慢性痛の心身医学 心理社会的因子の同定と自律神経失調に伴う苦悩の理解

細井昌子 慢性痛の心身医学 心理社会的因子の同定と自律神経失調に伴う苦悩の理解 心身医 2015;55(11):1208-1216

  • 九州大学病院心療内科では、慢性痛難治例に対して外来および病棟で病態評価を行う際にライフレビューを行い、背景となる心理社会的因子を同定し、準備因子、発症因子、持続・増悪因子を明らかにして治療戦略をたてている
  • その中で理解されてきた慢性痛難治例においての心理社会的因子は、人生の各ステージにおける不信体験が重層化していることが理解されてきた
  • 信じられない気持ちがあるために人に任せるという行為が容易にできず、自身でコントロールしようとするために、ドクターショッピングなどを含めて過剰なまでに情報を得る行為を続け、過活動が持続している
  • 不快情動をありのままに言語的に表出してよいという安心感のある場を生活環境で得られていないために、不快情動が抑圧され失感情的になり、安静時になると不快情動を未分化な状態で体験するという現象が起こっている
  • 安静時の不快感を避けるために、過食・過活動といった強迫的な情動行動で、「気晴らし」という「嫌気」を晴らす行動をとっていることも多い
  • 女性では掃除などの家事や町内会・PTAでの役員、男性では仕事といった社会的役割を過重に負担するといったことがあり、周囲に受け入れられる一見適応的な行動が多い
  • 不快情動の抑圧から、過活動になっていく結果として、交感神経系の過緊張、副交感神経の機能不全、筋骨格系の異常、末梢循環の悪化、免疫系の異常、脳機能異常などの生物学的変容が合併し、心身症としての慢性痛の病態が形成されているメカニズムが想定される
  • 慢性痛難治化のスリーヒット理論 慢性痛難治例遷延例で多くみられる経時的な準備因子、発症因子、持続・増悪因子
    • ファーストヒット 負の養育因子(過干渉、低ケア)、愛着障害(死別、性別) 甘えを十分に経験できなかったという点が共通 最悪の事態として虐待 自分のありのままの思いは世の中では決して受け入れてもらえないという認知が固定化し、成人になっても継続する自己否定感 
    • セカンドヒット 社会的疎外感 学童期、思春期 
    • サードヒット 家庭・社会生活での不快体験 成人後 
      • 元来元気で頑張ってきた症例ほど、手術や身体疾患の罹患の後に、十分な期間療養することができず、腰椎の術後すぐに配達の仕事など、身体に負担のある仕事を再開して悪化している症例もある 周囲に頼ることができない心性のために妥当な判断ができずに問題が長期化している 
      • 破局化という悲観的な認知が固定化され、自分に過失がほとんどない交通事故にまきこまれている場合などには「なぜ努力している自分がこのような苦境に居続けなければならないか」という理不尽感が醸成されていくこともある
  • 幼少期から連続している本人の実存的な苦境を理解すると、長期的な安定した信頼関係を形成することができる。不快ながらも安定した慢性痛の状態から、快適になるとは想定されても慣れない状態に移行することは患者にとって不安を伴うことを治療者が理解し、変容への意欲をサポートしていくことが重要である
  • 自己否定感や低い自己主張能力の伴う過剰な労務の負荷は、1.器質的・機能的痛みの発生、2.交感神経系の活性化にともなう末梢循環の低下に伴う痛み、3.下行性疼痛抑制系の機能低下に伴う痛み、4.脳での社会的痛みの付加に伴う痛みの深い情動成分の増大という少なくとも4つのメカニズムを通して、コントロールしにくい難治性の痛みが形成されている
  • これらの痛みは、「気のせい」とされるにはあまりにも辛い痛みであり、その苦悩を理解してもらえない体験を通して、周囲との交流不全が増大し、さらに社会的痛みが増大するという悪循環が形成されている