自己感の破たん:痛み、トラウマ、アディクション

熊谷晋一郎 自己感の破たん:痛み、トラウマ、アディクション トラウマティックストレス 2016;13(1):34-43

  • アディクションになりやすい危険因子と、疼痛が慢性化する危険因子も、重なり合う部分が多い
  • SchwabeとWolf 総説で、ストレスの存在が空間記憶や行動制御の戦略に対して影響を与える
    • 空間記憶 対象物の相対位置関係によって学習する海馬依存的な空間記憶システムよりも、刺激の反応の一対一関係(S-R)によって学習する背側線条体依存的なシステムを優位
    • 行動制御の戦略 行為とその結果が持つ価値付けとの対応関係によって学習する眼窩前頭皮質・背側線条体依存的なオペラント条件づけ学習よりも、S-Rによって学習する背中外側線条体依存的な条件反射を優位にする
  • 痛みは負の強化因子として作用し、依存薬物は正の強化子として作用するという違いがあるものの、最終的にはストレス下で単線的なS-R連合に基づく非適応的思考・行動パターンが条件付けされ、そこから抜け出しがたくなるというメカニズムには共通する部分が多いと考えられる
  • 痛みと心的外傷ストレス障害も合併しやすいことが知られている
  • PTSDとは、トラウマ的な出来事によって引き起こされた、再体験、回避行動、感情鈍麻、過覚醒を特徴とする重大な疾患
  • PTSDは虐待被害者が慢性疼痛になるかどうかに影響を与える媒介因子であるだけでなく、急性疼痛の慢性化や痛み傷害に対するリスク要因として認識されている
  • 痛み刺激を与えた時のPTSD患者(疼痛なし)の脳血流所見で一致しているのは、右前部島皮質の活動上昇と、右扁桃体の活動低下と報告した(メタアナリシス)
  • PTSDに認められる扁桃体活動度の低下は、ネガティブな感情や痛みに対する回避・解離傾向に関連している可能性がある
  • 痛みとアディクションは共通して柔軟性に乏しいS-R学習が優位になっている
  • 2つの自己感
    • 時間を超えて変わらない自己 sense of invariance
      • 内蔵制御信号ー内蔵感覚ー運動制御信号ー自己受容感覚ー外受容感というマルチモーダルな情報統合パターンによって、時間をこえて変わらない自己が表象されている
    • 時間とともに変わり続けているが、連続している自己 sense of continuity
      • 断片的なエピソード記憶を目的論的なフォーマットによって統合してできる「自伝的知識基盤」という情報構造によって表象される
  • 自伝的知識基盤 真理論(整合説と対応説)
  • Conwayのモデルによると、長期記憶として保存されている自伝的知識基盤の構造は、自己整合性が優先され抽象概念によって表象される「概念的自己」と、現実対応が優先され具体的な感覚運動情報で表象される「エピソード記憶」という2つの異なる種類のサブシステムからできあがっている
  • 脳内の3の大きなネットワーク
    • default-mode network
      • 何の課題も与えていないときに活動を高め、課題遂行中に活動が落ちる。過去の自伝的知識基盤を走査することでシミュレーションを走らせ、未来のシナリオやさまざまな社会的・個人的出来事を予測することにある
    • 前頭頭頂コントロールネットワーク FPCN front-parietal control network
      • 短期的な目的指向的活動におけるトップダウン制御と運動制御信号ー自己受容感覚ー外受容感覚統合パターンの誤差検出、注意切り替えに関わる
    • salience network
      • 長期的な目的指向的行動のトップダウン制御と、内蔵制御信号ー内臓感覚統合パターンからの誤差認識、脳の大局的ネットワークの再編成を担う
  • 概念的自己はSN制御下に自己整合性を優先してDMNの前部に構築されるが、エピソード記憶は、いったん短期的にFPCN制御下に事実対応を優先してDMN後部に構築されたのちにSN制御下に整合性の条件も満たすもののみ長期記憶になると推測される。こうして2つの記憶システムがSN制御下にうまく統合された時に、自伝的知識基盤は整合性と事実対応の両条件を満たすようになるかもしれない
  • 侵害受容性疼痛と自己感
    • 変わらない自己のうち、内的恒常性のモニターと維持にかかわる内蔵制御ー内蔵感覚統合からの誤差検出を担うSNの活動の大きさが、侵害受容性疼痛の主観的強度を表象していると考えられる。侵害受容性疼痛の主観的大きさとは、個体としての恒常性がどの程度揺るがされたかのよって表現されている
  • 神経障害性疼痛と自己感
    • 変わらない自己のうち、運動制御信号ー自己受容感覚ー視覚の統合不全が注目されている
  • 中枢機能障害性疼痛と自己感
    • 連続してる自己の神経基盤といわれるDMNや、DMNとSNの結合パターンの異常
  • 自己の破たんの観点から見るPTSD
  • PTSDと変わらない自己
    • トラウマとは、脅威に立ち向かうための効果的な生理反応が起動せず、不動状態に陥ることによって特徴づけられる
    • PTSD患者の脳機能イメージングでは新線条体の活動低下が報告されており、恒常性を揺るがすような刺激に対して適応的に行動することが難しく、S-R連合的な条件付け反応が優位になっている状況を示唆する
    • 脅威を与えうる顕著な刺激を取得した際のSNレベルの<内蔵制御信号ー内臓感覚ー運動制御信号ー自己受容感覚ー外受容感覚>統合パターンが、PTSDにおいて非適応的なものになっていることを示唆する
  • PTSDと連続している自己
    • トラウマに関連した精神病理において、過剰一般的な自伝的記憶(OGM)をもっていることがよく知られている。
    • OGMとは、自分の過去の具体的な出来事を思い出して描写することの困難、とりわけ個別の時間と場所で起こった特定の出来事をうまく報告できない状態
    • SNレベルでの変わらない自己の統合不全が、DMNレベルでの連続してる自己の統合に影響を与えている可能性が示唆される
    • 安全に身体感覚に注意を向けるやり方を学ぶと、すべてがある時刻で凍りついたようなトラウマ経験とは異なり、現在の身体的な経験が時々刻々変化し続けるものだということを知る。こうして過去の身体経験と現在の身体経験が分離されるようになると、トラウマ記憶が現在に侵入しにくくなるという