ペインクリニックは日日是好日

北原雅樹 ペインクリニックは日日是好日 LiSA別冊 ’19(春)59-63

  • この症例以降、こじれた慢性痛の診療には臨床心理士の参加が不可欠であることをさらに強く確信した
  • ペインクリニックでは医療分野だけでなく、福祉や社会制度まで幅広く浅い知識をもっていることが、患者の長期的なADL/QOLの改善のためには必須となる
  • ペインクリニックでは、治療の時間軸は多くの場合、年月単位となる。慢性痛診療では、患者が現在訴えている症状(≒痛み)への対処よりも、数カ月後・数年後の患者のADL/QOLをどう向上させるかがより重要

ペインクリニックにおける心理社会的評価に潜む陥穽

前田倫、高橋亜矢子 ペインクリニックにおける心理社会的評価に潜む陥穽 LiSA別冊 ’19(春) 125-130

  • 49歳という年齢に関わらず、常に家族が同伴、介入していたことがある。初診に限れば稀有なことではないが、家庭を築いている成人が、未成年と同じように家族同伴で受診を継続することは、問題があることを示唆している
  • 慢性痛という症状を治療対象とするペインクリニックには、不健全で病的な情動が集積する。そして、医療者は基本的に患者の発言に共感・傾聴するよう教育を受けており、一方、痛みの治療現場では、通常、患者側は安心・信頼関係を求めている。ここに大きな陥穽(かんせい)が潜んでいる。医療者は情動を冷静に健全に管理して、慢性痛の不健全な情動に影響されないように努める必要がある。
  • 交通賠償など疾病利得を求めて患者が治療を受け続ける場合でも、倫理的に患者を疑わない教育を受けてきた医師は(ときには詐病に対しても)治療を重ねかねない。
  • このような場合には、痛みは痛みとして受容しつつも、社会的問題と治療を切り離すことを初診から説明し、説明を都度繰り返す
  • 治療は、患者の心の状態、医療者の態度に影響されることを踏まえながらも、情動に流されず医療者として、痛みの捉え方、その対処の仕方を繰り返し説明することが肝要である
  • 医学は科学であるが、痛みに治療現場で、こと慢性疼痛においてEBMのみで解決せず、NBMが必要となることは、今後諸姉諸兄が真摯に臨床に向き合えば肌で実感するであろう
  • “情動”である”痛みという症状”に、”共感”と”傾聴”という”情動”で対処するという堂々巡りのよくわからない”治療”となる

慢性疼痛と急性痛の間で

堺徹也 慢性疼痛と急性痛の間で LiSA別冊 ’19(春) 67-72

  • 慢性痛と考えられて経過観察されて見つかったまれな疾患
  • 閉鎖孔ヘルニア
    • すべてのヘルニアの0.05-1.4%
    • 女性は男性の9倍の発生率
    • リスクファクター るいそう、多産経験、華麗
    • ヘルニア嚢が閉鎖神経に接触すると、大腿内側音痛みや感覚低下、膝や股関節に放散する痛みが生じる(Howship-Romberg徴候(患者さんの25-50%に見られる))
    • Hannington-Kiff徴候 大腿内転筋反射の消失
    • 診断 CT (感度 90%)
    • 高齢で痩せた女性が腸閉塞症状を呈し、大腿骨版領域の非特異的な痛みを訴える場合には閉鎖孔ヘルニアを疑い、緊急CTを施行すべき
  • 閉鎖孔ヘルニアは老婦人ヘルニア(the skinny old lady hernia)とも呼ばれる
  • 難治性慢性疼痛の患者さんを相手に診療している身にとしては、痛くなったらいつでも来てくださいとはなかなか言いづらい。なぜなら、患者さんの疼痛行動を増悪させてしまう可能性があるからである。疼痛行動とは、自分のつらい痛みを周囲の人にわかってもらうために引き起こされる随意的行動であり、苦しそうな表情や足の引き釣りなどさまざまである。オペラント条件づけに基づく認知行動理論では、痛みは学習される行動であり、学習を強化するような刺激(過度の同情や優しさ)は痛み行動を強化することにつながる。よって医療者には難治性慢性疼痛の患者さんに対して中立的な立場をとることが要求される

