小山なつ 内因性疼痛抑制系とその意義 ペインクリニック 2009;30(3);373-381

  • 西洋現代医学ー痛みがあれば、必ず原因となる器質的疾患や組織損傷が存在するという視点で、様々な疾患に対する診断が治療が行われている。しかし、このような視点では、治らない病気もあれば、組織損傷に吊り合わない痛みには対応出来ないことがわかり、国際疼痛学会も(IASP)も1979年に、「実質的または潜在的な組織損傷に結びつく、あるいはこのような損傷を表す言葉を使って述べられる不快な感覚・情動体験」と痛みの定義を公表した。
  • このIASPの定義には2つの重要なポイントがある
  • 第一のポイントは、痛みは感覚であると同時に情動である、しかも不快なという形容詞がつけられている。からだのどこがどのように痛みかを示す感覚も脳の機能によるものだが、同時に存在する不快なこころの意識内容を切り離すことができない
  • 第二のポイントは、組織損傷と痛みの関係が固定したものでなく、心に原因がある痛みも存在するということを明確に示していることである
  • 侵害刺激によって引き起こされる屈曲反射は、うまれながらにそなわった防御反応であるが、それに伴なって湧き起こる痛みという意識内容は、学習によって獲得するものである。
  • 情動の定義は分野によっても異なるが、単なる喜怒哀楽といった感情だけではなく、自律神経系の反応の変化や表情などの身体表出、さらに情動行動をも引き起こす強い意識内容を示す用語である
  • 痛み情報を伝える主要な伝導路は脊髄視床路である。痛みの感覚的側面と情動的側面は独立して生じるわけではないが、違った伝導路を経由して脳に伝わる
  • 新脊髄視床路 視床腹側基底核群を経由して大脳皮質の体性感覚野に至る 痛みの局在部位、強度、質などの識別的評価をこなう経路
  • 旧脊髄視床路 新脊髄視床路の内側を上行し、脳幹網様体に軸索側枝を出しながら、視床髄板内核群を経由して、島皮質、前帯状回扁桃体を含めた脳の広範な領域に至る
  • 島皮質や帯状回扁桃体を含む大脳辺縁系は、痛みの情動的側面に関わる神経核ということだけではなく、あらゆる情動に関わっている
  • Pierre-Paul Broca ほ乳類の脳に共通する脳幹を取り巻く皮質領域(帯状回、海馬傍回、梁下回、海馬)を辺縁葉とよんだ
  • Paul Donald Maclean 三位一体脳モデル 霊長類の脳は進化の過程で、反射能(爬虫類脳)→情動脳(旧哺乳類脳)→理性脳(新哺乳類脳)の3つの部分として発達してきたという説
  • 大脳辺縁系は、快や不快と結びついた感情や情動、さらに行動を起こす動機づけなどの機能を担っている。痛みに関しては、情動脳に到達した情報をこれまでに記憶された情報と照合して、不快感、恐怖、怒り、不安のような負の情動と評価した場合には、逃避反応やフリージングなどの負の情動行動情報として出力する
  • 情動は思考,学習、記憶、認知機能などと同様に、ヒトで最も発達した高次機能の一つ捉えられている
  • Cannon 情動の変化が自律系反応の変化させることを発見。情動の変化は情動行動を引き起こす。動物が外敵に遭遇するときには情動を表出するとともに、自らの生命を守るために原始的な自己防衛本能として、「闘争・逃走反応」を起こす。敵が弱そうであれば、攻撃(闘争)し、強そうであれば逃亡(逃走)を選択する。寒冷、出血、酸素欠乏などの緊急状態に陥った時も、同様の反応がおこるので、緊急反応ともよばれている
  • 緊急反応は生体が非常事態に直面したときに生体を危機から防衛するという、目的にかなったポジティブな本能であると考えられているので、急性痛に伴われる自律系反応や行動もポジティブな反応であると考えられる
  • Hans Selye ストレスに対する3つの共通反応 1) 副腎皮質の肥大 2) 胸腺や脾臓の萎縮 3) 胃十二指腸潰瘍、出血
  • ストレス鎮痛 スポーツ競技でも骨折したのに気づかずに走り回り、試合終了後に骨折が判明したという報道も珍しくない
  • 痛みの強さは組織損傷の程度に対応するものではなく、それぞれに人の心理・社会的要因によって大きく変るということなのかもしれない
  • 内因性疼痛抑制系
  • David Reynolds 1969 人の中脳中心灰白質PAGを電気刺激しながら、無麻酔で開腹手術に成功
  • 脊髄後角侵害受容ニューロンに対する下行性疼痛抑制系の主要なものは、ノルアドレナリンを介した抑制系とセロトニンを介した抑制系がある。前者は青斑核(locus coeruleus;LC)を介した抑制系で、後者は吻側延髄腹内側部(Rostroventromedial medulla;RVM)を介した抑制系である
  • PAGと大脳辺縁系とは密接な連絡があることからも想像出来るように、様々な情動に関与し、自律系反応、本能行動や情動行動の発現に関わっている
  • PAGは、細胞の形態から、内側、背側、背外側、腹外側領域に分けられる
    • 背外側PAG神経柱にはCannonの闘争逃走反応と類似の行動を引き起こすニューロン群があり、ストレッサーにポジティブに対応する
    • 背外側PAGはさらに2つの領域 長軸方向中央3分の1の神経柱を刺激すると威嚇や防御行動が誘発 尾側3分の1の神経柱を刺激すると、逃避行動が誘発
    • 腹外側PAGを刺激すると、交感神経活動も情動行動も現象する
  • 青斑核LC  PAGを含む多くの領域から入力を受け、内外環境からの不快な刺激を監視して、覚醒や注意などの緊張状態や、不安や恐怖などの情動性ストレス状態を演出する役割を担っている
  • セロトニン 5-HT 90%は消化管のエンテロクロマフィン細胞にあり、8%は血小板に、2&は中枢神経系にある。炎症時には5-HTは発痛物質として作用する
  • 5-HT神経系は吻側縫線核群(B6-B9)と尾側縫線核群(B1-B5)に大別され、前者は主に上行性投射系で、後者は下行性投射系である
  • 内因性疼痛抑制系は、痛みの伝導路のシナプス伝達を抑制する目的で誕生したとは考えられない。
  • 内因性疼痛抑制系の存在意義は、単に痛みの情報伝達を抑制することではなく、有害刺激に抵抗して生命を守るための一連のポジティブな反応の一面にすぎないのではないかと考えたが、このような考えは少し短絡的であり、批判もあるだろう。