細井昌子、安野広三、柴田舞欧 慢性痛の心身学的メカニズムの解明とそのアプローチ 過活動のスクリーンセイバー仮説を一助として 2 ペインクリニック 2012;33(12):1691-1701

  • 近年、興味を持たれるようになって内受容(interoception)に関する脳内ネットワークが、pain-emotion-rewardと関連したネットワークをシェアしているという知見も加わって、失感情症が「内受容の異常」を伴うという観点で考えると、現代脳科学と疼痛行動という観点を含んだ痛み医療における臨床像の接点となり、今後の研究の発展が待たれる
  • 社会的ストレスや侵害受容刺激によって「自分の内面に何が起こっているか」に関する認知や統合機能に異常をきたしている失感情症を持つ個体においては、pain-emotion-interoception-rewardに関する脳内の混線が大きくなることで破局化しやすいと考えると痛みのプロとしての積極的傾聴を行う中で、その未分化な不快体験をいかに分化させた上で、「腑に落ちる」ように統合し、具体的な対象が実感をもって理解できるよう支援することの重要性が理解されよう
  • 痛みが持続していることの意味が、「重篤な疾患の前触れ」、「過去の失敗による罰(自責の代償)」、「今後楽しい人生が決して送れない」など、様々な認知様式で体験され、「自らの独特な思考内容があたかも事実である」かのように理解されていることがある
  • 現代の慢性痛好発年齢である40−60歳の世代が、戦後の混乱の中、苦労しながら日本を経済大国に押し上げた「強迫的で過活動の」世代(60-90歳台)を両親に持つ人々であることを念頭に置くと良い。つまり、養育の中で、「忍耐・努力・根性」を美徳とし、愚痴を言わず失感情的な強迫的過活動を社会的に奨励されてきた歴史がある。「よき日本人」であることが、不幸にも「慢性痛」になる条件として合致しているのである
  • 世間的に良いことを人並み以上に一生懸命に頑張ってきた人々が、近年になり自律神経機能が閾値を超えて悪化し、慢性痛を発症するほどに心身の状態が悪化し、今まではできたが「もう頑張れない」事態になっているということである
  • そういった現代日本における社会的構造化のなかで、失感情傾向が熟成され、うつが遷延し、否定的感情症のプチフラッシュバック体験(スクリーンセイバー画像の体験)が日常生活で起こり、それを幼少期に美徳と教えこまれた過活動を行うことで対処している可能性がある
  • 九州大学病院心療内科では、幼少期に両親の不和があったり、同胞葛藤を刺激されたりする環境で生育されて愛着障害を持つ症例が、過活動から機能的痛みを持続させられている症例を多く経験している。日本人にも、予想以上に身体的・心理的性的虐待の既往が多いことは驚かされる
  • 過活動の制御できるレベルであれば、外来治療で改善が期待できるが、過活動が過去の否定的体験からの回避となっている場合には、十分な信頼関係の形成という十分な麻酔深度が必要で、その信頼関係が得られた段階で、「今ここ」にも悪影響を及ぼしているトラウマを想起し語ってもらうことがある
  • つら過ぎて、とりあえず「飲み込んでみた」ものの、自身の内面で「消化」できず、「毒」が溜まっているものを、言葉として「吐き出す」ことで楽になることもある。「吐き出せない」ほど奥に沈潜してしまったものは、様々な心理療法という触媒を付加して、「消化」が促進するようにし、「消化」あるいは「浄化」を治療者が支援することになる
  • 失感情傾向が著しく、プチフラッシュバック現象の過活動による制御が強く苦悩の言語化が困難な場合では、いくつかの治療ステップの後に自宣を得たマインドフルネス療法を導入することで、本人のbad picturesに耐えられる体験をしていただくことで、新しい適応様式を習得することが可能となる。
  • 実存的苦痛・苦悩を理解スルための積極的傾聴のエッセンス
    • 患者が「聴いてもらってよかった」と実感するための条件は、聞いた貰った実際の「時間」よりも、聴いてもらった治療者の「態度」にある
    • 1自分の話に興味と反応を示し、理解していることが分かる
    • 2自分の話を評価や批判や意見をせず、まずは聞いてくれる
    • 3自分の話に共感していていくれる
    • 4話す場を与えてくれている
  • 現代日本では経済的問題が潜在化し、養育世代にもうつ病も蔓延しているため、虐待も予想以上に増えており、そのトラウマを抱えていく日本人人口も増大していることが想定される。情緒不安定な家族成員と生活する中で、否定的感情を抑圧し蓄積する中に、機能的痛みが持続していく症例も多いと思われる
  • 一見するとわかりにくい機能的痛みの持続の背景に、否定的感情の抑圧に伴う安静休息時に過去のトラウマや虐待などの「big pictures」がスクリーセイバーとしてスライドショーを起こすような「プチフラッシュバック現象」が起こり、過活動による気晴らしでスクリーンセイバーの機能が解除されるメカニズムが、難治の慢性疼痛における制御困難な過活動の背景にある可能性を喚起した