難治性疼痛患者の真の回復について考える

平林万紀彦 難治性疼痛患者の真の回復について考える 日本運動器疼痛学会誌 2019;11:233-242

  • 慢性疼痛に治療目標を設定することは極めて重要だが、具体的なゴール像を患者yと共有するのは簡単ではない
  • ひとつには、痛みは患者本人にしかわからない体験であり、且つ神経系を介するシグナルであると同時に情動や認知的情報でもあるなど非常に複雑な性質を持つので、この曖昧なものを評価するという難しさがある
  • また”患者が望む目標”と”医療者が妥当と考える目標”がそもそも違うことも少なくない
  • そして、現実に患者にとって望ましい回復像は前2者とも違う場合もあり、これらを一致させる難しさもある
  • さらに、つい混同されやすいが、疾患そのものの完治を意味する”治癒”、症状がなくなる状態を指す”寛解”、症状が有りながらも得られる”回復(リカバリー)”は、各々の理念が異なり医療者によって目指す状態像が違うことがある
  • 慢性疼痛患者は何に苦悩しているか
    • 痛みはいつまで私につきまとうのだろう」と一日を通して痛みに注意が向きやすく、「このままじゃ苦しくて仕方ないけどうまくいかなくていらいらして焦る」と不安や抑うつを認め、「いつまでも薬を飲み続けなくてはけないのだろう」と治療や治療者への抵抗も生まれ、「なんでこんあことになってしまったのだろうと考えると悲しい」と今の自分を受け入れられずに苦しむ様が述べられる
  • -痛みがあること、あるいは悪化してしまうことを嫌いすぎて苦悩が増していることがここかれ見えてくる。痛みの原因がわからないときや、治りが悪くて困ったときによく使用される”心因性””非器質性””心理社会的”疼痛はこの病態を指している
    • そして、患者の苦悩はどのように強まるかを整理すると、その患者の性格や認知的傾向を背景に、どの程度の身体的問題に対しどのような治療関係の中で処置を受け、生活上の困難と対峙し苦悩してきたかを知る必要がある
  • 本人にとっては痛みはあってはならないものであり、理想を求める強さと現実を受け入れられない弱さが相容れず苦しさが増していた
  • 自分にとって痛みがどんな存在で、その痛みにどう向き合うか」によって痛みストレスの程度は大きく異る
  • 森田療法ではこのプロセスで生じる悪循環を次のように取られる
  • -痛みがあることを案じ、痛みにひどく怯えることで痛みに注意が向き過敏になり、さらに痛みが辛いものとなるため益々痛みに注意が向きやすくなる(精神交互作用)
  • -痛みは有害でやっかいなものだからあんとしても除去すべきだと知性でもってコントロールしようとし過ぎて、そこに不可能を可能にしようとする葛藤が生じることで益々痛みが苦しいものになる(思想の矛盾)
  • このような慢性疼痛患者に生じやすい心理的な悪循環を”とらわれの機制”とよぶ

欲に任せて理想を多く求めるほど苦しさも増している

  • 回復とは、病気の始まり以前の状態に戻ること、故障は回復されるべき、と嘗ては考えられていた。これは難治性と診断された患者に深い絶望をもたらすものだった
  • そこで、慢性疾患の当事者たちは反発し、「たとえ症状や障害が続いても、人生の新しい意味や目的を見出し、希望を抱き、充実した人生を生きていくプロセスこそ真の回復である」と再定義した経緯がある
  • 現在、慢性疼痛治療では、痛みだけでなくADLの改善を目標におく概念が広がりつつあるが、難治性あるいは高齢の患者にとってはこの目標推進がかえって負担となり苦痛をましてしまう場合もある
  • 当事者中心のアウトカムとして、自覚的苦痛の改善や自尊心・生きがいの回復という本人にとって当たり前に大事な概念を治療目標に取り入れる必要がある
  • 慢性疼痛患者が「この痛みを楽にしてほしい」と訴える背景には、痛みのある自分を受け入れられない苦しさもある。
  • この状態から脱却させるために、痛みが主観的であるなら回復も主観的なものであることを我々医療者は知っておきたい
  • 疾病モデルベースで痛みの原因検索や緩和に重点をおく治療には限界がある限り報われないと落胆する患者が回復を得るには患者が持つ健康な部分に焦点を当てる必要があり、森田療法はその活かし方を示す上で希少な治療手段である

