対する否定的感情を清算し、「今、ここ」に生きる考え方を身に付ける