細井昌子 九州大学病院心療内科 Practice of Pain Management 2012;3(1):38-48

  • 池見酉二郎
    • 人間のさまざまな社会的な部分を取り去っていくと、その中心には人間の本当に辛い部分があり、それはまるで玉ねぎの皮を剥くとでてくる涙のようなものだ
  • 当科では、慢性疼痛の患者さんに対して、認知行動療法交流分析自律訓練法を3本柱にしてきた歴史があります。
  • 慢性疼痛で入院する場合は、その痛みそのものを治療の目的とせず、現実の環境から離れた場所で、身体の状態や認知・情動・行動の特性をみつめてもらいます。さらに、家族の交流不全など、痛みを持続・増悪させている心理的カニズムの治療を目的とすることが多いです。入院している期間に痛みそのものがよくなるかどうかはむしろ問題にせず、自宅に帰ってから痛みが改善されるよう、患者さんが何を学んだらよいかに注目して、治療プログラムをたてます。
  • CRPSのように神経障害性疼痛の様相を呈しているものの、子供の頃に虐待をうけていた、家族に死を間近に体験したなど、生育歴に問題があって心に傷をもっている方や、交通事故の被害者などで怒りの感情が上手に表現できず、それが痛みとして表れていると言う方には、心療内科的アプローチが有効だと思います。
  • 慢性疼痛患者さんにとって疼痛は現実にある症状なのですが、それは他者に証明できない、とらえどころのない症状です。医学的な見地に立つと、検査の異常の有無でどうしても判断されてしまいます。しかし、心理学的立場から診ると、患者さんにとっての痛みは実際に存在するものであり、患者さんがそれに苦しんでいる痛みを、「気のせい」と否定しまうのでなく、現実のものとして理解することで、患者さんも安心を得ますし、それが心の治療の第一歩にある可能性も大いにあります。
  • 自分の気持ちに気づくことの出来ない患者さんに対して、「今どんな気持ちですか」と聞いても患者さんは答えることはできません。患者さんは「言葉にできない感情」を、胸がもやもやするという表現、あるいは身体的な痛みなどで表現することがあります。神経症の患者さんは言葉が巧みにでてきますが、いわゆる心身症の患者さんは、身体の方が意識より先に反応してしまい、痛みに影響を与えている苦しみに気が付かなかったり、気がついても自分のなかですぐに消去するという抑圧のメカニズムが働いてしまいます。そういった患者さんには、漠然とした苦しみに対して自分がどのように反応し、どのように苦しんでいるかを理解してもらい、それを言葉に表現する具体的な手法を指導していく必要があります。その具体的な方法を痛み医療のなかで確立していくことも、今後の目標の一つです。
  • さらに、慢性疼痛治療において生育歴は非常に重要であり、両親の養育方法や、家族の関係性は、患者さん自信の人生に渡る対人交流に影響を与えることがわかってきています。最近は少子化の影響で過干渉な過程が増えてきているものの、子供の本当の心の苦しみは聞かず、親が不安なことを一方的に心配する傾向があります。こういった社会状況が将来的に痛みとして日本人全体に跳ね返ってくるのではないかと危惧しています。人々がより安定した生活をすごせるよう、生育歴に関するエビデンスを確立した上で、疫学研究を進めていきたいと考えています。