痛み

鍋島茂樹 痛み 診断と治療 2017;105(6):764-769

  • プライマリケア医としては、診断や治療だけでなく、鎮痛に関しても深い知識が必要である。痛みは中枢に記憶され、固定され、慢性痛として患者を長期間苦しめることがある
  • 慢性痛に関しては、患者の精神状態や、血流障害、体の「冷え」などに注目して長期処方することが必要である
  • 筋肉を弛緩させる葛根湯や葛根加桂枝湯、芍薬甘草湯
  • 漢方が最も効果を発揮するのは、機能性ディスペプシアや過敏性腸症候群などの機能性腹痛や、ウィルス性胃腸炎、尿管結石症などである
  • 機能性ディスペプシアに対する常用薬としては、六君子湯や四逆散などの方剤が知られている
  • 尿管結石症による急性の痛みに対しては大建中湯が有効である
  • 筋骨格系の急性痛には、芍薬・麻黄・桂皮・紫胡といった生薬を含む方剤が有効である
  • 慢性化してくるとそこに附子や乾姜が加わる
  • 難治性の場合は桂枝茯苓丸や通導散といった駆お血剤を併用したり、心因的な要素が大きい場合は抑肝散や半夏厚朴湯などの気剤を併用したりすることもある
  • 急性筋筋膜性疼痛 急性期芍薬甘草湯が有効であり、NSAIDsと併用しても良い。芍薬は筋弛緩と下行性抑制系の賦活といった2つの作用があるため、筋骨格系の鎮痛の生薬といえる。ただし芍薬甘草湯を定期的長期に使用することは、甘草による偽アルドステロン症の危険を考慮し控えるべきである
  • 打撲による皮下出血や筋肉内出血をきたした場合は、治打撲一方や桂枝茯苓丸などの駆瘀血剤を短期間用いる
  • 痛みが難治性の場合は、桂枝茯苓丸、四物湯、通導散といった駆瘀血剤を併用すると、効果が上がることがある
  • あるいは、冷えが根本にある場合は真武湯や人参湯、当帰四逆加呉茱萸生姜湯を併用する
  • 担癌患者や虚弱高齢者の慢性痛の場合は、体力および免疫力の増強が大切になるため、補中益気湯十全大補湯といった補気剤をベースに投与することがある
  • 痛みは主観的な症状で、客観的に測定できるものではない。器質的異常がないからといって、目の前にいる患者に対して「痛みの原因は精神的なものでしょう」と気軽にいうことは控えるべきである
  • 痛みによる苦痛はさらに痛みを増し、反射で筋肉は硬直し、食欲が低下し、日常生活が行えなくなることすらあるからである。漢方薬は通常の西洋薬と同様に、痛みの治療を行う上で強い味方となりえる。積極的に痛み治療に取り入れるべきであろう

鉄欠乏性貧血とうつ病

功刀浩 鉄欠乏性貧血とうつ病 DEPRESSION JOURNAL 2018;6(1):18-19

  • 余分な鐵は、肝臓、脾臓、骨髄などでフェリチンに貯蔵される
  • 血液中のフェリチン濃度は貯蔵鉄の量を反映し、この値が低ければ、ヘモグロビン値が正常範囲内でも「潜在性鉄欠乏」となる
  • 月経のある女性は、わが国において二人に一人が潜在性鉄欠乏であるともいわれている
  • 鉄欠乏症では、疲労、焦燥感、無関心、集中力低下など、うつ病に類似した症状が生じうることが古くから指摘されている
  • 妊娠中は胎児に栄養分をとられ、出産時に出血するために、産後に鉄欠乏になる女性が多く、これが産後うつ病のリスク因子になるという研究報告が少なくない
  • 近年、産後うつ病のみならず、鉄欠乏/貧血とうつ病ないしうつ症状との関連を示した研究結果が増えている
  • 鉄欠乏制貧血や潜在性鉄欠乏が一般人口に高頻度に存在するにもかかわらず、その大部分の人はうつ病でないことを考量すれば、鉄欠乏はうつ病のリスクを高めるにしても、それほど高い効果ではないと考えるのが妥当であろう
  • 一部の人は「鉄欠乏によってうつ症状がひきおこされやすい体質」をもっているかもしれない
  • 動物性の食品(赤身の肉、レバー、貝)に含まれるヘム鉄は比較的吸収されやすい(吸収率:25%)が、植物性食品(海藻、青菜、大豆)に含まれる非ヘム鉄は吸収されにくい(吸収率:1-7%)
  • ビタミンCは鐵の吸収を促進するので一般的に、一緒にとるとよい
  • 鉄の過剰はがん、認知症など種々の病気のリスクになるので、定期的な血液検査を行いながら補充する必要がある(ただし、食事だけで過剰になることはまずない)