西原真理 精神医学からみた慢性の痛み Brain and Nerve 2012;64(11):1323-1329

  • 痛みの中枢が存在するかどうかという重要な問題についても、その解答はまだ明らかな形では得られていない。(pain matrixの考え方も最近変化を遂げつつある)
  • 急性の痛みから慢性に至る心理モデル Gatchelらの3段階のステップ
    • 第一段階 痛みに対する不安や心配などの通常の情緒的な反応
    • 第二段階 学習性無力状態、怒り、身体化などの行動的または心理的反応で、元の人格水準や社会環境に影響されるもの(素因―ストレスモデル)
    • 第三段階 慢性化の本質である「病気としての役割」
  • 感覚 sensation 感覚器に与えられた刺激に対する反応として、比較的単純なもの
  • 知覚 perception またそれに過去の記憶や情動などの判断が加わったもの
  • 記憶は記銘、保持、追想、再認という一連の精神作用によって成立するが、痛みの慢性化には、ある種記憶の異常性が関与しているのではないだろうか
  • 強い痛みが持続するとは過覚醒を生み出し、記憶の病的亢進(例えば感覚記銘強化や保持持続)に発展すると捉えることもできる
  • 臨床で用いられている破局化スケールは、痛みの慢性化や痛みの機能障害と関連が強いと考えられているが、その中には「痛みが止まってほしいということばかり考えてしまう」「痛みについて考えないようにすることはできないと思う」といった反芻という下位項目がある。これはまさに慢性化した痛みが強迫的な思考につながることを物語る一例といえよう
  • 疼痛性障害
    • 一般的にこの疾患名は慢性化した痛みを主症状として、かつ器質的な病態が明らかでない場合に用いられていることが多いように見受けられるが、実は診断基準がらみると相当異なる。特に重要な点は器質的な障害に有無は問われていないことであり、また判断の材料は虚偽障害でないことや気分障害、不安障害、精神障害ではうまく説明できないこととされていることである
    • 疼痛性障害の診断根拠となるポジティブな所見は痛みの存在のみであり、他は除外診断を中心として成立していることに気をつけなければならない。さらにこの疾患概念そのものが変遷を重ねてきており、今後「複雑な身体症状を示す障害」へと変わることが伝えられている
    • 病態生理や症状に基づいて確立した概念ではなく、疼痛性障害という診断名は他の疾患による影響を十分に吟味した上で使用すべきであり、安易に使用すべきではない
  • 痛みの慢性化、難治化に影響する精神障害
    • 発達障害
    • 自閉症などを含む広汎性発達障害は、対人関係の特異性、コミュニケーション能力の障害、こだわりと想像力の障害という三徴によって特徴づけられる疾患群
    • 発達障害を有する患者では慢性の痛みがある場合、治療抵抗性を示すことが多い
    • パーソナリティ障害
    • 著しく偏った考え方や行動によって社会生活が傷害されるもの。DSM-IVでは気分障害、不安障害などの一軸障害とは別の次元として二軸障害に分類されている
    • 認知症
    • 退行期以降で慢性の痛みを訴える患者のうち、治療反応が悪い場合、経過を追っていくと認知症と診断される症例が散見される